鬼を連れた隊士 〜和解〜 善逸の体がほぼ元に戻ってきた頃合いに、機能回復訓練に参加してもらうことになった。寝たきりで硬くなっているであろう体をほぐすのと、反射訓練、そして全身訓練。ここから先はアオイたち少女の管轄なので、狛治は三人が訓練に向かっていている間、空いている布団を洗濯して替えの布団を用意する。
3人分の布団を交換し終えた頃、外で善逸の怒号がここまで響いてきた。おーおー、元気そうで何よりだが、他にも患者がいることを忘れては居ないだろうか?そして邪な考えがすぎるぞ、と思わずツッコミを入れた。アイツ殴られないかな。
(アオイたちが)心配になってきたので道場に顔を出してみると、そこには嬉々としてきよに体を伸ばされている善逸、反射訓練にてアオイに薬湯を掛けて勝つ伊之助、未だ勝ち星を上げられておらずにずぶ濡れの炭治郎の姿があった。
「えっへへへへ、幸せじゃん。俺、これだったら毎日訓練に参加しようかな〜」
「ッシャオラアア!!!」
気分上がりまくりの二人の声に、体内にいる猗窩座でさえ『うるさいどうにかしろ!』と苦情を言う始末。心配になって様子を見てきたんだが、大丈夫そうだな。カナヲもいるし。狛治は踵を返して病室に戻っていった。
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「───だってのに、お前らどうした。随分と落ち込んでいるな」
数時間後に帰ってきた彼らは目に見えてやる気を下げていた。大方、カナヲにコテンパンにされてきたのだろう。
「あの、素山さん。俺たちとカナヲは同じ時に隊員になった同期なんですが、全然勝てる気がしないんです。何か大きな差があると思うんですが、それがなんだか分からなくって……。俺たちとカナヲ、何が違うんでしょうか?」
ふと、炭治郎が聞いてくる。狛治は腕を組んで考え、ふと思い出す。
「……お前たち、『全集中・常中』は習得しているのか?」
逆に聞いてみると、3人は不思議そうに首を傾げる。あぁ、これ多分まだ習得していないし知らないんだろうな。狛治は話を続ける。
「『全集中・常中』は、文字の通り全集中の呼吸を絶え間なく行う事だ。朝も昼も夜も寝ている時も、それこそ四六時中、呼吸を途切れさせる事なく、意識しながら無意識下で出来る様にするものだ」
彼女はしのぶの指示の元で修行し、誰よりも早く全集中・常中を覚えたのだから。俺が同期だったらきっと彼女の目覚ましい成長ぶりを尊敬し、そして自分が惨めに見えてくるだろうなぁと思う。彼女が全集中・常中を覚えるまでに費やした期間も短い。彼らが全集中・常中を習得できているかは知らないが、少なくとも全集中・常中が出来ていないとカナヲには足元にも及ばないだろう。
「ぜ、全集中の呼吸を、四六時中……少しの間でもキツいのに……」
「俺は一年掛けて習得した。お前たちの場合は根気と指導者によっては、俺より早く習得できるかもしれないな」
ま、頑張れよ。と慣れない励ましの言葉を送って部屋を出る。その後善逸の悲鳴が聞こえてくるわけだが、聞かなかったことにする。
五日後、善逸と伊之助は機能回復訓練の時間だと言うのにベッドから出ようとしなくなった。これは多分、心が折れたな。狛治は察する。
「お前たち、訓練に行かなくて良いのか?」
「いやー、俺にしてはよく頑張った方だし、たまには休息も必要かなーって……へ、へへ……」
「…………」
一人は逃げの姿勢、一人はヘソを曲げて意気消沈。これじゃあ機能回復どころじゃないな。
「……俺からは何も言わないが、竈門がここにいないって事は、あいつは諦めずに努力を続けようとしているんだろう?お前たちの人生だ、お前たちの好きなように選択すればいい」
それだけ伝えれば、狛治は部屋を後にした。
『なんだ、指導してやらないのか?』
「今の二人に教えたところで、やる気がないのなら何を教えても出来ないのと同じだろう。無駄になる」
俺はいつも通りに看病をしてやるだけだ。そう言って狛治は食事の準備をする事にした。
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「あら。こんな夜更けまでご苦労様です」
しのぶが仕事から戻り、また別の仕事を全うしている。狛治はそんな彼女に差し入れとして茶と和菓子を執務机に置く。
「彼らの様子はどうですか?」
「竈門は言われた通りに機能回復訓練をしていますし、寺内さんたちの助言もあって全集中・常中の訓練も自主的にやっているみたいです。
問題は二人の方ですね。同期であるカナヲにコテンパンにされ続けて心が折れているみたいです」
「それもまた人間の弱みだからなァ。全く情けない。飽くなき鍛錬、積み重ねていく努力にこそ真の強さが存在すると言うのに。たかが連敗で挫けるなど、鬼殺隊士の風上にも置けんやつらだ。
その点、炭治郎は成長の余地がありそうだ。いつか俺と鍛錬に付き合ってくれないだろうか。どのように成長していくか楽しみだ」
二人の態度に腹が立っているのか、それとも呆れているのか。猗窩座はやれやれと言わんばかりにため息をついてみせ、次に炭治郎の姿勢を評価する。しのぶは分かっていたとばかりに「そうですか」と答えた。
「素山さんからは何も言わないんですか?」
「俺の役割はあくまで看病をすることですからね。助言はしたつもりですが」
「自他共に厳しいですね。
……素山さん。私は貴方と会えて良かったと思っています。一足先に、『鬼と人間が仲良くする』という姉の優しい夢想が見れた気がしたんです。でも、まだまだ夢物語。死んだ最愛の姉の願いは継ぎましたが、心の底では鬼を嫌悪し憎んでいる。きっと私では、姉の想いを実現できない。
そんな事を思っている最中、貴方と会ったんです」
ふと、彼女から貼り付けられた笑みが消える。これが本来の彼女なのだろう、無理をしてまで笑っているよりも断然顔を見やすい。無理をされるとそれが痛すぎて見ていられないから。
「最初は馬鹿な人だと、馬鹿な鬼だと思っていました。どんなに繕ったところで所詮は鬼。人を殺してしまう運命。だから本来ならばこの屋敷に留めるのさえ危険だと分かっていた。……分かっていた、筈なんですけれど。何だか、信頼できる気がしたんです」
どうしてでしょうかね?と、またいつも通りの笑みを浮かべて困ったように首を傾げる。
「きっと、貴方たちが同じ自分自身として共存出来ているのを見て、可能性を信じてみたくなったのかもしれません。それに、本当に人を食べていないのでしたらその程度の鬼など私だけで対処できると判断したのもあるでしょう」
「胡蝶さん……。ありがとうございました。貴女のお陰で、俺たちはここにいる事を許された。人のために死ねる場所が得られた」
「物騒な物言いですね。そんなことで感謝されても煮え切りませんよ。
……炭治郎くんなら、多分屋敷の屋根の上で呼吸の練習をしていると思いますよ。一度、話し合ってみてはどうでしょうか?お互い、人間の仇とも言える鬼を連れている者同士で」
………たしかに。それが良いのかもしれない。炭治郎とは一度時間をかけて話し合ってみたかった。鬼になった妹を元に戻そうとする異例を、鬼なのに人を一切襲わない彼女の存在を、どんなに打ちひしがれようとも膝を折らないその理由をじっくり聞いてみたかった。
「それに、猗窩座さんはもう行っちゃったみたいですよ」
………部屋を見回してみる。が、あの派手な紅梅色の髪が見当たらない。しのぶが後ろを指差せば、その先にある部屋の戸が開けられっぱなしである事に気づいた。
「あいつ……!!」
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蝶屋敷の屋根の上で座禅を組みながら集中する少年の姿を見た。紅梅色の髪を持つ男がその様子を見る。
一歩近づいた時、少年は弾かれたように反応して男に敵意を向けた。しかし姿を確認すれば、彼は警戒を解く。
「……えっと。猗窩座、だよな?」
少年、竈門炭治郎は前方にいる鬼、猗窩座を見た事がある。本部で裁判にかけられていた時、狛治の背中から現れた鬼である。彼の声掛けもあって禰󠄀豆子は事なきを得た。自分達にとって彼は、彼らは同じ境遇の仲間とも言えよう。
「どうしたんだ、俺に何か───」
「お前は何故諦めない?」
炭治郎の言葉を遮るように、猗窩座が問いかける。
「善逸も伊之助も諦めた。諦めるには十分な現実を目の当たりにした。成長できる筈なのに、自ら限界の線を引いた。それが人間だろう。苦しいこと、辛いこと、嫌なことに人間は逃げたくなるものだろう。何故お前はそうやって立ち上がれる?……お前は、全てがどうでも良いと思ったことはないか?」
鬼独特の匂いではあるが、そこまで据えた匂いはしない。彼もまた人を襲わず、人を喰べない鬼。しかし彼の匂いの中に、後悔と自責の念、そして自己嫌悪のようなものを感じ取る。そのどれもが猗窩座自身を責めていた。
「……たしかに、残酷な現実ばかりだった。
俺たちは、二年ほど前までは普通に暮らしていたんだ。家族と共に、何気ない日常を送っていた。でも、そんな何気ない日常を突然奪われて、唯一生き残っていた禰󠄀豆子も鬼にされてしまった。
……それでも、諦めたくなかったんだ。鬼になってしまった禰󠄀豆子を置いて逃げたくなかった。一番辛いのは、鬼になってしまった禰󠄀豆子の方だから。だったら俺は、禰󠄀豆子を人間に戻したい。その為に俺は何度でも立ち上がるんだ」
「………強いな、お前は。俺は後悔ばかりだ」
空に浮かぶ月を見上げる。月光に照らされキラキラと輝く蜂蜜色の瞳、風に弄ばれる紅梅色の髪の毛、身体中に走る藍色の刺青、そのどれもが彼が人ではない魔物であると主張する。だが、炭治郎には目の前で自身を責めているその男が人間と大差ないように見えた。
「俺には、人間の頃の記憶がないんだ。あの時……鬼の始祖に血を分けられて鬼に変貌しそうになった時、俺は『どうでもいい』と思っていた。思っていた筈なんだがなァ……」
「声を、聞いたんだ」。
猗窩座はそう言う。思い出そうとする彼の脳裏に、女性の姿が浮かび上がった。しかしその女性の顔が見れない。服装さえ覚えていない、分からない。……お前は誰だ?狛治が知っている奴か?……悪いが、俺にはお前が分からないんだ。
「声?」
「あぁ。透き通った声でな、『遠くへ』と言っていたんだ。俺は咄嗟に逃げた。これ以上鬼の始祖の近くにいればあの声を二度と聞けず、どんな声だったかも思い出せなくなる気がしたんだ。
逃げて、どこか遠くへ、距離を置いて……。逃げたところで鬼化は止まるわけでもないのに、必死に逃げたんだ。そうしていたら、珠世に会った」
「珠世さんに!?」
「なんだ、お前も知っていたのか」
炭治郎にとって、珠世の存在もまた大きなものだった様だ。珠世から強い鬼の血液を採取してきてほしいと依頼を受けており、それによっては禰󠄀豆子が人間に戻る手がかりを探れるかもしれないという事らしい。だから炭治郎は十二鬼月に出会い、そして倒さなくてはいけないのだ。証明をする為だけじゃない。大事な家族のためにも戦わなくてはいけないのだ。
「だからお前は諦めないんだな───」
「猗窩座ッ!!」
その時、狛治が声を荒げながら屋根の上に軽々跳び乗り割って入ってくる。庭から屋根まではかなり高い筈だが、彼は意図も容易く跳び乗ってしまった。炭治郎はそんな狛治の身体能力に驚くが、彼もまた全集中・常中を覚えている人間であった事を思い出す。
「邪魔をしてやるな。竈門は竈門なりに努力している最中なんだぞ」
「俺は別に邪魔をしようだなんて思ってはいない。そうカリカリするな、疲労が溜まっているんじゃないか?」
「お前なぁ……」
同じ風貌、同じ声、狛治の方が若干成長しているものの、側から見ると双子の喧嘩の様だ。炭治郎の視線に気がつくと、狛治は咳払いする。
「悪かったな、猗窩座が邪魔をしてしまった様だ」
「い、いえ、とんでもない!猗窩座と話せて良かったです」
「だから邪魔はしていないと言っているだろう。
それよりも、本調子になったら俺とも手合わせしような炭治郎!」
「え?あぁ、良いぞ!」
「そうかそうか、そう言ってくれて何よりだ!楽しみが増えて俺は嬉しい!」
「お前は誰彼構わず勝負を挑む癖をどうにかしてくれ……」
頭を抱える狛治の事など歯牙にも掛けず、猗窩座は来たる手合わせの日を待ち侘びる様にウキウキしている。本当に双子なんじゃないかとさえ思うが、あの時猗窩座が出現したのは狛治の背中からであった。身内にしては不可思議である。
「あの、素山さんと猗窩座って、どういった関係なんですか?顔、よく似ていますけど……」
「こいつは俺の“鬼になる筈だったもの”だ」
「そして狛治は“俺の人間の細胞部分”だ」
……何て?炭治郎は思わず首を傾げる。
「俺は、本当なら猗窩座になって鬼舞辻の配下になる筈だったんだ」
「だが、前述の通り俺は鬼の始祖から逃げ出した。鬼化が完全に果たされる前に珠世と出会い、あの女に支援されながら鬼舞辻の呪いを打ち破った」
「鬼の細胞に変わってしまった部分と、人間の細胞として残っている部分。二つの相入れられない細胞はその細胞同士で分離して、人間の細胞と鬼の細胞に体を分けたんだ」
分かりそうか?と聞くも、炭治郎は更に首を傾げる。まぁ、たしかに偶然の偶然、奇跡の中の奇跡に近い状態だから理解できないのも無理はないだろう。猗窩座は呆れ気味にため息をつくと、狛治の背中に手を当てる。
「いいか、炭治郎。俺と狛治は元は同じ体の一つの人間だった」
ずるり、と狛治の背中に入って実演する。
「ある日、俺は鬼舞辻によって鬼化されてしまう事態に陥った。俺はその時気絶していたから覚えていないんだが、猗窩座が言うには『無意識下で鬼舞辻から逃げ出していた』らしい。鬼舞辻から逃げている最中でも鬼化は進行していたが、そこで珠世さんと出会って、」
もう一度、猗窩座が狛治の背中から出てくる。今度は幼体化しており、声帯も若干幼い。
「鬼の始祖の呪いを打ち破った。鬼化の進行は止まり、しかし人間の細胞と鬼の細胞が共存するのは難しいため、鬼の細胞を俺が全て持って行った」
これでどうだ、と再度炭治郎に聞く。炭治郎は「うーん、」と考え理解しようとするも、やはり難しかったようだ。
「これ以上は詳しく説明出来んぞ……」
「俺たちの場合は異例中の異例だって話だからな。理解できないのも無理はないから、俺と猗窩座の事は双子だと思ってくれ」
「いや、同一人物で良くないか?」
「同一人物だと体はひとつだけだろ」
「それもそうか」
二人がこうして話しているのを見ていると、本当に双子のようだ。だが、彼らは元はひとりの人間だったんだよな、と炭治郎は思う。あぁ、だから猗窩座には人間の頃の記憶がないのか。ようやく理解が追いつき、「そっか、」と口にすると二人は不思議そうに炭治郎を見る。
「何か納得したのか?」
「はい、ようやく分かった気がします」
「まぁ、そう言う訳だ。同じ細胞を持つから、狛治の体の中に入るのも簡単だという事だ」
「入られるこっちは気分が悪いんだがな……稀血に反応するとああなるって事も分かったし、今度からは竈門みたいに箱に詰め込もうかな……。
っと、ついうっかり話し込んでしまった。悪いな竈門」
「頑張れよ」と励ましを送り、狛治は猗窩座の手をひいて屋根から降りた。
狛治を前にした時の猗窩座の匂いは、穏やかなものであった。猗窩座は狛治の事を少なからず信頼しているし、家族の様に接している。狛治もまた猗窩座の事を心配し、弟の様に可愛がっている節が見て取れる。
自分の体から出てきたもう一人の自分、か。素山さんは、猗窩座が同じ自分と認識しつつ、猗窩座の事を一人の人間として接し、割り切っているんだろうな。お互いに背中を預けられる仲なのだろう。俺も禰󠄀豆子ももっと強くなって、鬼舞辻無惨を倒せるくらいに成長するぞ!と、炭治郎は改めて決意をするのだった。
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【閑話休題~その後の彼ら~】
あの夜を境に、時々夜の自主練習に猗窩座が付き合ってくれる様になった。夜になると禰󠄀豆子も起きて、猗窩座の手を引きながら外を走っている姿を見かける。
「で、炭治郎。お前は瓢箪を割れる様になったのか?」
「それが、まだまだで……」
恥ずかしい限りだ、と申し訳なさそうにしていると、猗窩座は「頑張っているのだから胸を張れ」と元気づけてくれる。彼は本当に鬼なのだろうか?それとも、元である素山さんの人柄の良さが猗窩座にもある程度継承されているのだろうか?
「練り上げられているその闘気でお前の努力がどれほどのものか、きちんと分かるぞ。炭治郎は早朝から走り込みをしているんだな。息止め訓練もしている。そのおかげで着実に肺活量が戻ってきているぞ。
時間があるときは瞑想をして心を落ち着かせ、集中力を高めているな?毎日様子を見にきているから分かる、着実に集中力が上がっている。お前は自分の出来ることを探し、そして実行する力がある。実行に移せる意志がある!」
「そんなお前が好ましくて、俺も手伝いたくなる」と散々褒めちぎり、いい笑顔で手伝いを買って出てくれた。
走り込みの延長戦。猗窩座との鬼ごっこだ。人間と鬼の体力や身体能力の違いなど言われなくても分かっている。だからこそ、肺活量を鍛える自主訓練にはもってこいだと思ったのだ。
「成る程……。分かった、役に立てるのなら喜んで引き受けよう。禰󠄀豆子もやるか?」
隣で足をばたつかせている禰󠄀豆子は、これから何をするのか分かっていない様で首を傾げながら猗窩座を見上げている。「猗窩座と追いかけっこするんだ」と教えれば、禰󠄀豆子は面白そうと言うように返事をした。
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「仲良くなってる……」
「仲良くなっていますね〜」
炭治郎の様子を見に行こうとしていた狛治は、彼の他に妹である禰󠄀豆子と自分の鬼の部分である猗窩座がいる事に気づいた。最初は「アイツまた邪魔をしているんじゃ」と不安になったが、どうやら全身訓練をしている様だ。相手役を猗窩座が担っていたり、禰󠄀豆子が参戦していたりと色々規格外だが。
そんな和気藹々としている様子を廊下の窓で見ていると、しのぶと鉢合わせた。彼女も窓越しに全身訓練のような事をしている三人を見て、ふふっと笑った。
「素山さんは入らなくて良いんですか?」
「俺は看病をする身ですよ。患者の体調管理に気を使うのが仕事だと思っているんですが」
「あらあら、仲間はずれみたいで寂しくありませんか?」
「冗談はよしてくださいよ」
「あら、そうですか?軽い冗談だと笑ってくれると思ったんですけど。
それにしても、病み上がりなのに彼は努力家ですね。無理をしない程度に、でも手を抜くことなく努力を続けている。応援したくなるのも分かる気がします」
そう言って見守るしのぶの顔は穏やかなものであった。炭治郎を追いかける猗窩座と、猗窩座から逃げる遊びだと思っているのであろう禰󠄀豆子。人を前にして二体の鬼が食欲などなく無邪気に追いかけ回して追いかけられている。人間と鬼とは到底思えないほど、彼らは仲良くなりつつあった。
「お、猗窩座の手を避けた」
「着実に体が動かせる様になっていますね、感心です」
「あ。おい猗窩座そんな本気になるなよ、みっともない。病み上がりの人間に手加減くらいしてやれよ。
おっいいぞ竈門。そうそう、そっちだ。あー違う違う、そこで回避行動を取ってだな……」
窓越しで伝わるはずもないのにそうやってブツブツと独り言を呟いている狛治を横目に「やっぱりあの子たちの輪に入るべきでは?」と言いたくなったが、あえて言わないことにしたしのぶであった。
結論:竈門の自主訓練が功を成して、あれから十日いくらか経った時には大きな瓢箪を破裂させるほどに成長していた。三人娘が見守り応援する中、自分もまた影で応援として機能回復訓練で見られた改善点を挙げ、助言をする様になる。
さらに胡蝶さんの巧みな話術によって嘴平と我妻のやる気を上げさせ、彼らも数日経たずして会得してしまった。あれだけ心がバキバキに折れていたのにそれをうまく立ち直らせ、その気にさせる胡蝶さんも凄いが、一番凄いのは彼ら三人だろう。どうにか立ち直ってくれて、こちらも肩の荷が降りたというものだ。
「素山さん、お世話になりました!」
「俺は仕事としてやっただけだから。でも元気になって良かったよ」
竈門たちはみるみるうちに回復、成長していった。そして今日は彼らがこの屋敷から出ていくのだとか。任務があるのかと思ったがそうではないらしい。
「元気になったのに一箇所に留まっているのもなんだか忍びなくて」
「成る程な。いいんじゃないか?指示を待つのも組織の一員としては重要なことだが、そういった自主性も必要とされる仕事だからな。大きな怪我をしてくるなよ」
「はい、行ってきます!
猗窩座、鍛錬に付き合えなくてごめん。でも近いうちに鍛錬しような!」
「…………『約束だぞ』、だってさ」
自身の胸に手を当てて猗窩座の返事を聞き「懐かれたな」と軽く笑えば、「素山さんが笑ってくれた!」と喜ばれた。そう言えば彼らの前ではあまり笑えていなかった気がする。
こうして三人娘たちと共に門の前で見送りをした。その数十分後に鎹鴉の牡丹が任務の報せを持ってきた。今度の任務は単独任務の様だ。付き添いがいないということは、俺たちもまた鬼殺隊に認めてもらえている証拠だろう。
「あいつらには、負けていられないな」
育手(厳密には育手ではないのだが、狛治にとっては世話になった人物だ)が作ってくれた特殊な手甲と鉄靴を装備し、素流の誇りを袖に通す。今回もなかなかに大変そうだと思いながら、彼は任務先へと赴くのであった。