横浜からの帰り道、俺に凭れた稀咲の規則正しい呼吸音が後ろから聞こえてくる。背中の辺りに、柔らかく暖かい吐息がかかった。そのこそばゆい息を感じるたびに、どうにも身体がぼおっとするような酩酊が湧き上がってくる気がした。稀咲は俺にしっかりとしがみつき、その華奢な手が俺の腰に回されていた。冬の風は冷たかったが、熱に浮かされたように身体が火照る気がした。
「稀咲」
そう呼びかけると、稀咲がもぞもぞと動くのを感じた。そうして次に、欠伸を噛み殺したような呼吸音がして、何だよ、とぼんやりとした声がする。
「眠いんなら、どっか寄るか?近くにコンビニとかあんなら、コーヒー買ってきてやるよ」
そう提案しても、稀咲はまだ寝惚けているのか何も返事をしなかった。どんな表情をしているのかは見えない。ただ、子供らしい暖かい身体の温もりがぴったりと背中に寄り添うのを感じ、何だかこの世界には俺たちだけしかいないような、二人だけが隔絶された世界にいるような錯覚すら感じた。稀咲は無防備に瞼を閉じ、俺にしか聞こえないくらい幽かな声で、「別にいい」それだけ素っ気なく言った。
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