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    byakuosuR

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    グレビリ新刊のサンプル。全年齢。
    ビリーの誕生日前にサブスタンスのせいでエリオス時空のビリーと押忍!時空のビリーが入れ替わってしまい、誕生日までの五日間を過ごす話。
    戦闘シーンあります。

    新刊のサンプル(side/グレイ)

    サブスタンスというものはまだまだ解明されきっていない物体だ。
    水や電気を発生させたり、時には人間の行動を操るような危険な能力を持ったものもある。そのとんでもない力は人類を驚かせる事象を起こし、想像もしないような出来事を引き寄せてしまう。……今、この瞬間のように。
    周囲を包む、眩い光から庇った目を開く。その起点にはチームの中で最も捕獲能力の高いヒーローが、淡く輝く糸でサブスタンスを捕らえているはずだった。
    サブスタンスが光った瞬間呼んだ彼の名前。その形のまま固まった口から、もう一度同じ名前を呼ぶ。
    「ビリー、くん……?」
    警戒を促す声ではなく、探るような声。背を向けている柔らかなオレンジは見慣れたものなのに、その下に纏う服はヒーロースーツではない。白シャツに濃いグレーのスラックスを合わせた服装はスーツのようにも見えるけど、スーツにしてはスラックスのチェック柄が派手なような気がする。あまり見覚えのないファッションだ。
    呼ばれるがままに振り返った彼……トレードマークのゴーグルだけはどこにも変化がないビリーは、じっとグレイを見つめた。
    「……グレイ」
    なんの飾りもない声で名前を呼ばれる。ただ目の前の知っているものの名を口にしただけのような響き。どこか夢を見ているかのようなぼんやりとしたビリーの様子に、先ほどとは種類の違う焦りを覚える。やはり何かがおかしい。
    何か声をかけなくちゃと言葉を探していると、無表情だったビリーの顔に僅かな感情が浮かび始める。ビリーはゆっくりとグレイから視線を外した……気がした。
    ゴーグルで視線はわからないが、その視線を周りに巡らせ、後ろに立つアッシュを見、その先のジェイを見て……止まる。
    「ジェイ先生?」
    「「……先生?」」
    アッシュの低い声と重なって生まれた不協和音にひやりとした。いつもなら舌打ちが飛んできそうな場面だが、グレイ同様に呆気にとられているのか、アッシュは僅かに丸くした目をジェイに向けるだけだ。
    早着替えをした理由、『先生』呼び、その前に怪我はないのか……と尽きない疑問を解決出来る可能性にグレイも注目する。すべての困惑を前後から集めたジェイは、信じられないといった様子で震える人差し指を持ち上げる。
    「ま、まさか……! お前っ、ビリーか……!?」
    「えーっと……ウン。ビリーワイズだよ」
    こっくりと頷いたビリーの答えに額に手を当てるジェイ。「まさかそんな……」と驚愕する姿を見せられても、アッシュとグレイの疑問は深まるばかりだった。
    ビリーワイズかとビリーワイズに尋ね、ビリーワイズだと答えるビリーワイズ。一体何が起こったというのだろう。





    「いやぁ、まさかビリーがこっちに来ることになるとはな」
    「それはこっちのセリフだヨ! ジェイ先生の世界と違って、俺っちの世界にそんなトンデモ物体ないんだから!」
    最初の戸惑いは何処へやら。イーストセクター共同スペースのソファーに座るビリーに遠慮や緊張は見られない。いつもの調子で元気に笑う姿を見ていると、何も起こらなかったのではないかと思えてくる。しかしそんなことはない。しっかりと異常は起きていた。
    グリーンイーストに現れた新種のサブスタンス。その能力は別世界に干渉するという驚きのものだった。以前からテレポーテーションの能力を持ったサブスタンスは見つかっていたが、その移動範囲が別世界にまで及ぶということらしい。
    そしてそのサブスタンスに触れている人間も移動に巻き込まれてしまう。その転移に巻き込まれた被害者というのが、目の前にいるビリーだった。
    正確に言えば触れていたのは今そこにいるビリーではない。元々この世界にいたビリーが転移させられてしまったのだが、どういうわけか転移先の世界のビリーと入れ替わってしまったようだ。
    すぐに戻そうにもサブスタンスはどこかへと消え去り、能力の特性からかエリオスの測定器にも引っかからない。
    ここにいるビリーは日本の百万市という場所に住む、ごく普通の高校二年生。見慣れないと思っていた服装もその学校の制服だということがわかった。ジェイとは担任と生徒という関係だったらしい。なぜビリーの世界にジェイが?という質問には「任務だから話せない」とにこやかに躱されてしまったが。
    「……オイ、まじでそいつ別の世界のヤツだって信じてんのかよ」
    腕を組み、訝しげにビリーを見下ろすアッシュの目は冷たい。警戒しているのか椅子には座らず、ローテーブルを挟んで立っている。
    グレイは思わず目を反らしてしまったほど鋭い視線なのに、ビリーまっすぐにその疑いを受け止めてみせる。ついでに自分の不満を示すように、ぶー、と唇を尖らせた。
    「えー、アッシュパイセンってばまだ信じてくれないの? こっちの世界でそんなに頭硬かったら生き辛いんじゃナイ?」
    「んだとクソガキ!」
    「クソガキって、オイラたち同じ歳……あ。違うのか、今は」
    そう言って身を乗り出し気味にアッシュを観察し始めたビリー。ゴーグル越しとはいえ遠慮のない視線が肌をなぞるのだろう。アッシュは居心地悪そうに「ジロジロ見んじゃねぇ」とだけ吐き捨てた。
    「オイラが知ってるアッシュパイセンより身長も高いし、体つきもカッコいい! あと、だいぶ年上に見えるけど、何歳なの?」
    「あぁ? んな事どうでもいいだろ」
    「アッシュは二十五歳だ。ちなみに、グレイと同じ歳だぞ」
    「テメェ、老いぼれ……! 勝手に教えてんじゃねぇ!」
    さらりと答えを差し出したジェイにアッシュが青筋を立てる。歳ぐらい教えても全く問題ないのに、思い通りにならなかったことで反射的に怒鳴っているだけ。
    それでも椅子の上で僅かに身を竦ませていると、ぱっとこちらを向いたビリーと目が合った。
    「ワオ! じゃあ本当にアッシュ『パイセン』だし、  こっちではグレイも『グレイパイセン』なんだ!」
    「ぱっ、パパパパイセン!?」
    椅子から飛び上がるほどの驚きで声がひっくり返る。
    パイセン。ジェイだけは別だが、年上の人をビリーはそう呼ぶ。
    六つ上とは言え、あくまで同輩のグレイはその敬称で呼ばれたことはない。先輩ではないのであたりまえだが。
    だから急に呼ばれた「グレイパイセン」呼びに返事なんてとても出来なかった。ちょっとだけずり下りた椅子に座り直しつつ、ブンブンと首を横に振る。
    「あれ、違った? もしかしてこっちのボクちんは更に年上だったりする?」
    「い、いや、ビリーくんは十九歳だから……一番年下ではあるけど……!」
    でも、違くて。
    十九歳のビリーと二十五歳の自分は同輩だとつっかえながらも説明する。同じ年に入所して、部屋が同じだということも。アッシュとは入所時期がずれたということも、それとなく伝える。
    「だから、別に僕のことは、ぱ、パイセン、なんて呼ばなくて良くて……むしろ、そんなの恐れ多いっていうか、僕なんかがビリーくんの先輩だなんて力不足にも程が あるし、僕の方が助けられてばっかりで頼りなくてそれに……」
    「ストーップ! そんなに自分を落としていかなくってもいいヨ!」
    一文ごとにじめっぽさが増していくグレイの言葉に 割り込んだビリー。下がり気味だった視線をはっとして上げる。
    「うう……。ご、ごめんね、ビリーくん……」
    「こっちでもネガティブグレイなのは変わらないんだネ」
    「気を付けてはいるんだけど……。つ、つい」
    「ははっ、このやりとりを見ているといつもと何も変わっていないように見えるな」
    微笑ましく見守っていたジェイがそんな事を言う。
    ちょうど自分もそんなことを感じていたので、つられてふにゃりと口角が緩んだ。
    ビリーは事あるごとに「ネガティブグレイ」と自分を注意してくれる。ただ否定されたり苛立たれるだけなら何度も経験してきたけれど、こんな考え方もある、と  自然に光の方へ手を引いてもらったのは初めてだった。
    「友達なんだから当たり前」と言うけれど、その言葉がどれほど貴重な宝であるかきっとビリーにはわからないだろう。
    大切に大切にしまい込んでいる友情という名の宝物。その繋がりが異世界を超えても感じられたような気がしたのだ。
    そんな擽ったい幸せに浸るグレイの耳に舌打ちの音が飛び込む。
    「俺はまだ認めた訳じゃねぇからな。そんなクソくだらねぇ世界あってたまるか」
    先ほどよりも深いシワを眉間に刻んだアッシュの言葉にジェイが眉をひそめた。
    「なぜだ? 俺も実際行っているんだから、存在しないというのは無理があるだろう」
    「うるせぇ! ギークだけじゃなくクソガキと俺が同い年の世界なんて許さねぇって話だ! しかも担任がお前だと? ふざけんじゃねぇぞ!」
    「そこか……。そんなこと、許す許さないの問題じゃないだろう……」
    いつも通りの傍若無人な言い分。ジェイが呆れてため息交じりの言葉を返しても、アッシュは語気を荒げるだけで頑として譲らないだろう。しかし「認めない」と言っただけで「信じない」とは言っていない。多分疑いは晴れていると思う。……わざわざ指摘はしないけど。
    「HAHAHA! アッシュパイセンはこっちでもジェイ先生を困らせちゃう問題児なんだネ!」
    ひぇっ。
    どこまでも陽気な音を立てて落とされる爆弾に小さな悲鳴が漏れた。アッシュの頭上にメーターがあったとしたら一瞬で振り切れただろう。そんなもの実際にはないが、見えてしまった幻覚にさささっと顔から血が降りていく。
    「あ!? 今なんて言ったクソガキ!」
    「キャー☆ 暴力はんたーい!」
    ローテーブルを越えて伸ばされる腕を頭を引くことによって避けたビリーは、ソファーの背もたれに両手を着くと、ひょいと身軽な動作でそれを飛び越えた。そのままドタドタと走り回り始めた二人は、本当にいつも通りの日常を切り取ったようにしか見えない。服装と、僅かな環境設定。たったそれだけの違いがビリーとの間にあるものだと、そう思っていた。



    「えっと、あっちがビリーくんのスペース。ベッドは  ジャックさんがシーツ変えてくれてるはずだし、何よりビリーくんは綺麗好きだから使い辛いことはないはずだよ」
    人のベッドを勧めることに多少の戸惑いはあったけれど、相手はビリー。本人同士の貸し借りならきっと嫌がりはしない。そんな思いで指差してみたが、ビリーはベッドだけでなく、部屋のあらゆるものが気になるようだった。
    興味深げに頭を動かすビリー。……内心気が気じゃない。なんでもないようなフリをしながら、グレイもそっと部屋の隅々に視線を走らせて不備がないか確認をした。
    一応、掃除もした後だから目立った汚れはない。ゴミも捨てたばかりだし、大丈夫なはず。
    「ふむふむ。きっちり部屋が分かれてるわけじゃなくて、一つの部屋を二人で使ってるんだ」
    「やっぱり、落ち着かないかな……? 僕は向こうの部屋で寝ても大丈夫だけど……」
    「NO、NO! 全く知らない人と相部屋ならともかく、グレイパイセンとは時空を超えた知り合いだからネ♪」
    「び、ビリーくん……その呼び方は……」
    むず痒さからグレイの視線がうろつく。
    着慣れたスウェットの肘辺りを握りしめていると、「嫌?」と軽く問いかけられた。
    嫌……じゃ、ないけど。ちらっと伺ってみた顔にからかいの色はない。そうなれば言葉は余計に口の中から出にくくなって、呻く音だけが押し出されてしまう。
    「別に『先輩らしさ』なんて必要ないヨ! 単純に九歳も年上だし、同僚なわけでもないんだから先輩なのはあたり前デショ?」
    「そ、そう、だけど……」
    「それにサ、オイラの世界の話をするのに『グレイ』が二人いたらややこしくなっちゃうヨ」
    「えっ……!」
    ぱっと顔を上げたグレイの瞳には隠しきれない期待が潜み、琥珀のようにきらりと輝いた。
    「き、聞いていいの……?」
    「むしろそれが一番聞きたかったんじゃないの?」
     にひ、と口角を上げて答えたビリーに、すべて見透かされていたことを悟る。
    「はわわっ、ご、ごめん……! あ、あんまり聞き過ぎたらビリーくんに迷惑かなって……思って……。その、でも、き、気にならないってわけでも……なくて……」
    (正直……気にならないわけがない……っ)
     ぐっと奥歯を噛み締め、浮かび続ける質問を無理やり押し込める。
    あの後はシャワーの場所を教えたり夕食にデリバリーを頼んだりしていたらあっという間に時間が経ってしまったけど、その間、早口に動き出しそうな口を何度こうやって結んだかわからない。
     向こうの世界のビリーのこと、学校生活のこと。たくさん知りたいことがあった。
    「HAHAHA だからずっと気になってたのにオイラが話すまで待っててくれたんだ」
    「う、うん……。でも、気づいてた……?」
    「まあね。相手の欲しい情報を見極めるのも情報屋のお仕事だから☆」
    彼の観察眼の鋭さは十六歳でも十九歳でも変わりないらしい。……いや、この場合は自分が分かり易すぎることも原因なのかな……。
    うじうじと悩んでいたことをあっさり見抜かれ、グレイは降参するように口を開いた。
    「……その話、聞きたいな」
    「Gotcha 任せてヨ、グレイパイセン♡」









    (side/ビリー)

    あちゃー。これはやっちゃった。
    そう思った時には、ゴーグル越しでも目を開けられないほど暴力的な光の中に居て。
    視界だけではなく、あらゆる感覚器官が一斉に塞がれるような息苦しさに襲われ、ビリーは声すら上げられなかった。
    「ビ……くん……!」
    水の中から聞いているみたいに音が聞き取りずらい。でも、自分の名前を呼ぶ驚きと痛みに濡れた声は僅かに鼓膜を揺らし、心が潰れそうになった。
    そんな声、もう二度と聞きたくなかったのに。
    シャムスの奇襲に遭った日、爆発音で麻痺した耳に最後まで聞こえていた声。大丈夫と答えてあげたいのに、呼吸を止めないようにするだけで精一杯な自分の情けなさを思い出す。そしてまた、あの時と同じように何も出来ないままグレイの声だけが急激に遠ざかっていくのを感じた。
    意識ははっきりしているし、その場から動いてもいない。でも自分だけが「動かされている」という実感があった。
    サブスタンスを捕獲するビリーの後ろにはグレイがいて、アッシュやジェイもいた。ほんの数メートルしか離れていない場所に立っていたはずなのに、もう気配すら感じられない。
    (せめて元凶であるコレだけは……!)
    握りしめたストリングスに力を込める。指に伝わる感覚からして、その先のサブスタンスはまだ存在している。何が起こっているかわからないけれど、このサブスタンスさえ逃がさなければどんな結果になっても研究部が解決策を探してくれるはず。
    幸い、強烈に眩しいこと以外に害はない。ストリングスにも影響はないみたいだし、これなら……。
    そんな考えを否定するように、ジジジ、とノイズ音が聞こえた。
    グレイの声と違ってはっきり聞こえたその音は、耳に装着したインカムから断続的に流れてくる。脳を引っかくような嫌なノイズに思わず顔をしかめるが、指令室やグレイたちからの通信かと思い耳を澄ます。
    ジジ、ジジジッ、とノイズは大きくなったり小さくなったりを繰り返し、すぐにブツリと途切れた。
    (なんだろう? 何も聞き取れなか……ッ!?)
     張り詰めていたはずのストリングスが突然緩み、ビリーはバランスを崩して後ろによろめいた。
    え……なんで……。
    反射的に握ったストリングスでサブスタンスを手繰り寄せようとして、その感覚があまりにも軽いことに息を飲む。
    ……嘘。サイバーストリングスが千切れてる。
    伸ばしていた長さの十分の一にも満たないストリングスが手の中で消えていくのを感じて唖然とする。
     やばい、能力の出力が安定してない。というか、これって……!
     自分に起こった異変を確かめるため腕を動かそうとしたところで、ふっと目の前の眩しさが消えた。
     柔らかな風が顔を撫で、冷や汗で張り付いた前髪を軽く払う。緊張で固まった体を優しく擽ぐるようなその風に誘われ、ゆっくりと閉ざしていた瞼を開いていく。
     一番に目に入ったのは黄昏。薄青い空の淵を焼くように広がったオレンジが、中途半端に伸ばされた自分の手をほんのりと染め上げていた。
     再び風が吹き、夕陽と同じ色をしたビリーの髪の毛を跳ね上げていく。なんだかやけに風が強い。
     きょろ、と巡らせた視線が捉えるのは上にぽっかりと口を開けた空ばかりで、屋根や壁は見当たらない。人もいない。あるのは四方を囲む白い柵だけだ。
    「……屋上……?」
     辺りをぐるりと見まわし、戸惑いながらもそう結論づける。でも、一体どこの。
     エリオスタワーの屋上ほどではないが、人が走り回れるほどの広さがあり、目を楽しませる花壇やベンチまで置いてある。
     どんなに記憶を探ってみても、この屋上に見覚えはない。それどころか眼下に広がる景色の中にピンと来るものが一つも見当たらなかった。
     地上から突然屋上に放り出されたのにも驚いたが、ニューミリオンの街をそれなりに知り尽くしている自分が見たこともない場所にいるとはどういうことだろう。
     これじゃあグレイたちの場所に戻ろうにも戻れない。せめて自分がどこにいるかの手がかりだけでも見つかれば……。
     遠くのビル群をもっとよく見ようと柵に向かって足を踏み出す。
    (あれ?)
     地面の感覚がさっきまでと違う気がして視線を下ろす。
    真っ黒な革靴が細長い影を踏んでいた。自分の影ではない。というか自分の影は踏めない。
    ちょうど真上から落ちてきているような影。じっと見つめているとそれはゆっくりと動いていた。ゆら、ゆら。まるで、浮遊でもしているかのような……。
    そこまで考えたところでキュウっと鳩尾が冷たくなる。それが合図だったように、足元の影がみるみるうちに大きくなり、ビリーは前に向かって思いっきりジャンプした。
    野球選手のように地面へと飛び込んだビリーの背後で、鉄と木材が潰れるけたたましい音が炸裂する。何が落ちてきたのかはわからないけど、さっきまで立っていたところに何かが落ちてきたのはわかる。それをした犯人も。
    素早く手を付いて体を起こすと、後ろではなく上を見上げた。ちょうど自分の死角になっていた真上。そこには夕焼けを反射して真っ赤に輝くサブスタンスがふわふわと浮かんでいた。
    間違いない。さっきまでビリーが捕らえていたはずのサブスタンスだ。視界の端に大破したベンチが映ってつるりと冷や汗が顎を伝う。しかしビリーは、ニッ、と八重歯を覗かせ笑った。
    ゴーグルで隠された青い瞳で距離を測っているのを誤魔化すために。
    「あれれ、君も迷子カナ? それなら迷子同士仲良くして欲しいんだけ、どっ!」
     しならせたサイバーストリングスを天に向かって勢いよく伸ばす。ネオンサインのように空を飾った五本の糸は、サブスタンスの注意を逸らすための一手目。
     逃げる方向を絞るためのものだったから外すのは想定内だったけれど、目標より大きく右にブレたことに違和感を覚える。
     しかしそんな小さな事を考えている余裕はない。左へと動いたサブスタンスが屋上から逃げ出さないよう、進路を誘導する。
     次々にストリングスを放ち、引き寄せ、少しずつ地上へ。無限に逃げ場がある空には戻さない。少しずつ編み上げていく蜘蛛の巣にかかるまで翻弄し続けなくちゃ。
     マジックで慣らされた指は今日も淀みなく動く。でも、やっぱり何か変だった。
     クイ、と人差し指を曲げるとストリングスも曲がる。その軌道はビリーが描きたかったコースから微妙に外れていて、妙なタイミングのズレを生む。小さなストレスが積み重なっていく戦闘に、ビリーの顔から笑顔が削られていった。
    (ストリングスが、動かしづらい……!)
     右に、と思うと一拍遅れて右に曲がる。どんなに目を凝らして狙った場所ぴったりに射出されない。
     そうして出来た僅かな隙。それを狙ってサブスタンスがきらりと光った。
    「ッ!」
     足元にまた複数の影。咄嗟に張り巡らされたストリングスに飛び乗ると、「ガシャン、ガラン!」とレンガが続けて砕ける音が響いた。
     また空から。サブスタンスを警戒しつつ上を見ると、ちょうど数個のレンガが何もなかった空間に現れた。当然それらは重力に引っ張られ、ビリーに向かって落ちてくる。
     ビリーはその場で軽くジャンプしたかと思うと、着地の瞬間しゃがみこみ、グッと力を込めてストリングスを踏みしめる。
    「よいしょっと!」
     勢いよく膝を伸ばせば、糸に溜め込んだ弾性が軽々とビリーを弾き飛ばした。
     美しい宙返りでレンガの雨を躱す。その目に、一瞬だけ背後の花壇が映った。なぜか所々のレンガが抜かれた歪な花壇が。
     くるりと一回転した景色を眺めたビリーは、体操選手も顔負けのしなやかさで地面に着地する。その際間近に見えた自分の靴。眩しさで目を瞑っていた時はブーツだったはずのそれを見て、最初の違和感がなんだったのかようやく気付いた。
    「……なるほど。逆さまになって考えて見るものだネ」
     いろいろ周りが見えたから。
     そう言って短く息を吐いたビリーの姿は、ヒーロースーツではなく、黒で統一された制服姿に戻っていた。
     突然能力が安定しなくなったのはこれが原因だ。ヒーロースーツは能力を使いやすくする補助機能もあるから、急にそのバランスが崩れて能力が使いづらく感じられたんだろう。
    でもヒーロースーツを解除した覚えはない。まず、サブスタンス捕獲中にヒーロースーツを解除する訳がない。
     考えられるとしたらインカムの故障だけど……。
     ノイズのようなものも聞こえていたので可能性はある。けど今は確認している時間はない。
     再びサブスタンスに向かってストリングスを放つ。さっきよりもずっと早くなった糸の一撃を喰らい、サブスタンスが僅かによろける。
     原因がわかればこっちのものだ。制服の状態で能力を使う時のパワーバランスに調節すればいい。先ほどのズレはすぐになくなり、二撃、三撃とコンボが繋がっていく。それでも争うようにサブスタンスが光り、再び上空にレンガが出現した。
    「HAHAHA それもどういう能力かわかっちゃったもんネ!」
     そう言ってレンガが落ちてくるよりも早く、ビリーはストリングスを横に払った。鞭のようにしなった糸が強烈な勢いを持ってストリングスを打つ。空中で踏ん張りも効かないサブスタンスは無抵抗に弾かれ、飛ばされた先で落ちてきたレンガと激突した。
     ガシャン、とレンガに潰されるようにして地面に落ちたサブスタンスはそのまま動かなくなる。これは、捕獲完了かな?
     握っていた糸の束を手放すと、宙に編まれていたストリングスがするりと解け、解けるように消えていく。なんだか無駄に体力使った気がするな……。
     体にのしかかる疲労がいつもより重い事にため息が溢れる。でも、本当に気が重いのはここからだ。
    とりあえずインカムに手を添え、ヒーロースーツを展開させようと操作してみる。
     ……反応なし。
     何度か同じ操作をしてみるも、ヒーロースーツに切り替わらない。じゃあ通信は……。
     司令室、ジェイ、アッシュ、グレイ。順々に繋いでみようとするも、結果は惨敗。繋がるどころか電源自体が切れてしまったようにインカムは反応してくれなかった。
     完全に役立たずとなったインカムを耳から外すと、生ぬるい風が耳穴に吹き込んでくる。
    (そうだ、ハニーで誰かに連絡を取れば……!)
     ザワザワと心を泡立たせる不安を抑え、胸ポケットに入れたままのハニーを取り出す。一番の相棒であるハニーの充電は毎晩欠かさずにしているから、まだまだ余裕で動くはず。
     ホームボタンを指で押し込むと、パッと液晶が明るくなった。さっすがハニー。一番の相棒は信用できるネ。
     そう思って安堵したのも束の間。画面上部に表示されたアンテナマークを見て目を疑った。
     ゼロ本。いつもはしっかり立っている三本の線見事にゼロ。
    いやいやまさか! そんなことってありえるの? ニューミリオンじゃ電波が入らない場所を探す方が難しいのに!?
    くるくるとその場を回ってみるも、当然電波は捕らえられない。電波が入らないならば、これはただの目覚まし付きカメラと同じだ。
    (これって……思ったよりマズイ状況?)
     帰るための唯一の望みが目の前で沈黙してしまった。ビリーは次の一手を求めるように空を見上げる。サブスタンスとの戦闘があったせいで、美しかった夕焼けには濃紺のカーテンが被さり始めていた。
    「ビリー……くん……?」
     屋上風に攫われそうな声が微かに聞こえた。
     独り言にしては大きすぎるし、話しかけるにしては小さすぎる。それなのに耳はその音をしっかりと拾い上げ、ビリーの視線を誘った。
     この、声。
     ゆっくりと振り返る。
    数歩先に、一人の少年が立っていた。
    屋上風で前髪が跳ね上げられた彼は、露わになったアンバーの目を細め、腕の中にあるリュックをギュウッと抱きしめる。
    疑問、警戒、困惑。いろんなものがない交ぜになったその顔はあまりにも見慣れたもので、体に纏わりつく疲れが吹っ飛ぶような衝撃が走る。ビリーの顔で笑顔が弾けた。
    「グレイ……!」
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    サブスタンスというものはまだまだ解明されきっていない物体だ。
    水や電気を発生させたり、時には人間の行動を操るような危険な能力を持ったものもある。そのとんでもない力は人類を驚かせる事象を起こし、想像もしないような出来事を引き寄せてしまう。……今、この瞬間のように。
    周囲を包む、眩い光から庇った目を開く。その起点にはチームの中で最も捕獲能力の高いヒーローが、淡く輝く糸でサブスタンスを捕らえているはずだった。
    サブスタンスが光った瞬間呼んだ彼の名前。その形のまま固まった口から、もう一度同じ名前を呼ぶ。
    「ビリー、くん……?」
    警戒を促す声ではなく、探るような声。背を向けている柔らかなオレンジは見慣れたものなのに、その下に纏う服はヒーロースーツではない。白シャツに濃いグレーのスラックスを合わせた服装はスーツのようにも見えるけど、スーツにしてはスラックスのチェック柄が派手なような気がする。あまり見覚えのないファッションだ。
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