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    IFにIFを重ねる話。の、7話目中編。
    鬼殺隊IFの狛治さん&完全に鬼の始祖の手駒になる前に呪いを自力で解除した猗窩座殿のおはなし。鬼殺隊IFにする為に時系列が変わっているところがありますが、『ほーん、こんな妄想もあるんだなー』程度に受け取ってください。
     また、創作キャラクターも混ざってます。許して(謝罪の意)

    鬼を連れた隊士 〜証明〜「お早う、皆。今日はとても良い天気だね。空は青いのかな?」

     その男の顔は、まるで火傷痕の様な傷を負っていた。何らかの病気を患っているのかもしれない。そして彼の声は、緊張感が拭いきれないこの場所を宥める様な優しい声色であった。

    「顔ぶれが変わらずに、半年に一度の“柱合会議”を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

     すると、一同は一斉に頭を下げた。炭治郎の場合は実弥に頭を押さえつけられる形になり、狛治の場合は空気を読んで吐き気を我慢しながら同じく頭を下げる。

    「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」
    「ありがとう、実弥」

     あの暴力的な男がここまで静かになるとは。産屋敷というこの男はそれ程の人望なのだろう。初見ではあるが、なんとなく分かる。稀血の匂いで多少体調が優れていない狛治も、狛治の体の中で休んでいる猗窩座も、彼を前にすると何故だか穏やかになる。

    「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる、鬼を連れた隊士についてご説明いただきたく存じますが、よろしいでしょうか」
    「そうだね。驚かせてしまってすまなかった。炭治郎と禰󠄀豆子のこと、そして……」

     ふと、産屋敷の薄い瞳が狛治を見やる。

    「狛治と猗窩座のこと、彼らは私が容認していた。そして皆にも認めてほしいと思っている」

     穏やかに話すが、内容があまりにも突拍子すぎる。柱たちもこれには驚いているが、既に狛治と出会っている三人は比較的落ち着いている。

    「素山と猗窩座の二人はまだ分かります。彼らは時間をかけて無害性を証明した。しかし、こちらの子供はたとえお館様の願いであっても私は承知しかねる……」
    「俺も竈門兄妹に関しては反対する。証拠がなければ、本当のことを言っていたとしても妄言に過ぎない」
    「私は全てお館様の望むまま従います!」
    「僕は、どちらでも……」
    「信用しない信用しない、そもそも鬼は大嫌いだ」
    「俺は既に素山青年と猗窩座の有用性を証明し、そして判断を下した身。心より尊敬するお館様のお墨付きとあらば、可能性を信じてもいいと思っている!」

     やはり、岩柱と蟲柱、水柱と炎柱の四人は既に彼ら“例外”を見ている為か、黙認を含めて許容している。一方で鬼に何らかの執念を持っているのであろう他の柱、特に蛇柱と風柱は件の四人を否定する。

    「……まさか柱ともあろう者が四人も黙認していたとは。鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門、素山両名の処罰、及び事情を知っていてなお加担する四名の除名を願います」

     ……まさか、ここまで大ごとになるとは。いや、十分にあり得る展開だった。柱と称される者たちがどれほどの努力を積んでここまで上り詰めたか。どれほど鬼たちに憎悪を向けて生きてきた事か。悪鬼滅殺を掲げる組織の中に、まさか鬼を連れている隊員がいるとは思うまい。
     しかし、実弥にしては柱四名の処遇についてはいくらか譲歩している方では無いだろうか。本来ならば、加担した全員を処罰するべきと声をあげるだろうに。

    「では、手紙を」
    「はい」

     と、白髪の女の子が手紙を取り出す。その手紙は炭治郎が世話になった育手、元・柱でもある鱗滝左近次が寄越したものであった。

    「“───炭治郎が鬼の妹と共にあることを、どうかお許しください。禰󠄀豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過いたしました。俄には信じ難い状況ですが、紛れもない事実です。もしも禰󠄀豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎および───
     鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します”」

     書面だと言うのに、その者からの炭治郎と禰󠄀豆子に対する厚い信頼が窺える。澄ました顔をしている水柱も、きっと彼らを信じているのだ。だからあの時、那田蜘蛛山で二人を逃してまで庇ったのだ。炭治郎はここまで信じてくれる育手と、自分達に道を示してくれた水柱の信頼に涙した。
     しかし、それでも腑に落ちない。風柱は青筋を立てながら抗議する。

    「……切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」
    「残念だがその意見には同意です!人を喰い殺せば取り返しがつかない!!殺された人は戻らない!
     その点は猗窩座も同じだ。俺は、彼が暴れて人を襲うような素振りを見せるならば即刻引導を渡すと伝えている。仮に容認するとして、万が一のことを考えるべきかと!」
    「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない。証明ができない。
     ただ、“人を襲う”ということもまた、証明ができない」

     言い得て妙だ。証拠を提示する必要があるのならば、“人を襲う可能性がある証拠”もまた必要。今まで“人を襲わない”証拠は提示してきたが、それは“人を襲うことがない証拠”とも受け取れるのだ。産屋敷は話を続ける。

    「禰󠄀豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、禰󠄀豆子のために二人の者の命が懸けられている。
     猗窩座もまた、一年以上もの間蝶屋敷に居ながらも人を襲わず治療の手伝いをしているという事実があり、それを月単位で報告したしのぶ、鬼をその身に宿していながら悪鬼滅殺の助力となろうとする狛治を見てもなお指導した行冥、一昨日の一件で猗窩座の有用性を見出し認めた杏寿郎。彼の場合は三人もの証人がいる。
     これらを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」

     そう諭され、実弥は押し黙ってしまう。しかしそれでも何か言いたげな顔をしている。そこで、産屋敷はもう一つ有力な情報を提示した。

    「……それに、炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」
    「まさか……そんな!」
    「柱ですら誰も接触したことが無いと言うのに……!!」
    「こいつが!?」

     あ、これ多分質問攻めが来るぞ。そう察した狛治は嫌そうな顔を浮かべざるを得なかった。やはり予想は当たり、炭治郎に対して問いと言う名の尋問が降りかかってくるのだが、そこに産屋敷が人差し指を口元に当て、静かにするようにと促した。すると先ほどまであんなに言い寄っていたのに、面白い様に静かになる。

    「鬼舞辻はね、炭治郎に向けて追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らくは禰󠄀豆子にも、鬼舞辻にとって“予想外の何か”が起きているのだと思うんだ」

     「わかってくれるかな」と落ち着いた声色で柱たちを諭す。それでも実弥は唇を噛み締め、血を垂らしながらも抗議する。その匂い、稀血の匂いが狛治の鼻を刺激するたびに吐き気が襲いかかる。

    「わかりません、お館様。人間ならば生かしておいてもいいが、鬼は駄目です。招致できない!」

     すると、彼は未だ鞘に収めていなかったのだろう日輪刀で自身の右腕を傷つけ、血を流し始める。

    「お館様……!!証明しますよ、俺が!鬼という物の醜さを!!」

     実弥の行動に心を痛める余裕などなく、彼は血液を箱に流し込む。

    「不死川、日向では駄目だ。日陰に行かねば鬼は出て来ない」
    「…………お館様。失礼、仕る」

     瞬間、箱を持っていた実弥は屋敷中まで移動する。その様子に驚くのも束の間、元から膝立ちでいた狛治の背を小芭内が蹴飛ばして屋敷の中に入れさせられた。これはかなり強引だと思う。お陰で顔から着地してしまった。我ながら、体が他人よりも頑丈で良かったと思う。
     三半規管がぐるぐるする。頭を打つわ吐き気は治らないわ頭痛もしてくるわ、踏んだり蹴ったりである。

    「な……何を、」
    「証明されているとは言え、お前もまた処罰の対象であることを忘れるな。今此処でお前の連れている“鬼”を出せ。そして証明しろ、お前が何故人の姿でいられるのか」
    「やめろーーーッ!!!」

     ただでさえ怪我まみれだと言うのに、炭治郎は妹に刃が向けられていること、同じ境遇にある狛治までもが引き合いに出されていることに思わず心から叫ぶ。しかし立ちあがろうとした炭治郎を小芭内が押さえ込む。そのやり方も強引で、押さえ込みが強すぎて炭治郎の息が上がる。
     一方で、実弥は箱に三度刀を突き立てる。

    「出て来い鬼ィィ!お前の大好きな人間の血だァ!!」

     今もなお流れ続ける血液の匂いに吐き気と頭痛がする。体の中で休んでいる猗窩座が、体の一部となっている鬼の細胞が稀血に反応しているのだ。狛治はゼェゼェと息苦しそうに呼吸を続けるが、遂には苦し紛れにうつ伏せになった。

    「それ以上無茶をするな狛治。何、俺が外に出て証明すれば良いのだろう?」

     狛治の体から同じ声がしたと思えば、狛治が羽織る素流の柔道着がなびく。狛治の背中、隊服の背中側は最初から縦に切られており、その理由は背中から出てくる猗窩座のためであった。彼の背中からずるりと腕が伸びる。

    (えっ、えぇ!?狛治くんの背中から、腕が出てきちゃった!逞しい腕、でも恐ろしく青白い肌に、すっごい刺青……)
    「猗窩座さん……!」

     しのぶが珍しく焦りを見せる。そんなことを気にせず、猗窩座は狛治の身体から出ていくと狛治の腰に下げられていた鉄の口枷を手にし、ゆっくりとした足取りで二人の方へ向かう。
     次に異変が起きたのは箱の方であった。箱が勢いよく開かれると、中から少女が出てくる。彼女が件の鬼、炭治郎の妹の禰󠄀豆子だろう。何度も傷つけられた彼女は疲弊しきっており、目の前にかざされた鮮血に目を向ける。

    「猗、窩座…………」

     吐き気と頭痛に眉をひそませながら、狛治は息も絶え絶えで言う。猗窩座と呼ばれたその鬼は狛治を見ることなく、しかし頷いてみせた。猗窩座は二人の方へ歩を進め、手に持っていた鉄製の口枷を握りしめる。ジュゥゥ、という肉の焼けた音と共に、その手が火傷したかの様に傷跡を広げていく。

    「この鬼が持っている口枷、陽光山で取れる玉鋼を加工したものか」

     目を細める小芭内は未だ炭治郎を抑える腕を緩めない。炭治郎は声を出したいのに出せずに唸る。しかしその腕をどかしたのは義勇であった。

    「禰󠄀豆子!!」

     兄の声に反応し、禰󠄀豆子は思い出す。
     人は、人は───

    「禰󠄀豆子、気を緩ませるな。お前は二年もの間、人間に手を出さなかったのだろう?人間を守れ、人間を助けろ、絶対に傷つけるな。その力を人のために、弱者のために振るうんだ。決して間違えてはいけない。……俺や狛治の様になるな」

     猗窩座が二人の間を割る様に歩み寄る。そして狛治よりひと回り小さくも逞しい手が、禰󠄀豆子の頭を軽く撫でる。しかし、もう片方の手は鬼の細胞に致命的な傷を負わせる陽光山の玉鋼で作られた口枷をギリギリと握りしめている。一見平気そうな顔をしているが、体が強張り血管も浮き出すほどに我慢している。稀血の匂いが鼻に付き纏って鬱陶しい。本能の一つである食欲が著しく欠けている猗窩座でさえ、美味しそうだと思ってしまうほどの匂い。頭だってクラクラする。踏ん張れなくはないが、気を緩めてしまえば倒れそうだ。意識を途切れさせないように火傷覚悟で口枷を握り締めているのだ。
     彼女の瞳が猗窩座を捉えた。次に実弥の傷を見るも、すぐにプイと顔を背けてみせる。炭治郎や猗窩座の助けがあったとは言え、飢餓状態でありながら目の前の血肉を口にしないという彼女の姿勢を見た実弥は目を見開く。

    「どうしたのかな?」
    「鬼の女の子はそっぽ向きました」
    「鬼の男性が鬼の女の子を諭しました」
    「不死川様に三度刺されていましたが、目の前に血塗れの腕を突き出されても我慢して噛まなかったです」
    「……ではこれで、禰󠄀豆子と猗窩座が人を襲わないことの証明ができたね」

     柔らかい声で微笑みかける。産屋敷の言葉に一同驚きを見せた。

    「証明しなければならない。これから、炭治郎と禰󠄀豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立てること。
     狛治と猗窩座が示したように、十二鬼月を倒しておいで。そうしたら、皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

     産屋敷の言葉に耳を傾けていると、禰󠄀豆子が猗窩座の腕を握ってくる。じっと見つめてきたが、後に自ら箱の中に入ってしまった。ちょっと怒っているようで、フガフガと息を荒げている。自分の様に口枷を取ることができない彼女を前に、当然意図を読み取れない猗窩座は元から下がり眉だったのに眉がさらに下がる。

    「俺は……俺と禰󠄀豆子は鬼舞辻無惨を倒します!!俺と禰󠄀豆子が必ず!!悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」
    「いや今のお前では鬼の始祖は倒せない」
    「今の炭治郎にはできないから、まずは十二鬼月を一人倒そうね」

     産屋敷からは兎も角、鬼である猗窩座にも全面的に否定されると、炭治郎は顔を真っ赤にして「はい」と返事をせざるを得なかった。よく見ると柱の数人は笑いを堪えている。

    「あと、お前。その腕を早くどうにかしろ。臭いが濃すぎて集中できんし、何よりくさい。ひと様の畳を汚すつもりか?」

     猗窩座が正直に言うと、実弥の額に青筋が浮かぶ。今にも切り掛かってきそうな形相だが、そこに産屋敷の声がかかる。

    「鬼殺隊の柱たちは、当然抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて死線をくぐり、十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は尊敬され、優遇されるんだよ。炭治郎も猗窩座も、口の利き方には気をつけるように」
    「は……はい」
    「……」
    「それから実弥、小芭内。あまり下の子に意地悪をしないこと」
    「………御意」
    「御意……」

     あまり慣れないが、礼儀については狛治の受け売りである程度知っているつもりだ。軽く肯定の意で頷く。
     ここから先は口出しすることも無いだろうと察すると猗窩座は狛治の元まで歩み寄り、幼体化して正座をする。

    「炭治郎の話はこれで終わり。下がっていいよ。そろそろ柱合会議を始めようか」
    「でしたら、竈門君は私の屋敷でお預かり致しましょう。猗窩座さん、素山さんを起こしてあげてください」

     まぁ、そうなるわな。猗窩座は軽く聞き流し、自分達も下がっていいのだろうと判断すれば狛治をゆすって起こす。その間にしのぶが隠の人たちを呼んで炭治郎を連行させる。

    「狛治、平気か?移動するからお前の体に戻るぞ」
    「あぁ……少しマシになってきた。移動って、どこまで?」
    「蝶屋敷だ。炭治郎と禰󠄀豆子も後で屋敷に迎え入れられる筈だ」
    「分かった」

     狛治は深く呼吸をする。対して猗窩座は狛治の羽織る柔道着をめくり、背中から体内へ入っていく。その様子に柱たちは驚くも、とうの本人は気にせず一礼すればさっさと屋敷を後にした。
     そのあと、なんか一悶着あった様だが気にしないこととする。



    ❇︎ ❇︎ ❇︎
    【閑話休題〜その後〜】

     一足先に蝶屋敷へ戻れば、アオイが忙しそうに洗濯籠を持って行ったり来たりを繰り返していた。彼女のテキパキとした行動にはいつも感心する。

    「おかえりなさい、素山さん。見ての通り人手不足です」
    「分かりました。すぐ支度します」
    「助かります。素山さんは向こうの部屋をお願いします。患者は3人、うち一人は現在所用で外出していますが、すぐに戻るかと」
    「……もしかして、竈門という隊士ですか?」
    「会ったことがあるんですね、なら話が早いわ。時々手伝いに行きますので、素山さんは3人の看病を中心に行ってください。布団の洗濯や掃除はこちらで何とかします」

     指さされた部屋を確認すれば、頷いてアオイと分かれる。
     部屋に入ろうとして引き戸に手をかけようとするが、中から甲高い悲鳴(しかも汚い声)がした。何事かと勢いよく開けてみたら、黄色い髪をした隊士がギャンギャン喚き散らしながら何かを抗議している。

    「五回!?五回も飲むの!?一日にこんな苦い薬を!?これ飲んだらマトモに飯食えないよ!?すっげぇ苦いし苦味が残って味どころじゃないよ!?」
    「静かにしてください〜……!」

     ……何なんだこの地獄絵図は。担当しているきよが可哀想だ。それに処方された薬を「苦い」と言う理由だけで渋るのか。その傲慢さに軽く頭にきた狛治は、落ち着いた足取りできよの元まで来る。

    「そ、素山さん……」
    「俺が何とか宥めます。寺内さんは神崎さんの手伝いをしてあげてください」
    「ごめんなさい、お願いします……」
    「構いませんよ。よく頑張りましたね」

     きよの頭を軽く撫でてあげる。不安そうな顔をしていたきよの表情が明るくなり、彼女は一礼して部屋を出て行く。
     ……それを確認すると、未だギャーギャー喚き散らす少年隊士の方へ目を向ける。

    「っていうか、薬飲むだけで俺の腕と足治るわけ!?ほんとに!?もっと詳しく説明してよ、怖すぎるよ、一回でも飲み損ねたらど───」
    「医師の処方に文句を垂れ流す不躾な輩に出す薬はない。貴様が何をどうしてここに収容されたかは知らんが、治療できるだけ有り難く思え。薬は高い。それも胡蝶さんが自ら処方する特別な薬など、浅草にも出回らん代物だ。それでもまだ我儘を言うのならば、一生その体のまま生きているが良い」

     それはまさしく“般若”。鬼の形相で警告すれば、少年はヒュッと息を漏らして黙ってしまった。顔じゅう汗まみれである。顔面蒼白、動悸息切れ、汗は止まらずですっかり怯えきってしまった。

    「……安静にしていろ。ただでさえ貴重なものなのに、無闇に動けば薬の効果が薄まる。お前だって早く治したいだろ。早く治ればその分薬を消費せずに済むし、何よりお前は嫌な思いをせずに済む」
    「は、はぃ………」

     言いたいことは言ったのでもう怒っていないのだが、滅茶苦茶に怯えられてしまった。やりすぎたな、と少し反省する。
     次に、隣にいる猪頭。うん?猪頭??

    『落ち着け、そいつはれっきとした人間だ』
    (あ、そうか、そうだよな……)

     よくよく見れば腕がある。猪頭を被り物にしているのか。彼は先ほどの少年とは打って変わって驚くほど微動だにしない。大人しすぎる。

    『あれは精神的にきているのだろうな。闘気でさえ落ち込みすぎて赤子の様になっているぞアイツ』
    (一体何があったんだ……)

     そんな事をしているうちに部屋の戸が開く。現れたのはアオイと隠に担がれた炭治郎であった。炭治郎は善逸が無事に生きているのを確認できると、良かったと言わんばかりに名前を呼んだ。

    「あれ、珍しい。午前中と違ってやけに静かですね」
    「少し脅かしすぎたみたいです」
    「あぁ……素山さん、怒ると誰よりも怖いですから」
    「こわ……?」

     ちょっと傷ついた。
     その間に炭治郎と善逸は無事に再会を果たし、そして伊之助ともまた再会できたのであった。

     竈門炭治郎。
     顔面及び腕・足に切創、擦過傷多数。全身筋肉痛、重ねて肉離れ。下顎打撲。
     我妻善逸。
     最も重症。右腕右足が蜘蛛化による縮み、痺れ。左腕の痙攣。
     嘴平伊之助。
     喉頭及び声帯の圧挫傷。
     竈門禰󠄀豆子。
     これといった外傷なし。鬼だから。

    『強いて言えば寝不足だな』
    「ふむ……とりあえず4人の症状は分かった。4人とも個性的だから看病のしがいがありそうだ」

     頭を抱えながら、狛治は彼らの看病を担当していくのであった。


    結論:件の鬼殺隊士含めた4人の看病を担当することになった。4人と言ったが、看病するべきは人間である3人だ。禰󠄀豆子に関しては日中は寝かせて、夜に起きてしまったら猗窩座が様子を見にいくことになる。柱合会議の件があるので既に顔見知りだが、猗窩座は彼女に懐かれていた。強い精神力を持ちながら本能が強い鬼の少女相手に、元から下がり眉であるのに困ったと言うようにもっと下がる。助け舟が欲しいと言わんばかりに狛治を呼ぶも、夜になると日中の疲れがやってくるので相手に出来るわけがない。いつも自由にしている猗窩座がたどたどしいのを見て、自分用の布団に突っ伏しながらも思わず笑ってしまった。



    ❇︎ ❇︎ ❇︎
    【閑話休題〜看病の様子〜】

    「苦い、すっごく苦い」
    「我慢しろ、治したくないのか?」
    「治したいよ!!手足は痺れるし髪の毛も抜けるし痛いし!!最近髪の毛がごっそり抜ける感じはなくなってるから効果は感じてきてるよ!?でもそれでも苦いものは苦いし!!」
    「なら黙って飲んでいろ。ほら、食前の薬」
    (うぅ……言葉こそ刺々しいけど、一日五回の薬を定期的に渡してくれるし飲み損ねてたらちゃんと言ってくれるし……何より、“音”が穏やかなんだよな)

     そう思いながら善逸はビクビクしながらも処方された薬を飲み、苦さに顔を顰める。
     素山狛治と名乗ったその男は、同じ鬼殺隊士でありながら、任務がない間はこうして蝶屋敷の手伝いをしているらしい。本人談である。
     最初こそ、「女の子ばかりの屋敷に男一人で羨ましい!」と妬みを込めて睨んでいたのだが、薬を飲むことに渋ると鬼の形相で睨み返す上に、穏やかだったはずの“音”が変化してもうおっかないの何の。見た目や顔つき、“音”のせいで『すっごく怖い人』と認識していたが、自分達3人を看病している時は比較的物静かだった。
     どこかで聞いたことあるような“音”だと思い、記憶を掘り起こせば『雪』であった。雪のようにしんしんと、冷たい筈なのにどこか切なげで優しく、淡い。思い返せば、あの人は怒る時は本気で心配して怒っている“音”だった。叱り方がおっかないだけで、基本的に見守るだけの穏やかな人。二つ結びの女の子アオイちゃんがビシバシと叱りつけキビキビと行動するのならば、あの人はガツンと叱りつけテキパキと看病をする。多分、他人の看病に慣れているのだろう。看病に慣れてしまうほどに、彼の周りには病弱な人が多かったのだろうか?そりゃあ心配になるよな。

    (……でも、何でだろう)

     素山さんの“音”に混じって、聴こえるはずのない“鬼の音”がするのだ。大きい訳じゃない。比較的小さいが、素山さんのものであろう“穏やかな音”の中に、自然と滑り込んでくる“鬼の音”。人の音と鬼の音が共存している。そんな事があり得るのだろうか?……いや、炭治郎と禰󠄀豆子ちゃんの一件もあるし、同じようなものかもしれないけど。

    「……お前。えーっと、我妻だっけ」
    「ぇア!?あ、はい」
    「(驚き方が独特だな……)
     竈門と知り合いみたいだが、お前は竈門が鬼の妹を連れているって知っているのか?」
    「……禰󠄀豆子ちゃんのこと、ですよね。知ってますよ」
    「なら、どうして殺そうと思わなかった?」
    「殺す!?殺すだなんてとんでもない!!禰󠄀豆子ちゃんは可愛いしふわふわだし良い匂いするし何より“音”が良い!!そんな可憐の象徴である禰󠄀豆子ちゃんを!?殺す!?!?あり得ないんですけどォ!?!?」
    「分かった分かった、落ち着け騒ぐな立ち上がるな」

     どうどう、と興奮状態の善逸を宥める。馬ではないのだが。不服である。
     しかし、鬼の禰󠄀豆子を話題に出すなどどういう風の吹き回しだろうか?怪訝な表情で見てくる善逸を前に、狛治は話を続ける。

    「……単純に、気になったんだ。知り合いが仇である鬼を連れていることをどう思っているのか、とか。怖くないのか、とか。容姿端麗でも鬼は鬼だ。『もし本能のままに暴れることがあったら』っていう不安は……ないのか?」
    「………それは、」

     『何を無駄な事を聞いているんだ』。
     善逸の耳に、そのような言葉が聞こえてきた。狛治と同じ声音で、しかし音の波長が若干違う。……そうか、この声の主が“不思議に思っていた鬼の音”の正体なのか。
     途端に恐ろしくなった。今は日中だ。何故この人は平気で陽光の下に居られるのだろう?どうして鬼の声音が狛治の体から聞こえてきたのだろう?もし狛治が鬼であるのなら、さっきの質問の意図はどういう事なんだ?

    「…………そ、れは……」

     言えない。禰󠄀豆子ちゃんが可愛いから大丈夫だと思っただとか、炭治郎が信じてるから大丈夫そうだったとか、そんな理由なのだが果たして言ってもいいものなのだろうか?ふざけるな、と殴られてしまうだろうか?

    「………いや、お前の仲間だもんな。信頼して当然か。不快な思いをさせて悪かった」

     善逸が言い淀んでいるのを見て気を遣ってくれたのか、狛治は目を伏せて申し訳ないと言うように頭を下げた。善逸は慌てて顔を上げるように促す。

    「どうして急にそんな事を?」
    「……その。俺も、鬼と共存しようとする奴を見たことがあって。
     散々悪さをしてきた罪人と、罪の塊のような鬼の二人組なんだ。側からみれば最悪な組み合わせだろうな。……そう思うが、息を合わせながら戦い、絶対に人間を喰わず、罪人を今度こそ真っ当な人生の道に歩かせようとするその鬼を見ていると……鬼の全員が全員、悪い奴じゃないんじゃないかって思うようになったんだ」

     『……鬼であること自体が悪だろうに、美化して話をしやがって』。鬼の“音”は、そう悪態をついているように聞こえた。少なくとも狛治は、その鬼を信頼しているのだろう。だが、どんなに信頼しても周りからの目には『鬼を連れたおかしい奴』にしか見られない。炭治郎のように、それ相応の理由があるはずだ。そうでなくては、狛治から出ているこの“音”が、こんなにひどく痛々しいわけがない。

    「……俺は、禰󠄀豆子ちゃんがどんな風に炭治郎を守っているのか、炭治郎がどんな気持ちで禰󠄀豆子ちゃんと一緒に戦っているのかは知らない。知らないけれど、炭治郎も禰󠄀豆子ちゃんも、普段から優しい“音”がするんだ。こっちが泣きたくなるような優しい音の持ち主が、人を襲うだなんて思えない。だから俺は禰󠄀豆子ちゃんを信じるんだ。禰󠄀豆子ちゃんを信じる炭治郎も信じるんだ」
    「………そうか。参考になった」

     「ありがとう」と礼を言うと、狛治は穏やかに笑みを浮かべた。しかし“音”はまだ冷たく悲しそうであった。不安なのだろう。自分達が本当に鬼殺隊に席を置いて良いのかが疑問なのだろう。炭治郎は驚くほど前向きで頑固なところがあるからあまり不安は抱えないのだろうが、通常は狛治のように不安になるものなのだ。

    「あ、あの!きっと大丈夫ですよ!その二人組がきちんと成果を出せば、周りだって嫌でも認めてくれますよ!絶対!!」

     縮んでいる腕を振って励ます。自分なんかが励ましたところでどうにもならないかもしれないと思ったが、狛治は驚くように目を見開くと、笑みを浮かべて礼を言う。

    「そうだよな。まずはきちんと証明する。『人を襲わない』っていう証明はさっき禰󠄀豆子と出来たんだから、次は鬼狩りを頑張らないとな。
     なんだか悩んでいるのが馬鹿らしく思えてきた。ありがとう、我妻」
    「いえ、狛治さんには世話になりっぱなしですから!」

     少しだけ、狛治と距離を縮められた気がした。そんな矢先、機能回復訓練から炭治郎と伊之助が帰ってくる。二人はゲッソリとしていて、布団に潜ると何も言わずに寝てしまう。
     え?俺、明日から参加なんだけど。そんなに地獄なの??そう聞くように狛治を見るが、狛治は「明日なんだろ、頑張れよ」と言うだけだった。

    「嘘でしょーーーー!?!?!?」
    「騒ぐな」



    結論:蜘蛛鬼に食らった毒の回復を優先するため、看病は特に善逸に対してする事が多かった狛治は、炭治郎たちが機能回復訓練に向かっている間も看病した。普段は特に話すことがないので室内は静かだが、彼が汚い高音で叫ぶたびに制止していたのでいつの間にか多少の会話を交わすほどには仲が良くなっていった。
     鬼を連れた隊士と、そんな彼と共にいる事が多い二人組。今後の成長が楽しみになってくる後輩たちだ、と思った。
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