性癖パネルトラップ①:片方が怪我or風邪ひくやつ 真っ白い医務室、ベッドの上。ボロボロの格好になっているわし──菊葉 黄連は。絶賛目の前の部下、風早 閃に問い詰められていた。
「支部長、答えてください」
「う、うぅ……」
ギロリと向けられる視線。正直圧が怖い。……どうしてこうなったのだろうか。わしは静かに思い返した。
……何日かぶりの休暇。多少遠出でもしようかと思い立ち、自転車の土埃を拭きとって落とし。意気揚々と出発。
そのまま街を駆け抜け──町外れにある下り坂で年甲斐もなく興奮してしまったわしは、減速を怠りガードレールに激突。雑木林に落下。
そこまで高さが無かったこと、真下の木がクッションになったこと、自分自身がオーヴァードであったことが幸となり、命に別状はない。全身痛いし、なんなら枝が刺さっていた(直ぐに抜いた)が、なんとか歩いて帰れた。
帰れた、の、だが……。
「話してください。誰にやられたんですか?」
じっと見られ、わしはさらに縮こませる。
心配して治療しに来た職員たちに『自転車で爆走してたらガードレールから落ちました』などと言うのは恥! と、口を塞いでいたところ、「支部長は誰かに襲われたのではないか」と話が進み。今、最年少である彼に詰問を──おそらく本人はそのつもりはないが──されている。
かれこれ十五分ほどは対面しているだろうか。わしが口を開かん限りは、閃も諦めるつもりはないらしかった。
正直。体格の大きさ、目つきの悪さも相まって……怖い。
本当に、怖い。少し背筋が寒くなってきた。
空気感と、「この状況を放置するのはマズい。犯人探しをしかねない」と警鐘を鳴らしてくる脳に耐えかね、口を開く。
「…………今日、自転車に乗って」
「はい」
「坂道を下って…………」
「それで?」
「真っ直ぐ走って…………ブレーキが足りずに………………落ちた」
「……は?」
「ガードレールから……雑木林へ……」
「支部長、それは……」
「嘘じゃない! 嘘じゃないぞ! ほら、葉っぱもついてるし!」
「にしても何故だまって……」
「恥ずかしいだろうが四十を超えてまでこんな転び方すると!」
「しかし……」
「だー、もう!! 今から場所を言うから調べてもらえ! わしの自転車があるから!!」
慌てて落ちた場所を職員に伝える。「ついでに自転車を回収してこい」と付け加えると、職員はすぐさまゲートを開いて向かい、数分もしないうちに、わしの小柄な自転車を連れて帰ってきた。
「ありました支部長!! これですね!」
「それだ! よくやった! ……な? 閃、ほら。ジャームやらはいなかったぞ。こ、これで信じてくれたか…………?」
「……………………………」
真偽を問うような視線。わしはその視線のプレッシャーと、年甲斐もなく自転車で転んだことを、自ら暴露したという羞恥とで、いたたまれなさが最高潮になっていた。早くここから離れたい……いっそ殺せ…………。
しばらくの沈黙
「……自転車に乗る時は、下り坂には絶対に気をつけてくださいよ。オーヴァードでも、落ちたり轢かれたら死ぬんですから」
「わ、わかっとるわ。気をつける!」
諭され、背筋をぴっ、と反射的に伸ばしつつ答える。
「では、しばらく休んでください。僕はもうしばらく居ますから、何かあったら呼んでくださいね」
「う、うむ…………」
返事を聞き、静かに医務室を去る背中を見つめ、わしはしみじみ思う。
──ガタイのいいノイマンの尋問、怖〜!!
絶対にあやつの前でやましい嘘はつかないぞ、とわしは心に誓ったのだった。