育成論 一難去ってまた一難。ランスは目の前に集まった即席チームを見て腕を組んだ。神覚者候補選抜試験でさえ学外からの妨害を受けていたのだ。最終試験で何もないなんてことはそもそも考えていなかった。
だからって、この状況を予想出来ては居なかったが。それぞれ圧倒的な強さを持つマカロンにアベル、そしてアビス。個はどんなに強靭でも不安は拭えない。突然始まった騎馬戦の練習の後、アベルとアビスが話しているのを遠目で聞いた。
「やはりここまで来るとそれぞれの連携があった方が強い」
「そうですね。…マギア・ルプスが…いや、せめてワースが居れば良かったのですが」
ワース。ワース・マドル。対した時の姿を思い出す。いま思えばあの地下でランスたちをバラした魔法も彼の物。攻撃は多彩で防御は柔軟。何より使い込まれた参考書の重みがランスの中にもしっかり残っている。うむ。
ランスは未だに騎馬に熱を上げる部屋から抜け出すと足早にアドラ寮を後にした。
さて、ランスはワースをあまり知らない。なんせあの対戦が全てだ。しかし、学校生活にも慣れた今、レアン寮については少し知っていた。何よりあの赤髪、シュエン・ゲツクが目につくのだ。合同授業で共になれば声を掛けられ、廊下ですれ違えば声を掛けられ、「君は、うん、イケてるね」と笑う。賛辞でもなく事実をいう口ぶりに何かを思ったことはない、が、彼自身『イケている』であるために全力を注ぐ奴だとは既に知っていた。
なんせ、隣で見たノートには予習と復習の跡が溢れていたのだ。授業範囲の主な重要事項、分からなかったところのメモ。時折混じる赤ペンは綺麗な文字で分かりやすい解説だ。じっと見ているとシュエンは照れもせずノートを隠しもせず「へえ」と言った。
「覗き見とはデリカシーがないなあ」
「…この赤ペン。教師か?」
「いや、サードだよ。確か君と戦ったんだろう?第三魔牙、ワース・マドル」
「…アイツが?」
「そうさ、特に今は謹慎中だからね。寮で僕らの専属講師をしてくれてる。まぁ、僕としては寮だと落ち着かないから温室でゆっくり教えてもらう方が好みだけど」
「…」
思い出した会話にランスは足先を温室へと変える。人目の多いところではなく奥まって誰も使わないような場所へ、碌に手入れもされていない道を進めばところどころに足跡が見えてきた。当たりだ。躊躇いなくその扉を開く。甘酸っぱい薔薇の匂いがした。
「おや」
花園。さして広くもない温室に薔薇が敷き詰められている。その真ん中に置いてあるソファーに男が二人、居た。テーブルには本が積み上げられシュエン・ゲツクの前に2冊、参考書が浮いていた。シュエン自体はペンしか持っていない。杖を持っているのはその長い足を投げ出し寝転がるワース・マドルだった。
「客かァ?」
此方を確認すらしないワースにランスの眉が寄る。それをみたシュエンが意味深に笑った。
「うん。多分、ワースの客かな」
「ンなわけねェだろ」
地下では考えられないほど表情の無い男だ。無気力とも取れる男にランスは近付く。真上から見てやるとその口が小さく動くのが見えた。
「…ランス・クラウン」
「…」
「ランス・クラウン!?」
跳ね起きたワースをシュエンが笑う。それも背中を叩かれて止まった。
「…何しに来た」
「最終試験についてはどれくらい知っている」
「…アベル様とアビスがサポートについたと聞いた」
「十分だ。その二人が貴様の名前を上げていた。」
ランスの目が光る。温室の柔らかな空気がその視線が絡んだところから静まっている。冷たさすらある光は、本人の持つ必死さを表すようでもあった。
「元より負けるつもりは無いが、負けられない戦いになる。貴様の力を何故あの二人が求めたのかマギア・ルプスは最終試験の為に何か用意をしていたのか、それとも…」
ランスの口を止めたのはワースの手。その左手がランスの眼前で待ったを掛ける。その通りに止まってやればワースはゆっくりソファーに座り、そうして片手で顔を覆った。
「なるほどなァ」
指の間から彼の顔が見える。病的なまでに白くなった顔は指先が僅かに震えていて瞳が縮まり白目の中をぐるぐる揺れている。ランスが一歩近付こうとして、しかし強い視線を感じてそちらを見た。シュエンが首を振っていた。
「分かった。…ただ今すぐ伝えてやれるほど簡単な物じゃねェ」
「…」
「明日また来い。誰にも見つかるなよ」
ワースがシュエンと声を掛けた。笑顔で立ち上がったシュエンがランスの肩を叩く。そのときまでずっと、ランスはワースを見ていた。
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「さて、何から話すべきかな」
「アイツは何だ」
「何だって?」
「…何か患ってるのか?」
ランスの言葉にシュエンが足を止めた。ようやく人の姿が見え始めた、レアン寮近くのことだった。
「病名とかは無いだろうけどストレスかな。頭ン中がちぐはぐしてるのさ」
「ちぐはぐ?」
「自分の積み上げたものが崩れちゃったワケだし。でも仲間は幸せそうで、自分でも納得するものはあって、だから悲しめないし喜べない」
「なんだ、それは」
「高校最後の一番大事な試験を謹慎で終えた。仲間はどんな形であれ最終試験に臨んだ。…言葉にすると、結構イケてないでしょ」
自業自得。それは間違いない。それでもランスはあの日、使い込まれた参考書を見ていた。その重さを知っていた。小さく肩を揺らす。何か、引っ掛かるものが、喉元に詰まるものが確かにあった。
***
言われた通り、次の日に人目を忍んで温室まで急ぐ。遠慮なしにその扉を開けると居たのはワースのみだった。