無題「DJ、オイラとデートしない?」
青天の霹靂とはよく言ったものだ。ビリーからの突然のお誘いなんてものはフェイスにとってよく慣れたことであった。
だが、こうしてデートという単語で誘われたことは今日が初めてであった。そういうつもりはないのだろうが、こちらは勝手にそういうつもりになってしまう。
雨の音に共鳴する鼓動を誤魔化すように、いつも通りの顔で仕方ないなと返事をする。
今日はバケツをひっくり返したような土砂降りの日だった。
そのせいか、談話室には誰もいない。二人きりである。
いつものようにビリーの隣に腰掛ける。
ビリーは何か言いたそうに口を開いたり閉じたりしていたが、結局何も言わずに口を閉じてしまった。
この沈黙はフェイスにとって居心地の悪いものではなかった。
ビリーのことが好きだという気持ちを自覚してからというもの、今までどうやって会話をしていたのか忘れてしまうくらいに意識してしまっていた。
ビリーが何か言おうとしている。
それを遮るようにフェイスは言葉を発した。
デートの約束を取り付けてしまえば、あとはもう流れに身を任せるしかない。
ビリーがどう思っているのかは知らないが、フェイスはビリーのことが好きだった。
好きだからこそ、フェイスはビリーとの関係を壊したくなかった。ビリーは自分とは違う世界にいる人間だと思っているからだ。
ビリーはフェイスが望めばどんなことでも叶えてくれるだろう。でも、それでは駄目なのだ。フェイスはただのビリー・ワイズではなく、ビリー・ワイズという一人の人間を好きになったのだ。
ビリーが自分に好意を持ってくれていることはわかっていた。
しかし、それは恋情ではないこともわかっていた。ビリーはきっと、フェイスがビリーのことを好きなことに気づいている。そして、その感情に応えることはできないことをわかってくれている。
だからこそ、ビリーはいつも通りに接してくれていた。それがフェイスにとっては救いだった。
今のままでいい。
これ以上の関係を望むつもりはない。
だから、どうかこの関係だけは壊さないでほしい。
フェイスのそんな願いとは裏腹に、ビリーはデートという言葉を口にした。
デートに誘われることは初めてではなかった。
いつものビリーなら、もっとスマートに誘ってくるはずだ。こんなにもぎこちなく誘うということは、それだけ勇気が必要だったということだろう。
ビリーが自分と同じ気持ちでいてくれたら、どれだけ幸せなことだろうか。
しかし、それは叶わない夢だと知っている。
だから、このデートはなかったことにしてしまおう。
そう思って、フェイスはビリーに笑いかけた。
ビリーは少しだけ傷ついた顔をして、いつも通りの笑顔を浮かべた。
ああ、またやってしまった。
フェイスは自分が酷く醜い生き物に成り下がってしまったように感じた。
ビリーを傷つけたいわけじゃない。
それなのに、自分の気持ちを押し殺してまでビリーを突き放そうとする自分は、なんて嫌な奴なんだろうと自己嫌悪に陥った。
それでも、フェイスはビリーを手放すことなどできなかった。
ビリーは、自分の隣にいてほしい。ビリーが自分から離れていくのは耐えられない。
それならば、いっそ…………。
「ビリー」
「ん? なに?」
「俺とデートしてくれるんだよね?」
ビリーの肩を掴んで引き寄せる。
ビリーは驚いたように目を見開いた。えっ、ちょっとDJ!?」
「ねぇ、ビリー。俺と付き合ってよ」
ビリーが息を飲む音が聞こえた。
フェイスはビリーから目を逸らすことなく、じっと見つめ続けた。
ビリーはしばらく視線を彷徨わせていたが、やがて観念したかのように小さく笑った。
「OK、ハニー。オイラの負けだよ」
ビリーはそう言って、フェイスの唇にキスをした。
「…………えっ」
「オイラのハニーは意外と嫉妬深いみたいだからね。オイラが他の男と喋ってるとすぐに不機嫌になるし、オイラが女と歩いてたらすぐに気づいて後をつけてくるし、何度ヒヤヒヤしたことか!」
ビリーは悪戯っぽく笑うと、もう一度フェイスにキスをした。
「オイラが好きなのはDJだけだヨ。だから、オイラと付き合ってほしいな」
ビリーの言葉にフェイスは泣きそうになった。
嬉しくて、幸せで、死んでしまいそうだ。
「うん。よろしくお願いします」フェイスはビリーを抱きしめた。
ビリーも同じように抱きしめ返してくれた。
雨の音はもう気にならなかった。
この雨はきっと、二人が出会うために降り始めたのだ。
そんなメルヘンチックなことを考えながら、フェイスはビリーの唇にキスをした。
ビリーは驚いていたが、すぐに笑って受け入れてくれた。
この先、何があっても、ビリーのことを離さない。
そう心に決めて、フェイスはビリーの身体を強く抱き締めた。