■場面──病院


琴音
「は………、え？

覚えて……………ない？
わたし……だけを」



美鶴
「ああ……そのようだ
『忘愛症候群』という
病名らしいが……患者数が少なく
あまり詳しいことは
わかっていないらしくてな…

もしかしたら……制御剤が
関係している
可能性も…ある、…と

記憶喪失とは違って、
『愛した者の記憶』だけが
無くなるらしい」

琴音
「はあ……
「愛して」いたんですか
荒垣先輩は……私を………」


美鶴
「何も………言われて
ないのか？」

琴音
「直接的なことは…、
そうですね
言われてないです

でも……行動では
示してもらえていたので
『お互いがお互いを好き』な
ことは知ってましたよ」



美鶴
「……せっかく復学もした
途端にこれとはな

だが希望は
捨ててくれるなよ
未知な病状なのであれば
可能性だってわずかでも
あるだろう

特に君には………
その力がある

奇跡を起こす、力がな」




■場面──屋上

琴音
「桐条先輩は……
私に期待しすぎだよ」


でも……恋愛程度の
記憶だけなら……
それで
よかったのかもしれない


復学してる以上、
『私に出逢う前の状態に戻った』
ワケじゃないよね…
ちゃんと自分の意志で
生きることを、
決めた後だって
ことだよね……？



なら……私は
彼女かすらも
わからない関係の私は

あの人に必要───…
ないんじゃないだろうか



「だったら
わたしは……」


「だめだ……どんどん
辛気臭い思考回路に
なってる………
ごはん…ちゃんと食べよう」


荒垣
「…お」

琴音
「…あ」



荒垣
「お前……たしか
汐見、だったか」



琴音
「こ…………ッ

んにちは…
荒垣先輩」



荒垣
「………ちょうどいい
悪ぃが今……ちょっといいか？」



琴音
「え？
あ、………はい」



荒垣
「生活していくうえで
困らねえ……って話は聞いてるか」



琴音
「あ…、はい
桐条先輩から…
とある部分的な記憶以外は
全て正常って……、聞いてます」


荒垣
「……そうだ

俺に無いのは
汐見 琴音、
お前の記憶だけだ

そんで順平と岳羽……あと山岸に、
むちゃくちゃうるさく言われた
岳羽と山岸に関しちゃ、泣きながら
クソうるせえ声で
怒鳴り散らしてきやがった
俺がお前と……
親密な関係だった、てな」

琴音
「……そ、そんなことが……
巻き起こっていたとは……」


荒垣
「……悪ィが俺は……知っての通り
お前に関しちゃなんも覚えてねえ
でも………肝心のお前からは、

本人からは何ひとつ
言われちゃいねえ
責められもしなけりゃ……

涙ひとつ見せて来ねえ」

お前は…………、
こんな俺と……どうなりたい？
大事な記憶を失っちまった
こんな俺と……よ」

琴音
「………わ、たしは…」


荒垣
「……記憶喪失なワケじゃねえ
だから…俺は俺がしてきたことの
罪の重さを、充分に理解してる
生きてるのだって、……本当は
間違ってるのかもしれねえ
つーか…、まあ、
いつ死ぬかもだってわからねえ

だからな、
お前がこの状況を……
好機なり潮時なり
思うのは…………自由だ

俺には何も言う資格が無いからな
それだけを汐見に
言っておきたかった

悪かったな
こんな話に付き合わせて

じゃあな」



琴音
「荒垣 真次郎」


荒垣
「………あ？」


琴音
「でええええアアアアアアアアアアアいッ」


荒垣
「…………いっ…………て！！」
ゲホッ　ゴホッ……ゴホッ

おま……ッ、何しやがんだ
つーか、え
な…ッ、
お、俺を投げ飛ばし…た
なんなんだコイツ…」



琴音
「こんな……話？
潮時……？


ふざけんな……
ふざけんな…ッ

こうやって距離を
取られるのが怖いから
何も言えなくなるんだよ

私との思い出は……
真田先輩や桐条先輩に
比べて長くない

だから軽い

それなら……

それなら
忘れるのも仕方ないって
何十回…何百回

自分自身に
いい聞かせたと思う

そんな
必要のない人間からの
足枷を…私はまた懲りずに
あなたに付けようと
してしまう……
あなたは優しいから、何も言わずに
それを受け取ってしまう！

この怖さが……
わからないから

だから
そんな事が言えるんだ……ッ


ふざけないで
私は………私は……ッ

あらがきせんぱいが
「琴音」じゃなくて
「汐見」っていうたびに
涙がでそうになるのを
ぐっと堪えてる

そんなささいな変化だけで
いまにも潰れそうになってる

そんなわたしが……っ
なにを 話せばいいか
わからなくて……


ずっと話ができなかった………
こわくてこわくて、
仕方がなかった


いちばんふざけてるのは

……わたしです………

あらがきせんぱい
ごめんなさい

もう…もう」



いいよ
見ず知らずの相手に
優しくしなくて、いいよ



荒垣
「…おい、汐見琴音」


琴音
「………ぇ？

はい……」


荒垣
「好きだ……
俺と、付き合ってほしい」


琴音
「………………………………はあ？」


荒垣
「は？じゃねーよッ
てめぇ…一世一代の告白だぞ
はいか いいえで応えんのが
筋だろうがッ」

琴音
「………よろこんで
お受けいたします、が…」

荒垣
「がってなんだ
「が」って」

琴音
「そんな……
出会って数日の人間を
好きになるほど……
荒垣先輩って
軟派なひとでしたっけ？」



荒垣
「…実際はもっと、
ちゃんと長い間
一緒にいたんだろ？
お前の気持ち聞いて、
それがわかった

んで、昔の俺が
お前のどこを
好きになったのかも…
全部わかった
だから……俺は 」



琴音
「………………………………」

荒垣
「………………………………」



琴音
「え、なに………？
この間は………

あ、
荒垣先輩……？」


荒垣
「い……、
一度しか言わねえから
よく聴けよ」


琴音
「うん？」


荒垣
「何度記憶を
失おうが
何度だって…
お前のことが
好きになんだよ

琴音」





琴音
「うん………
うん…………うん、

うぇぇん」



荒垣
「泣かせてばっかで、ごめんな……」