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    417fgo

    @417fgo

    よねくらしいな。20↑。
    CP:テスデイ、ジュオカル(ジュナカル)、カドアナカド、ポルカス、ぐだ攻めなど
    内容:パロディ・クロスオーバー、軽度のエログロホラーなど

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    417fgo

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    7主従が焚火の前で話すだけ。
    Twitter/pixivにも上げたショートショート。

    解答「中国語の部屋、という思考実験がある」
     何をするでもなく炎を見つめていただけだったデイビットが突然口を開いたので、テスカトリポカは煙草の煙を吐き出して、まずは聞こうと上体をそちらに向けた。
     テテオカンの北・ミクトランパで休息する魂に、テスカトリポカは気まぐれに会いにくる。戦士の魂がしっかり休めているかを確認し、欲しいものがあれば揃えてやる。会話がしたいようなら話し相手になってやるし、ここに来てまで無理をしようとするヤツには叱ってやることもある。
     ではこのデイビットという戦士はというと、生前多くの制限がかけられていたからか、早すぎる時の中に身を置いていたせいか。休息というものがどうにも下手くそだった。好きなだけ眠れと言えば、起こすまで延々眠り続けようとした。好きなように過ごせと言えば、焚き火の前に延々座り続けていた。それらが本当にしたかったことならそれでいいが、どうもそうではなく。エンドのないコマンドに従いプログラムを実行し続けるような、空虚感と言うか、義務感と言うか、そういったものが付き纏っている。休息の真似事をしている、という表現が似つかわしい。短い休息であれば生前に経験があるだろうが、長く永い時を楽しむ術については全く理解できていない。生前他人からロボットに喩えられたことがあるらしいが、生命を失い、生物的本能も失われれば、その狩猟生物であったモノはいよいよ機械的ではないだろうか。ただの自己満足で星の破壊をやり遂げようとした強い意志の力が、休息とは上手く噛み合わず彼をぎこちなくさせていた。
     そんなやり方で魂が休まるワケないだろうということで、テスカトリポカは少しずつ彼に休息の手解きをしている。休み方の手本をいくつか示し、実際に休ませ、義務感が生じてきたところを見極めてやめさせる。表層に表れていない欲があればそれを引き出してやり、わからないことがあれば理解るまで付き合ってやる。常に付きっきりなんて過干渉で過保護なことはしないが、この領域を支配する死の神として、また彼にベットした戦の神として、戦士の面倒を見てやるくらいは当然のことだった。

     話は冒頭に戻る。霧の草原で焚き火を眺め、静かに思索に耽っていたデイビットが珍しく、徐に口を開いたのだ。
     『中国語の部屋』。認知科学における意識に関する問題を取り上げたものだ。思考実験の内容はこうである。中国語を知らず、読めず、理解できない、例えばアメリカ人などを一人、小さな部屋に閉じ込める。その小部屋には外部から時折、一枚の紙が壁にある小さな穴を通って届けられる。彼はその紙切れに書かれた文字列に手を加えて、外へ返却せねばならない。しかし紙切れに書かれているのは、彼には読むことができない漢字の羅列だ。そして部屋の中に用意されているのも、彼には到底内容を理解できない中国語のマニュアル。彼はただ神経衰弱をするように漢字の羅列をマニュアルから探し出し、そこに記された通りに答えを記入して、紙切れを提出するだけだ。その作業をひたすら繰り返し、部屋の外の存在と、中国語での"会話"を成立させていく。何も知らない外部の者はこう思うだろう、『この部屋の中には中国語を理解している人がいるのだ』と。
     デイビットの説明を聴きながら、テスカトリポカはふむ、と煙草を運ぶその手で口元を隠した。何のことは無い、ただ人工知能のチューリング・テストへの反論に提示されたという思考実験が正に今、機械的と評したこの男の口から出てきたというだけで。話の腰を折っては悪いので、口にも態度にも出さずに留めておくが。
    「なるほど。粗が無いことはないが、言わんとすることは分かる。人間ってのは面白いことを思いつくもんだ。それで?」
    「……くだらない質問だとは思うが。おまえはオレが人間に見えるか、と。今まで、聞いたことがなかったから」
     視線だけを俯かせて、その顔にも、声にも表情は無い。小さな問いを零して、デイビットは再び口を噤んだ。
     何だそんなこと、と笑ってしまうのは容易かった。テスカトリポカにとって、この楽園に招くには"休息させるに足る戦士であるかどうか"以外のことはどうでも良かった。ソレが人間であるかどうかなど、知ったことではないのだ。だがまあ、そんなことくらい目の前の男も解っているだろう。ならば違う言葉をかけてやるべきだ。
    「まず、オマエとその『中国語の部屋』ってのは、そもそも全く状況が違うよな」
    「そうだな。知能について話しているわけでもない」
    「つまり、オマエは"人間のマニュアル"に従って生きてきたと」
     守るべき指定として、デイビットが従ってきたものだ。星を砕いてまで宇宙の秩序を守ろうとした、その判断の本となったもの。『人間とは、ただ、善いことをする生き物だ』……人間という部屋の中に置かれた、マニュアルだ。
    「所感で構わない。そもそもオレとおまえでは——神であるおまえとは、人間の定義から異なるだろうことも解っている」
     デイビットの視線が一度だけテスカトリポカに向けられたが、またゆるやかに足元に落ちる。この男にしては随分、漠然とした問いかけだ。諦めているようにも、不安がっているようにも見えるのは、焚き火の明かりでその彫りの深い顔に濃い影が落ちているせいか。テスカトリポカは灰を落とした煙草を咥え直すと、静かに一つ深い呼吸をした。
     元マスターであるデイビットが辿ってきた経歴を、テスカトリポカは勿論知っている。全能神の目であれば一通りのことは見通せたものだし、お喋り好きな性格から、召喚して日も経たぬうちにあれこれと本人の口から聞き出していた。他者評価がテスカトリポカにとっての判断材料となることはないが、この男が自身のことを、そして他者がこの男のことを、『地球人類ではない』と考えたことも、勿論知っている。
    「実際、オマエの視座は人間のものではない。手にした力も、抱いた感覚も。けれど姿形も人格も、塩基配列も人間のものだ。そこは変わっていない」
    「それでは答えになっていない」
    「まだ途中だ、最後まで聞け。……つまりだ。"人間であり、人間ではない"——どちらもが混在している」
     怪訝な表情で視線を送るデイビットとは対照的に、テスカトリポカは口の端を上げて言葉を紡ぎ出す。細く長く、立ち上る紫煙は蛇のように。
    「肯定と否定が対立する。人間の法則に従おうとする意志、自身の実在を認められない感覚、二つが衝突する。不和が生じる。それがオマエを戦士にする。"どちら"でもあるから、オマエはオマエとなる。……こんなに、オレのマスターに相応しいヤツはいないだろう」
     デイビットの大きく見開かれた両の目を見て、神は愉快そうに笑う。しばらくはそうして互いを見詰めていたが、薪が炎の中でパチリと爆ぜる音がして、ようやくデイビットは「そうか」と、瞼を閉じて噛み締めるように小さく呟いた。
    「満足したか?」
    「ああ」
     デイビットが小さく笑みを浮かべると、テスカトリポカも満足気に、煙を薄鈍色の空に吐き出した。
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