「おい、ミハル大丈夫か!?」
放課後、ミハルと密会しているいつもの場所。先程LINEでミハルから呼び出され、いつもの吸魂だろうと来てみたらそこにはぐったりとしているミハルの姿があった。
「おい、しっかりしろ!」
慌てて抱き起こすが意識がない。
「は、早くオレの生気を……」
生気を吸えば回復するはずだ。オレは慌ててミハルの手を握る。しかし意識がないせいか何も起こらない。
「何故だ!どうして吸わないんだ!!」
焦る気持ちを抑えながら何度も試すが一向に吸い込まれる気配はない。
生気を吸えれば不死身の吸血鬼だと言っていただろう!?
……吸血鬼……そういえば本来吸血鬼は口から血を吸うものだ……。しかし彼は、現代の吸血鬼は血ではなく人の生気を吸うという。
ならばどうすればいい?口から直接触れてそこから吸う方法はどうだ……?
オレはミハルの唇に自分の唇を押し付けた。
口移しならできるだろうか。一か八かやってみようと思ったのだ。するとミハルはゴクリと喉を鳴らした。
良かった、これでなんとかなるかもしれない。ホッとして離れようとするとその瞬間ミハルの腕が伸びてきて後頭部を押さえられた。そのまま強く引き寄せられる。
そして次の瞬間にはミハルに口を塞がれていた。
「ーーっ!?」
突然の出来事に頭が真っ白になる。
ミハルの方から積極的に舌を入れられ、激しく絡め取られる。
こんなキスは初めてだった。いや、そもそもキス自体初めてなのだが。
息継ぎもうまくできず、苦しくなって逃れようと身をよじるが、その度に頭をガッチリと押さえられてさらに深く貪るように求められた。
やがてやっと解放され、荒い呼吸を繰り返す。酸素不足でクラクラする頭では思考が追いつかない。
「おい……ミハル?」
ようやく我に返って目の前の人物を見つめると、そこには頬を赤く染めながら妖艶な笑みを浮かべている吸血鬼がいた。
「ジキルの生気……なんかすごかった……」
甘えるような声で囁かれる。さっきまで死にかけていたはずの相手なのに、今はまるで別人のように色っぽい表情をしている。
「ねえ、もっとちょうだい……?」
再び顔を近づけてくるミハルの顔に慌てて手を当て押し返す。
「待ってくれ!一体何が起こったんだ!?お前はもう大丈夫なのか!?」
混乱しながらも必死に問いかけるとミハルはけろりとした顔で答えた。
「うん。正直さっきはもうダメかと思ったけどジキルの生気が吸えたおかげで復活したよ。ありがとう」
先程の淫靡な雰囲気は消え去りいつも通りの調子に戻っている。
「そ、そうか……」
先程までのことは夢でも見ていたのではないかと思えるほどだが、残念なことにこの身に染み付いた濃厚なキスの記憶だけは鮮明に残っている。
動揺しているこちらの様子など気にせずミハルは再び迫ってくる。
「ちょっ……」
またさっきのようなことをされるのかと思うと反射的に拒否してしまう。そんな態度を見てミハルは少し寂しげな顔をした。
「やっぱり嫌だったよね……。ごめんね、無理矢理しちゃって」
そう言うと今度は悲しそうな目をしながらうつむいた。その姿はあまりにも可哀想で思わず肩を抱き寄せてしまう。
「違うんだ、ミハル。嫌とかじゃなくてただ驚いただけで……」
慌てて弁解する。
「本当……?ボクのこと嫌いになってない?」
「当たり前だ!むしろ……」
そこまで言ってハッとする。
「むしろ……?」
「なんでもない!」
「えー、気になるんだけど」
ミハルは不満げだ。恥ずかしくて言えるわけがない。オレは慌てて話題を変えることにした。
「それより、体調は本当に大丈夫なんだな?大体どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。オレが来られなかったらどうなっていたことか……」
「だってボクだって忙しかったんだよ……クラスのこととかやること色々あってなかなか時間が取れなかったんだ」
「それは分かるが……」
確かに最近は学校行事の準備などで忙しいのは知っていた。しかしまさかここまでとは思わなかったのだ。
「まあこうして助かったんだし結果オーライということで」
「そういう問題じゃないだろう……」
「はいはいそーですねっと。あっねえ、ところでさっきの、口から吸魂するのすごい良かったから今度またしてよ」
「は!?いや、だめだ!絶対に!」
「ええ〜なんで〜」
こいつは思春期のキスをなんだと思っているんだ。あんなものを毎回されたら心臓が持たない。
「とにかく、今日は帰るぞ。家まで送っていく。ほら、立てるか?」
「はぁい……」
渋々と立ち上がるミハルを支えながら帰路につく。まったく、こいつはいつも何を考えているのかよく分からない。オレはミハルのことをほとんど何も知らないんだな……。
改めてそう思うと同時に、もう少しだけ知りたいと思ってしまった。
吸血鬼だろうと、オレにとっては大切な友達なのだ。そう、友達だ。ミハルは親友だと言ってくれていたが。それ以上の気持ちなんてあるはずがない。
あのキスだって人工呼吸みたいなものだ。意識しすぎているオレがおかしいのかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。ぐるぐると色々なことを考えているともう家に着いていたようだ。
「送ってくれてありがと。それじゃ、また学校でね」
「ああ」
ミハルを玄関前まで送り届ける。
「……ねえ、ジキル」
ミハルは何かを言いかけたが、結局そのまま口をつぐんで俯いてしまった。
「どうした?」
様子が変だと思い尋ねてみる。するとミハルは顔を上げてこちらを見つめる。夕陽のせいだろうか、頬が赤い。
「……っ、なんでもない!またね!」
そう言ってバタンと玄関ドアを開けて帰ってしまった。
「……な、なんだよ……」
思わずこちらまで赤面してしまう。オレは一体何を期待していたんだろう。ミハルにとって、オレはただの友達だというのに。
そう、友達。友達なのだ。そう自分に言い聞かせた。
おわり