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    久辺(くべ)

    @pochichi_kube
    腐も夢も愛すカプ固定なしの雑食野郎

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    久辺(くべ)

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    みだみと 香水
    以前、フォロワーさんにアトマイザーを送りつけた際に同封したSSを加筆修正したもの

    香水 どうぞ、と言われて渡されたのは香水瓶だった。その中で揺れる薄紫色の液体はどこか渡してきた本人を模したような妖しさを孕んでいる。
    「なんだ、これは」
    「身につけていただかなくても結構です」
     まるで答えになってはいなかったが、これ以上尋ねても無意味に思え、押し付けられるままに受け取った。瓶に貼られたラベルをよくよく見るとアルファベットで弥鱈の名前が書かれている。
    「……私の、香りだそうです」
     消え入りそうな声で単語を一つ一つゆっくりと話す様は自信がないように見えるが、この男に限っては俺を貶める演技である可能性も否めない。こいつは前科があるからな、と心臓にほど近いところに手を置くと、ズンと重い痛みが蘇るような気がした。



     自宅で一人、ムエット代わりのティッシュペーパーにワンプッシュふりかけてみる。鼻先で揺らすと、爽やかさというよりは潔癖感を覚えるような平坦で冷えた香りが入り込んできた。弥鱈の香り、というには癖が弱いのではないかと思わず、ふっと笑いが漏れてしまう。が、あの男と対峙した時のことを思い出すと、初めの印象というのはこんなものだったかもしれないとも思えてくる。人が人に対して抱く印象ほど、曖昧かつ独善的なものはない。違うとも、そうだとも言えない方が筋は通っているだろう。
     香りが移り変わっていくのを待ちながら、俺の中に浮かんだのはそもそもの疑問だった。自分をイメージした香水が作られたとして、なぜそれを俺に渡してきたのか。対象に選ばれなかった俺への当てつけか。いや、そうだとしたら渡す時の態度に違和感がある。疑問を抱きながら、再びティッシュに鼻を近づけると、今度はハーブ系の花の香りがした。甘くも苦くもない、漂うような静かな印象にあいつの悪癖が頭に浮ぶ。ふわふわと、どこからともなく、いや実際は奴の口内からだが、漂うシャボン玉。あれの弾ける儚さと、唾液で作られた下品さのアンバランスさがあいつの飄々とした態度と相まって、なんとも不気味で気色悪く、そして興味をそそられる。怖いもの見たさのような自分の中の醜い好奇心を引きずり出されるように。
     ひらひらとティッシュを鼻先で揺らしながら、静かに呼吸していると、弥鱈悠助という男を模すのであれば、もっと暴力的であっても良いのではないだろうかという思いが浮かんでくる。あいつはこんなに淡々と冷めたような男ではない。内に飼う獰猛で狡猾な悪魔がいるからこそ、あいつは立会人をしているのだろうから。そういえば、あいつ自体、どんな匂いがしただろうか。何がきっかけだったか、くだらなさ過ぎて覚えていないが、いつからか一緒に過ごす時間を取るようになっている男の横顔を思い出す。産毛まで見えるほど近くにいた、あの横顔を。まったく匂いというのは、じきに慣れてしまうくせにいつまでも記憶にしがみつく厄介なものだ。愛にも似た、そのおぞましさには辟易する。この薄っぺらな紙から漂う香りが、俺の知っている弥鱈の香りはではないと、俺だけが本当の弥鱈の香りを知っているのだと、独占欲が満たされるような優越感に少し気分が良くなって、自分を殺してしまいたくなった。
    ポケットの中で大人しくしていた携帯電話を取り出して、弥鱈の番号にコールする。この操作にすっかり慣れてしまっていることにもぞっとする。
    「お前、いまどこにいる?」
    「自宅ですけど」
    「俺んちに来いよ。お前の肌にのった香りも試したい」
    「はあ」
     電子的に変換された機械音でも、弥鱈の特徴的で、失礼な気怠さが伝わってきたが、あいつはすぐにここに来るだろう。繰り返してきた、やり取りの経験がもたらす確信に頬が緩みそうになる。
    ラストノートに変わったであろう、弥鱈もどきの香りを鼻で吸い込んだら、穏やかすぎるように思えていたそれは、先程とは打って変わって、艶のある雄に変わっていた。軽やかさの中にムスクだろうか、濃厚で支配的な香りが主張している。自分が勝者だと、自分こそが立って見下ろす側だと言わんばかりの自信、強気さに、あぁ、これは確かに弥鱈悠助なのかもしれないと納得させられそうになる。
    「……つっても、こんなにいい匂いなのは気に食わねーな」
     部屋にわざとらしく独り言を響かせながら、ティッシュを丸めてゴミ箱に放り込んだ。一時間もしないうちにあいつは来るだろう。さて、と弥鱈の好物が冷蔵庫にあったか確認しにキッチンに向かった。
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