ラピストリアの穴(3)「……どうして私なの。どうして、私を連れてきたの」
草木で蓋された薄暗い道を、エレノアはジェイドの後に続いて歩く。獣道とまでは呼べないが、人間に放棄されてから何年も経ったような荒れた道だ。鋭い雑草が肌を傷つけそうになるのを、器用に避けながら進んでいく。
「キミは当時のことを知ってるでしょ」
「私が手を貸したのは、組織の壊滅と子供たちの救出だけよ。それまでのことは知らないわ」
「施設の見取り図を覚えているなら十分だ。誰かと一緒に確かめたくてね」
何を、と問いかけたエレノアの声を少年は無視した。前を行く彼はしっかりとした生地のケープで草木の刃から身を守っていたが、右腿の辺りに一筋の傷が走っている。少年がうっすらと地面から浮いて移動していることに、エレノアは気付いていた。足跡が付かないし、時々歩くように見せかけるのを忘れるのか、滑るように進んでいる時があったからだ。
目的地に近付くにつれ、生物の気配が消えていく。林の中だというのに、異様に静かだ。鳥のさえずりも小動物の足音も聞こえない。周囲には花をつけない雑草と、幹の捻じれた木々ばかりが生い茂る。
一瞬、明確な悪意を持った鋭い視線を背中に感じ、エレノアは振り返った。視界の端に暗い紫色の衣服と銀の刃を捉えた、ような気がしたが。次の瞬間にはもう消えている。ポップンワールドから渡ってきた邪悪な妖精のようなものだろう、と彼女はおおよその見当を付けた。あの手の存在は、人の悪意に惹かれて集まる。今でも“そういうもの”を呼び寄せるような場所なのだ、ここは。
「ちゃんと着いてきてくれないと困るよ」
「……今行くわ」
彼は一度も振り返ることはなかったのに、エレノアが足を止めたことにすぐ気が付いた。そのことに空恐ろしさと寒気を覚えつつ、彼女はまた進み始めた。荒れた道の終点、蔦が絡みついて厚い壁のようになっている有刺鉄線の隙間を抜ければ、林の中でぽかりと開けた場所に出る。広場の中央には、廃墟と言うより残骸と呼ぶ方が正しいような、破壊し尽くされたコンクリート造の建物があった。
ここが、二人の言う『施設』だ。ジェイドとブラックが生まれ育った場所。ラピストリアの暗部である。
唇を引き結んだジェイドの表情から、どんな感情を抱いているのかは伺い知れない。しかしこの場所が彼に何らかの激情を呼び起こしていることは間違いなかった。当時の記憶が次々とフラッシュバックしそうになり、締め付けられるような頭痛に眉をひそめる。だが、ここで立ち止まってはいられない。己の過去と真剣に向き合うべきなのだ――ラピスを喪失した、今だからこそ。