出会い久しぶりに楽しい打ち上げだった。
今まではイケメン俳優として恋愛ドラマでありもしないシチュエーションと歯の浮くようなセリフはがり言っていたが、初めての刑事ドラマでW主演のバディもの。念願叶ったりだった。
アクションには苦労したが、その分気合いも入り楽しい現場だった。
視聴率も良い数字を叩き出していて続編や劇場版の話なんかも持ち上がっていて出演者、スタッフ共々打ち上げは大盛り上がりで終了した。
車で送るというマネージャーを帰し冷たい夜風に当たりながら歩く。
ドラマの舞台にもなった横浜の山下公園に着くとベンチに座る。
人気のデートスポットとはいえ真冬の夜では人もまばらで、あの三井寿が
1人でこんな所にいるとは誰も気付かない。
(撮影楽しかったなぁ。ここともお別れか)
夜景の写した海をぼぅと眺める。酔った身体に冷たい夜風が気持ちいい
目を閉じ海風を思い切り吸い込んだところで意識がなくなった。
「んっ」
目が覚めるとしっかりベッドに入っていたがいつどうやって帰って来たか
全く記憶になく
「やべー全然覚えてねーわ」
むくりと起き上がり周りを見渡し「どこだここ?」
全然知らない部屋だった。
8畳ほどの和室でギシギシなるパイプベッドで自分にはせんべい布団と毛布と三井が羽織っていたコートがかけてあった。
ベッドから降りようとすると何かを踏みあわてて足をひっこめる
「うぅ」
起き上がったのは自分と同じ位の青年でキョロキョロと辺りを見回して床に置いてあった丸眼鏡をかけ三井に気付くと「あっ、良かった目覚めました?」とにっこり笑った。
「あのここは……」
「俺の家です。寒くなかったですか?ごめんなさい布団1組しかないから……」
すぐストーブ付けますねと部屋の隅に置かれた石油ストーブのスイッチを入れた。
「山下公園のベンチで寝てたんです。声をかけたけど起きなくて放っておいて凍死でもしたら大変だし、古いアパートだけど外よりかはましかなと思って」
「そうだったのか……あの……ご迷惑を……」
ぐぅぅとお腹の音が鳴った。
青年があわてて「ごめんなさい気がつかなくて」と台所に向かったのを
慌ててとめる。
「いや、もうお暇するんで!!」
「すぐ出来るから。座ってて下さい」と引っ込むと言った通りすぐ戻ってきた。
「昨日の残りの味噌汁でごめんなさい」とラップに包まれたおにぎりとたくわんが一緒に出てきた。
「何から何まで申し訳ない」
「名前聞いても?」
「そうだ、怪しいですよね。木暮公延です。20歳です。」
「学生?」
「はい。Y国立大の2回生で」
「頭良いんだ。」
「いえ……興味ある学部があったから」
「へぇ」
「あの……」
木暮が声を出すのと同時に三井のスマホが鳴った。
「ごめん。……もしもし?」
「迎えに行ったのにどこにいるんですか!!」
マネージャーの怒鳴り声に思わずスマホを耳から離す
「うっせーな。横浜?だよ。まだ時間あんだろ。あぁ?ここ?どこだ?」
「◯◯何丁目です」
ペコリとお辞儀をして「◯◯何丁目だよ。30分後?わかった」
通話を終わらせると「色々お世話になってありがとう。申し訳ないんだけど写真は事務所から禁止されてるからサインでも良いかな?」
一宿一飯の恩義を果たすため普段は断っているサインでもと申し出てみると
木暮はきょとんとした顔で首を傾げていた。
「えっ?」
「えっ?」
「もしかして俺の事……」恐る恐る訪ねると
「ごめんなさい。存じ上げないです」
ここのところ休みなくドラマに出続けて雑誌の表紙を飾ったり特集を組まれる事も少なくなかったから同世代は全員自分を知ってると勘違いしてしまった。気付かず天狗になってしまっていた自分が恥ずかしい
「申し訳ない。人の名前聞く前に自分から名乗るべきでした。三井寿と申します。24歳俳優してます。」
「あぁ!俳優さんだったんですね。」
「ドラマとかあんま見ない?」
「うち、テレビ無くて」
「スマホとか……ネットとか……」
「あの……スマホじゃなくてガラケーなんです。Wi-Fiもないからパソコンも課題作成する位しか……すいません」
言われて部屋をぐるりと見渡すと確かにベッドにちゃぶ台、本棚位しかない簡素な部屋だった。
申し訳なさそうに頭を下げる木暮をまじまじと見つめる。
自分の事を芸能人とも知らず純粋に人助けをする木暮にとても興味が湧いてくる。
「木暮くん。良かったらメアド教えてくれないかな?改めてお礼もさせて欲しいし」
「いえ、そんなお礼なんて結構です」
固辞する木暮から半ば強引にメアドを聞き出しスマホにアドレスを入力して木暮のガラケーにも三井のアドレスを入力する。
「必ずメールするね。あといま刑事ドラマに出てるから機会があったら木暮君にも見て欲しいな。」
「はい。バイト先のTVで観ますね」
三井のスマホが鳴りマネージャーが到着した事を知らせる。
「じゃあ本当にお世話になりました」手を差し出すと
「お仕事頑張って下さい」と両手で握り締めてにっこり笑顔で送り出してくれ無意識に口から「可愛い。好き」が溢れ出た。
これではとっちが芸能人かわからないなと握られた手を見つめふわふわした足取りで怒りくるってるマネージャーの元へと向かった。