僕の英雄亮に用事があって電話をかけるエド
「13日…ああ、すまない。その日は帰国予定だ」
「なんだ、里帰りか?」
「ああ そろそろ盆の季節だからな」
「ボン?」
「そうだ 日本では毎年8月半ばの四日間の間、死者の魂が現世に帰ってくると言われている」
「ハロウィンみたいなものか」
「あれはまた少し違うような気もするが…そういう訳でしばらく俺は実家に帰るつもりだ。すまない」
「仕方ないさ、たまには親孝行でもしてやれ」
「言われなくとも」
携帯を切るエド
「ボン、か…。僕も久々に孤児院に立ち寄るか」
ふっとテレビを見ると
『”英雄"DD、衝撃の死から三ヶ月』というニュースが流れている。
(死んだ人間の魂が本当に戻ってくるのだとして、
悪魔に魂を売ったあの男は どこへ帰るというのだろうか?)
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場面が転換し、孤児院へ。子供たちに迎えられるエド
「エド!ひさしぶり!」
「ああ 久しぶり 元気にしてたかい。」
「うん、元気だよ!その箱はなあに?」
「これはお土産だ。みんなで仲良く分けて食べてくれ」
「わあっ ありがとう エド!こんなにたくさん…」
「ねえっなにそれ!ケーキ!?」
はしゃぐ子供たち。中でもまとめ役の少女が、小さい子らに母親のように注意する。
「こら、ちゃんとみんなに切り分けてあげるから、手を洗ってきなさい!」
「はーい」
「まったくもう」呆れた様子の少女。
微笑ましい光景ににこやかな表情のエド。
「子供の相手も大変だろう」
「ええ、でももう慣れたわ。それより、エドは大丈夫だった…?」
少女は少し暗い顔つきでケーキの箱を開ける。
「ん?何が?」
「DDのこと…とても仲がよかったんでしょう?」
「ああ、……」
エド、目線を逸らす。
「運命は残酷だわ、あんなにも多くから愛された人を連れて行ってしまうなんて…」
少女が慣れた手つきでケーキを切り分ける。
「君も彼のファンだったのか?」
「そうよ、ここにいるみんなもね。テレビ越しにしか彼を見たことはないけど…そこにある熱狂が、湧き上がる歓声が教えてくれるの。彼はみんなの英雄なんだって!私も何度も、彼に勇気をもらったわ」
エドは少女の言葉や表情に、DDに憧れていた過去の自分の姿を重ねる。
「……」
「あ、もちろんエドのデュエルも大好きよ?」
黙り込んだエドを励ますように、戯けてみせる少女。切り分けられたケーキが差し出される。
「ああ、ありがとう」
エドは作り笑いを浮かべる。
「ねえ、エドはDDと知り合いだったんでしょ?
DDとデュエルしたことはある?」
「…あるよ」
エドはDDとのラストデュエルを思い出す。
その結末を知らない少女は無邪気に話を続ける。
「やっぱりそうなのね!いいなぁ。ここの子達みんな、エドみたいにデュエルが強くなったらDDと戦いたいって話してたわ。二人のことが憧れなの」
エドのケーキを食べ進める手が止まる。俯いたまましばらく動かない。
「……エド?」
エドの顔を覗き込むよりも先に、机の上に滴る涙に気付き、驚いた少女はフォークを落としてしまう。
「ご、ごめんなさい!私ったら余計なことを」
少女がテーブルを回り込んでエドに寄り添い、背中をやさしく撫でる。
「ううん 違うんだ 違うんだよ…」
エドは目頭を抑えながら笑っている。
かつて自分の中にあったDDへの無垢な憧れは、
燃え盛る火に焼き尽くされ永遠に失われてしまっだと思っていたが、沢山の人々の心に、記憶に、鮮明なままで残っていることに気付いたのだ。
(あの日 僕が憧れた英雄はもういない
汚れた魂は、きっともう帰ってはこれない。
でも、確かに彼は生きている…鼓動の刻む時を止めてしまっても 誰かの中に こうして)
「…君は、DDが本当に好きなんだね」
「もちろんよ、だってみんなの英雄だもの。
エドだってそうでしょう…?」
「…そうだったかもね」
空を見上げるエド。雲間に光が射している。
「じゃあねエド また来てね」
「ああ 君たちもいい子でいるんだよ」
エドは孤児院を後にする。
「さて、と。打ち合わせまで時間はまだあるはずだ」
そのまま、DDの墓に足を運ぶ。
墓碑に向かって語りかける。供えられたものの多さから、3ヶ月経った今も多くの人が訪れていること、彼が愛されていたことが見て取れる。
「英雄の魂、ここに眠る、か…」
墓石に刻まれた言葉を読み上げるエド。
その下には魂も遺骨もないことを、全ては海の底へと消えていったことをエドは知っている。
風で飛ばされたのか、一本だけ墓石から離れて落ちていた花を拾い上げる。
「DD 僕は迷っていたんだ。お前をたとえ偽りでも英雄のままにしておくか、それとも全てを明らかにしてしまうか…」
花占いのように一つ、また一つと萎れた花びらを摘んでいくエド。
「でもやっと、その答えが見つかった。僕にはお前を裁けても、誰かの英雄を信じる気持ちまで奪うことはできない。」
「笑えるよ。こんなにも沢山の人が花を手向けているのに、本当のお前を知っているのは僕だけだなんて」自嘲的な笑みを浮かべるエド。花びらがなくなった茎を墓石の前に置く。
「さようなら。僕は貴方に花を手向けることも
ここに来ることももう二度とありません。」
「おやすみなさい DD」
エドが去る。散らした花びらが風に運ばれどこかへと飛んでいく。
僕の英雄 完