「お互いの姿に変化できるようになってね」
「できるようになったら見せにきてね」
双子から言い渡された課題は弟子たちというよりオズに課されたものであった。
フィガロにとっては姿を変える魔法など、この小さな弟弟子の癇癪を宥めることに比べたらずっとずっと容易いことだ。
現に今も完璧にオズと同じ姿をしている。普段の自分にはない艶やかな黒髪をくるくると指で弄び、ベッドへ腰掛けていた。
「次はおまえがやってみせろ」
そう言って魔法を解く。宙に浮いていた足が床へと届く。いつもの姿へ戻りふうと一息つくと、目の前に立つ弟弟子を見遣った。
「……《ヴォクスノク》」
はねる海色の髪、整えられた爪の乗る細長い指、随分と高くなった頭の位置。普段のオズとは似ても似つかない姿ではあったが。
「……似ていないな」
“フィガロ”というには少し…いや、だいぶ遠い。
「顔の造形がおまえ寄りだ。目の色すら変わっていないぞ」
ぱちんと指を鳴らし鏡を出現させるとオズの前に掲げる。うねる前髪から覗く瞳は深く透き通る赤色だった。オズの眉間に皺が寄る。
「他はなかなか上手くできているが……ああ、もしかして普段視界に入っていないから…」
フィガロはそうつぶやくとオズの魔法を解いた。半分くらいの背丈に戻ったオズの手を引き、膝の上に座らせる。暴れるかと思ったがおとなしかった。
「観察が足りないのだろう。ほら、よく見てみなさい」
突然息がかかりそうな程近づいた距離にオズは一瞬怯み飛び退こうとした。だが一杯食わされたと思ったのだろうか、すぐに機嫌の悪そうな顔でずいっとフィガロを覗き込む。
「………」
「……おまえ、目ばかり見ても仕方がないだろう。顔全体をよく観察するんだよ」
数秒間じっと動かない瞳に呆れたように言う。
観察と言われてもオズはよく分からなかった。見ることと何が違うのだろうか。
とりあえずぺたぺたと兄弟子の頬を触る。
「そうそう、好きに触って良い。自分や他の生き物との違いを五感で理解しなさい」
「……私より顔がでかい」
「顔がでかいとか言うな。大人と子どもの差だよ」
兄弟子の頬を触り、自分の頬を触る。自分よりも柔らかさがない気がする。
耳、唇、眉、自分とは違うそれらを夢中になっていじり撫でていると、フィガロはふふっとかすかに笑った。
「随分と熱心だ…少しくすぐったいな」
ふと手を動かすと目を触ろうとしていると思ったのだろうか、フィガロが目を瞑る。まつ毛にちょんと触れるとぴくりと瞼が動いた。
長く揃ったまつ毛も綺麗だが、瞳が隠れてしまうのは残念だとオズは思った。残念だと思った?なぜそう思ったのかオズにも分からなかった。
ただ突然、現在の状況を客観的に見てしまった。兄弟子の決して肉付きが良いとは言えない足に乗り上げ、自分と兄弟子の太ももの肉が触れ合い形を変えている。自分が目の前にいるにも関わらず、何も恐れていないかのように無防備に目を閉じる兄弟子。
オズの知らない感情が腹の中でぐるぐると渦巻き、じっとしていられなくなった。今度こそオズは後ろに飛び退いた。
「あ、おい」
「もうできる、できる」
急に飛び退かれフィガロは驚き手を伸ばすが、オズはその手を避けた。
「《ヴォクスノク》」
はねる海色の髪、整えられた爪の乗る細長い指、随分と高くなった頭の位置。
そして灰色の雲から星が覗く瞳。
先ほどと比べて良くなった出来にフィガロは素直に感心した。
「うん、良いのではないか。これなら双子先生に見せても問題ないだろう」
フィガロは立ち上がると自分と同じ位置にある頭を撫でた。フィガロがフィガロを撫でているなんとも奇妙な光景だった。オズは普段の姿ではないことを少し残念だと思ったが、やはりなぜそう思うのかは分からなかった。魔法はうまくいったのに、感情は分からないことばかりでもどかしかった。
「ただ、目つきが悪い」
無意識に不機嫌さが顔に出ていたのだろうか、そう指摘される。
おまえだって普段穏やかな目つきをしてるわけではないと言おうとしたが、せっかく褒められたのに帳消しになりそうだったのでやめておいた。