そういうことじゃないんだよな 日本最大反社組織「梵天」の相談役である明司はずっと九井に聞きたいと思っていたことがあった。折よく今日は幹部会であるが、まだそろっていないメンバーがいるため、待ちの時間だ。ちょうどいい機会だと思って、話しかけた。
「九井、ちょっといいか。聞きたいことがあるんだ」
「なんだよ」
仕事中であれば九井は断るはずだ。目の前にあるパソコンは眺めているだけらしい。
「乾青宗っていうのは、おまえのなんなんだ。定期的に金を送っているようだが」
「あ? 個人的な金だ。文句はねぇだろ」
「文句じゃない。ずっと疑問に思っていたんだ。いちおう相談役だしな。把握しておこうと思っただけだ」
九井がじっとこちらを見る。警戒しているのだろう。相談役として、年上の同僚として、明司は語りかけた。
「マイノリティであっても、オレは理解できると思うぜ。乾はおまえにとって大事なやつなのか」
なにしろ明司の幼馴染は佐野真一郎である。一見やさし気な男に見えるし、実際たいした腕力があるわけでもない。けれど絶大なカリスマ性で黒龍を作り上げた男だ。真一郎に心酔し、男惚れしているやつらは山ほど見てきた。命を懸けていいと身を投げ出すやつも珍しくなかったし、バイク屋を経営すると聞いて援助を申し出るものも後を絶たなかった。
その弟である佐野万次郎もやはり絶大なカリスマがある。さすが兄弟だなと感心したほどだ。
反社は男社会である。男に惚れた、あいつに命を預ける、など日常茶飯事であったし、それが恋愛を匂わせるような関係になることも珍しくなかった。
つまり明司は慣れていたのだ。九井が乾に金を送金するのもそういうことだろうと見当をつけていた。見当をつけていたので、聞かなかったが、本人から確認したいと思っていたというのが一連の真実だ。
「ああ、イヌピーはオレの嫁なんだ」
「ん? んん??」
あれ、思っていた言葉と違うぞ。
「よ、よめ?」
「嫁。まぁ男同士だから夫でもいいけど、養っているのはオレだしな」
九井はどこか誇らしげですらある。
嫁。嫁なのか。そうなのか。
「え、どういうことだ? 離別したって聞いたぞ」
「ああ。別居中だ」
「べっきょちゅう」
「だけど、離縁はしてねぇ。だから家賃・生活費はオレが払うし、ときどき会ったりしている」
「会ってんのかよ」
「夫婦だからな。現状確認くらいするだろ」
そうなのか? そういうものなのか?
明司の友人知人はほとんどがヤンキーである。円満な夫婦か、そうそうに離婚した夫婦か。そのどちらかしかいなかった。別居しているが、憎からず思っている夫婦など見たことがなかった。
「イヌピーのことはマイキーには許可を取っている」
「あ、ハイ」
「以上でいいか?」
「あ、ハイ」
九井はそう言うと、再びパソコンを眺めはじめた。乾のアパートが映し出されている。深夜であるため、どうやら乾はすやすやと眠っているようだ。嫁の様子を把握することは、彼曰く普通であるらしい。
明司は納得することにした。なぜなら明司武臣は厄介なことから目を瞑るタイプの男だ。九井が稼いでくれるうちはなにも言うまい。だがしかし。
「ジェネレーションギャップかな……」
なにしろ一回り年下の連中だ。明司はそっと目頭を押さえた。シンちゃん、ワカ、ベンケイ、おまえらと黒龍で暴れていた頃が懐かしいぜ……。
「たぶんそういうことじゃねーんだよな」
一部始終を見ていた三途は呟いたが、けして彼に話しかけることはなかった。めんどうくさかったので。