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    IFにIFを重ねる話。の、5話目前編。
    鬼殺隊IFの狛治さん&完全に鬼の始祖の手駒になる前に呪いを自力で解除した猗窩座殿のおはなし。鬼殺隊IFにする為に時系列が変わっているところがありますが、『ほーん、こんな妄想もあるんだなー』程度に受け取ってください。
     また、創作キャラクターも混ざってます。許して(謝罪の意)

    無邪気との接触(前編)❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎


     ねぇ。こんな話があるの、知ってる?
     とあるお山にある、無人の里。そこは大金持ちの地主さんが、将来の為に残した埋蔵金があるんだって。
     でもでも気をつけて。里に向かうまでの獣道には、獰猛な動物さんがいっぱい居るの。やって来た人たちを食べようと、虎視眈々と目を光らせているんだよ。


    「冗談じゃない!!何が“獰猛な動物”だ!」

     暗い暗い獣道の中、男が何かに追われながら息を切らして走る。慌てふためき、顔は真っ青で焦っている様子がわかる。急いで下山しているが、方向感覚を失ったその男は今自分が何処にいるのかも分からない。

    「アレは、アレは“鬼”だ!!あんなものが動物な訳がない!!何なんだよ、何なんだよ“アレ”はッ!!」

    「ねぇ、」「遊んでる最中だよ」「鬼ごっこは?」「遊んでくれないの?」

     男の両耳から別々に同じ声がする。まるで男の隣に居るかのようなその声を聞くまいと、男はただひたすら走る。走り続ける。

    「あぁ、分かった」「あぁ、そういうこと」「いいよ」「私が鬼役をするんだね」

     子供の笑い声がこだまする。木々はざわめき、鳥たちは気配に怯えて一斉に飛び去る。その一瞬に男は怯えて足がもつれ、転んでしまう。
     男が顔を上げると、そこに居たのは“猫の地蔵”であった。

    「人間は苦しみを毒としているの」「人間は苦しむことを毒のように恐れるの」「耐えてみようよ」「耐えたらご褒美あげる」

     そして、男の方へと猫の地蔵が倒れて来た。地蔵の重さは、それはそれは重量があるもので。男の頭部は簡単に潰れてしまった。首から下が痙攣しているのを目にしながら、子供の笑い声が響く。

    「あーあ」「死んじゃった」「おしまい」「もー」「根性がないなー」「我慢しようよー」「でもしょうがないよ」「人間って弱いもの」「じゃあ、仲良く分けようね」「そうだね、一緒に食べようね」



     今日も、誰一人として下山する者はいなかった。

    ❇︎ ❇︎ ❇︎

     蝶屋敷での鍛錬と仕事の手伝い、岩柱の修業場での稽古をつけてもう一年が経つ。
     神崎アオイと寺内きよ、中原すみ、高田なほら三人娘に、しのぶが目をかけている栗花落カナヲともある程度顔を合わせ、一年間も仕事の手伝いをしていると鬼殺隊の事情をある程度理解できるようになった。
     アオイは自分よりも年下だが物怖じせずに対応してくれるのでこちらも気負うことはない。三人娘たちには何故か好かれており、猗窩座と顔合わせをしたときは最初こそ怯えていたものの、害がいない事に加えて幼体化でいる事が多い為に警戒心を払拭でき、弟のように可愛がられている。本人は困惑気味だが。
     問題はカナヲだ。彼女は『何もない』のだ。空っぽのままである彼女に挨拶しに行ったときは正直困惑した。彼女と顔を合わせたとき、人と話すことが苦手だとか、そういう次元の話ではないと分かった。……何もかもがどうでもいい、何も考えなければ傷つかなくて済む。そんな風に感じ取れた。

    『アレは自分の意思がないのと同等だな。全てを他人の意向に任せ、自分は他者の歯車と言わんばかりの顔だ。……あまり、良い気はしないな』

     しかし、自分達ではどうともできない事くらいは分かっていた。なので、特別視することもせずに、ただ通常通りに接する事にした。お陰でカナヲとの意思疎通くらいは取れるようになった。だがお互いに接点もなければ話題もないので、これといって話すことはなかった。
     ある日。カナヲが無断で最終選別に参加したという知らせを聞いた。彼女たちは本気で心配しており、しのぶに至ってはいい笑顔で怒っている。下手に馬に蹴られるよりはと、最終選別が終わるまではひと一倍仕事を頑張ろうと励んだ。


    「伝令。仙巌霊山センガン レイザンニ 向カッタ 人タチガ、消息ヲ 絶ッテイル。至急、調査ニ 向カワレタシ。ナオ、本任務ハ 炎柱『煉獄杏寿郎』様トノ 共同任務 トナル」

     ある日、いつも通り蝶屋敷の手伝いをしていると狛治の鎹鴉である牡丹から連絡が来た。その連絡を聞き、しのぶは「まぁ、」と声を上げる。

    「初任務ですね。私と悲鳴嶼さんとの鍛錬を無駄にしないように、頑張ってくださいね」
    「はい。お世話になりました」
    「任務とやらが終わったらまた来るからな、しのぶ。次に会った時はお前の拵える毒の解毒が出来ると思うから、楽しみにしていろ!」
    「ではこちらもとびきり強い毒を作ってお待ちしていますね」
    「お前は余計なことをしなくていい!!」

     ふふふと微笑みながら挑発されてまんまと引っかかり、ギャンギャン吠える猗窩座に拳骨をお見舞いしたのち、狛治はいそいそと猗窩座に体内に入るように促した。



    ❇︎ ❇︎ ❇︎

     丹霧生村たんきりゅう むら
     今回調査に向かう村の名前だ。この村の近くには小さな祠のある山『仙巌霊山せんがん れいざん』がある。小さな祠に名前はないが、なんでも猫を祀っていると言う。
     日が沈み、人通りも少なくなってきた村に足を踏み入れる。ガチガチの手甲と鉄靴を装備している狛治はまあまあ目立つ方であり、時々視線を感じてちらりと目を動かせば、物珍しそうに通り過ぎる村人の姿を捉えるくらいだ。

    「しかし、煉獄さんって何処にいるんだ?胡蝶さんは、ひと目見ればすぐわかる容姿だって言っていたが───」
    『狛治、』

     体内にいる猗窩座が真剣な声で狛治を呼び止める。もしや鬼が近くにいるのか?狛治は足を止めて冷静に周囲を警戒する。

    『向こうだ。飯処、そこにいる』
    「分かった」

     狛治はゆっくり、殺気を隠しながら村の飯処である食堂の戸を引いた。


    「美味いッ!!」

     ビリビリビリ、と音が実態を持ったかのような衝撃が走る。狛治だけでなく、他の客人たちもその声の主に驚いて目線を向けている。しかし本人はそんなことお構いなしに、どんぶりを片手に天丼をかきこんでは、またとんでもない声量で「美味いッ!!」と口にする。

    「うるっっさ……」
    『素晴らしい……!外からでも感じられた覇気を、こんな間近で見られるとは……!!』

     猗窩座が察知したのは鬼の気配などではなく、これから合流するその人物の闘気だったようだ。警戒した自分が馬鹿みたいではないか。

    「美味いッ!!美味いッ!!」
    「そう言ってくださると、私も作った甲斐があります〜」
    「大変美味だった!もう一杯頂けるだろうか?」
    「はい〜」

     上機嫌に笑顔を浮かべる食堂のおばさんは厨房へと戻っていく。その様子を見た狛治は思わず「まだ食うのかこいつ」と悪態を吐いた。と言うのも、同じ形をしたどんぶりがもう八つ積まれているのだ。片手に持っていた空のどんぶりで九つ目である。十杯も食うのか……などと呆れて声も出ない狛治に、その男は目線を向ける。

    「君が此度の任務に随行する、鬼を宿した青年だな?」
    「あ、はい。素山狛治です」
    「俺は炎柱、煉獄杏寿郎。俺たちはお互い初対面だ。まずは腹ごしらえ次いでに、ある程度互いのことを知る事にしよう」

     と、杏寿郎はやってきた天丼に箸を入れる。美味しそうな匂いを嗅いで、そういえばまだ食事を取っていなかった事を思い出し、折角だからこちらも注文する事にした。



    ❇︎ ❇︎ ❇︎

     ……“腹ごしらえ”という名目こそが本命で、“互いのことを知る”というのはおまけなんだろうなと思いつつ、数分後にやってきたうどんをすする。

    「ところで、件の鬼はいま何処にいるんだ?」
    「体の中です。俺と猗窩座は鬼の細胞と人間の細胞に分かれていますが、元は同じ人間の細胞だから俺の体の中に入る事が出来るんです」
    「成る程。下手に目立つ事もなければ、底辺の鬼ならば察知する事も難しいだろう。よく考えられている。だが君の体の中にいる鬼は日中でも平気なのか?」
    「そう言えばどうなんでしょう……?焦っていたとは言え、強引な手段を取らざるを得ない状況だったのでそこまで考えていませんでした。今にして考えてみれば、気密性のある箱を用いて運んだりした方が勝手がよかったかもしれませ───」
    『素晴らしい闘気だ!狛治も分かるだろう、この洗練された覇気!責務を全うせんとする気高き闘志!是非とも、一度手合わせしてみたいものだ!共に鍛錬をしてみたい、早く動ける場所に行きたい!!』
    (猗窩座、ちょっと黙ってろ)
    「先ほどから箸が進んでいないようだが、体調が優れないのか?」
    「……いえ。元から少食な方なので、とりあえず腹に収まれば十分というか。それに、この体は半分くらいは鬼のようなものですし、多分うまく消化できていないんだと思います。最初の頃よりは多く食べている方ですが───」
    『『栄養を補給する事で効率的に鍛えることができる』という霽吽の教えは正しかったのだ!目の前の男は人の何倍も食事をしている、つまりその分だけ栄養を使っている証拠!狛治、俺のことなど気にするな、というかお前の体なのだから寧ろ自分の体に気を遣え!』
    (煩い)
    「美味いッ!!」
    『素晴らしい!!最初こそ雷でも落ちたかと思ったが、これ程までに声量を出せるとは!!』
    「煩いッ!!」
    「すまない!!」
    「煉獄さんではなく……いや煉獄さんもだな。とりあえず猗窩座ちょっと黙ってろ!!」


     ただの食事の時間だと思って付き合ってみたが、思いの外騒がしくてまともに食べられなかった気がした。周囲と脳内が煩すぎて、うどんの出汁しかまともに感じ取れなかった気がする。



    ❇︎ ❇︎ ❇︎

    「さて、腹ごしらえも済んだ事だ。改めて今回の任務について説明しておこう」


     今回の任務。それは、仙巌霊山に入った旅人たちが謎の失踪を遂げている原因を調査することであった。
     この村には、最近になってこんな噂話が広まっている。

    『ねぇ。こんな話があるの、知ってる?
     とあるお山にある、無人の里。そこは大金持ちの地主さんが、将来の為に残した埋蔵金があるんだって。
     でもでも気をつけて。里に向かうまでの獣道には、獰猛な動物さんがいっぱい居るの。やって来た人たちを食べようと、虎視眈々と目を光らせているんだよ』

     村人たちはその無人の里を『マヨイガの里』と呼んで忌避している。埋蔵金目当てでやって来た連中が山に入るが、誰一人として出てくる者がいなかったからそう呼ばれるようになったのだ。しかし、外からやって来た旅人たちは村人たちの忠告を聞かず、こうして今もなお行方不明者が増えているという訳だ。最初こそ、山で遭難なり獣に襲われたなりの被害かと思われたが、行方不明者は増える一方である。この事実に「鬼が関係しているのでは」と睨んだ鬼殺隊は、少人数編成で隊士を派遣し調査させた。

    「──しかし、戻ってきた隊士は一人としていなかった」
    「だから、今回は柱である煉獄さんが向かうことになったんですね?」
    「うむ。そして君が選ばれた理由だが、人の体を保っていながら鬼としての自分を宿している君の存在が、鬼殺隊にとって本当に有益なものかを見極める為でもある。
     君の鬼が人を食べておらず、人を襲う事もないのは胡蝶から聞いている。一年間も蝶屋敷で働きながら、屋敷内で事件があった旨を聞いていない以上、君の鬼に有害性がないことは半分証明されているようなものだ。
     だが、君が鬼殺隊に席を置いている以上、君の鬼もまた鬼殺隊として責務を全うできるのか。もう半分である“有用性”の証明の為に君は選ばれ、俺はその監視役も担っている」
    「そうですか……。分かりました」

     蝶屋敷で働かせる本当の理由はこれだったのかもしれない。二人は改めてしのぶに感謝する。一年もの間、弱り傷ついた人間の隊士が近くにいながら猗窩座は誰一人として手を出しておらず、それどころか(夜間ではあるが)看病や機能回復訓練の相手をする少女たちの手伝いをしたくらいだ。
     鬼のなり損ないの猗窩座には、本能として刻まれている食欲が著しく欠けていたのだ。本人は「人間を食べる事で得られる強さは偽りのもの」と豪語し、人肉を食すのを頑なに拒否していた。その為、今まで通り害獣駆除次いでに獣の肉を食べたり狛治の血液を摂取したり、苦肉の策として睡眠する事でゆっくりとだが回復させたり、幼体化して体力を温存するなど工夫を重ねてきた。

    『そうか、もう一年も経っていたのか……時間が経つのはあっという間だな』
    「……向かいますか?」
    「うむ!仕事熱心で大変宜しい!」
    「いつまでも胡蝶さんたちの世話になる訳にはいきませんから。それに、猗窩座が思った以上に煩くて……。さっきから頭がガンガンする……外にも中にも煩い奴がいるから……」
    「嫌味も交えられるのならすこぶる健康だな!!」
    「そうですね(棒)」



    ❇︎ ❇︎ ❇︎

     山道をある程度進むと、苔むした祠が見えてきた。月明かりに照らされているその祠は人の手が加えられていない様で、蔦は伸び放題、雑草まみれであまりにみすぼらしいものであった。祠の両隣には苔むした猫の地蔵が備え付けられている。猫の地蔵は何故か手拭いを咥えており、よく見ると祠から山頂にかけて手拭いを咥えた猫の地蔵が設置されている。

    「……手拭い?」
    「手拭いだな」
    「な、何故……?」
    「郷土史でも漁ってみれば良かっただろうか。しかし、問題は例の里だ。噂が本当のものかは定かではないが、調べる価値は十分にある」
    「わかりました。……だが、『マヨイガの里』か。本当に存在するのか……?」


    「マヨイガの里?」「貴方、今『マヨイガの里』って言った?」



     二人は互いに背を合わせて周囲を警戒する。突然聞こえてきた声の主は、間違いなく“鬼”である。それも、今まで以上に凶悪な……。

    「貴方達が今日の遊び相手?」「あら、嬉しい」「今日は二人もいるわ」「素敵ね」「長い間遊べるわ」「お名前聞かせて」「お名前聞かせて」

     山道に木霊する子供の声。声色からして、年端もいかない少女だ。彼女は純真無垢な声色で名前を聞く。

    「俺は煉獄杏寿郎、君の頸を貰い受けるものだ!」
    「まぁ素敵」「素敵な人」「炎のごとく熱い人」「そちらは?」「そちらは?」
    「……お前たちに名乗る筋合いはない」
    「まぁ酷い」「酷い人」「氷のように冷徹な人」「でも知ってるよ」「でも知ってるわ」
    「「貴方、鬼の成り損ないでしょう?」」

     猗窩座は現在体内にいる。並の鬼には察知できない筈だが、相手には既に知られている。今相手にしている鬼が普通でない事を感じ取り、狛治は一層警戒心を強める。

    「ねぇ見せて」「本当の貴方を見せて」「見せてくれたら、わたしも見せるよ」「顔合わせは大事よ」「まずば顔を覚えないとね」
    「お前の戯言に興味はない」
    「あぁ、そう」「そうなの」「残念ね」「残念」「でも良いわ」「遊びを始めましょう」

     かつん、と頂上側の山道に建てられた猫の地蔵から音がする。その方向を向けば、目を爛々と輝かせる一人の少女……“鬼”が石像の上に立っていた。少女の左目には『下肆』の文字が刻まれている。

    「下弦の鬼か」

     そう呟く杏寿郎の言葉に、狛治は十二鬼月の存在を思い出す。
     鬼の中でも、鬼の始祖に有能さを買われる、あるいはその時の機嫌などによって始祖の血を多く賜る存在が居る。それが十二鬼月。それぞれ下弦と上弦に分けられており、下弦と上弦では力の差は歴然だと言う。下弦の肆であるその少女はくすくすと笑って猫の地蔵から降りた。

    「はじめまして。わたし、爾子又にしまた。今宵はきっと、素晴らしい夜になるわ」
    「いや、君はここで頸を切られて終わりだ」

     杏寿郎が構えを取る。炎を思わせるような呼吸音と共に一歩踏み込んだと思えば、爾子又との距離が一気に詰められ刀の切っ先が頸を捉える。

    「炎の呼吸、壱ノ型 不知火ッ!!」

     炎の刀が爾子又の頸に入り込み、彼女の頸は呆気なく斬られて頭が宙を舞う。
     これが、柱の実力。いや、まだ全力ではないだろう。しかし、あの踏み込みを目で追うことすら困難であった。あれが剣術を極めんとしている者の実力、成長の余地がある強さ。狛治は思わず息を呑む。

    「杏寿郎、まだだ!」

     と、自分の背中から猗窩座が身を乗り出して声を掛ける。もう一度爾子又の方を見ると、胴体が消えている。灰になったからではない。彼女の体は幻であったかの様にそのまま姿を消しているのだ。しかも宙に飛ばされた頭が月を背に静止している。爾子又の表情は嬉々としているものであり、ケタケタ笑っている。

    「切っちゃった」「あーあ、切っちゃった」「来るよ」「いくよ」「一緒に居ようね」「血鬼術『渇愛金花猫かつあい きんかねこ』」

     きちんと声として発していた筈なのに、一部の言葉は彼女の口から紡がれていないように見えた。血鬼術を発動した様で、爾子又の頭が背景に溶け込む様に霧散する。
     瞬間、杏寿郎の体に錘がのしかかったかのような気怠さを感じ取った。……これは、子供の体重?それよりもあるように感じる。これではまるで、自分の背中に何かがしがみついているとしか───

    『ねぇ、煉獄おにいさま。もしかしてご家族に弟か妹がいらっしゃる?頼り甲斐のある、大きな背中だわ。きっとおにいさまは、仕事の為だけでなく家族のためにも戦っているのね。尊い意志だわ、素敵な人だわ』

     耳元で囁かれる声に振り向くも、姿は見えない。身体中が『何かに憑かれている』事を警告している。思うように動けないが常中は出来ているため遅れを取る事はないだろう。杏寿郎は狛治の方を見やる。

    「睫毛少年、」
    「素山です。何ですか」
    「君たちだけでも動くんだ。鬼を逃すな」

     その間にも杏寿郎は何かに耐え続けている。呼吸を崩さず、しかし苦痛を逃す努力をしている。彼の顔色が幽霊に憑かれたかのように段々と悪くなっていく。

    「杏寿郎、何を見ているんだ?何が見えている?」

     しかし杏寿郎は答えない。否、『答える余裕がない』。二人には、彼に背負われている様に抱きついて離さない爾子又の姿が見えていない。これは杏寿郎が受けてしまった血鬼術による幻覚なのか、それとも掛かってしまった自分にしか見えない実体なのか。自身の首に腕を絡めて背中に取り憑く爾子又はくすくすと笑いながら、相手に向けて延々と話を続けているのだ。
     霊的なその力が人の体を蝕む。いくら柱とて、人間である以上時間の問題だ。狛治の体から出てきた猗窩座は呼吸を整えると構えを取る。

     破壊殺・羅針。

     至高の領域への道半ばであろうとも、飽くなき鍛錬を続け頂を目指している鬼がまず習得したのは広範囲索敵であった。誰よりも早く敵の闘気を感じ取り、その羅針盤はどこまでも遠くを示す。

    「狛治、頂上を目指せ。そこに鬼がいる。しかし、なんだこの闘気は……?明確な殺意ではない、ハッキリとした闘気ではない」
    「分かった、警戒しておく。お前はどうするんだ?」
    「杏寿郎を背負いながら後を追う。今の状態では移動することもままならないだろう。多分、俺たちの会話すら聞き取れていない」
    「……寄り道はするなよ」

     猗窩座に釘をさし、狛治は頂上へと向かうべく石階段を駆けあがった。
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