パジャマ仕立てるラワ 酒が入った夜は眠りが浅い。特に普段から健康優良児な生活を心がけているランス・クラウンにとって社交界帰りの夜は寝付きづらく、途中で起き、その為へんな時間に目覚める。今日も朝日の登らない時間に疲れの残る身体を持ち上げ額を押さえた。はあ。寝心地が悪い。薄く差し込む月明かりが枕元を照らして、その先にいる人影を映す。
人影というよりはふわふわな何か。枕と布団の間に顔を埋めた彼は、熱がこもるのか足だけ布団の外に出している。くらりくらりと不安定に動く頭は低く唸って大きな寝返りを打った。体の大きさもある分、のっそり動く様が愛おしい。しかし、寝返りの際にずれた布団から見えるものがよくない。なぜ、上裸で寝ているのか。溜息を付きながらも彼の布団の位置を直してやる。
そうだ、こいつには面倒な癖があった。長風呂である。長風呂からの暑がりである。芯まで温まり過ぎた体は服を着ることを拒み、柔らかなタオルで水滴だけふき取ると寝巻のズボンだけを引っかけてリビングに現れる。何度此方の心臓が縮み、血流が良くなり、瞳孔開いたことか分からない。何度教えても、体に訴えてもワースは止めなかった。視線の先でワースの足が揺れる。ランスの目がいぶかしげに細まり、酒で浅いままの思考はそのまま欲望を導き出した。
そうだ、パジャマを仕立てよう。服を着ていた方が気持ちよいくらいのものを仕立てよう。ランス・クラウンという人間は恋人にも健康優良児な生活を送ってほしいのである。だから生肌を見るのは、つまり、そういうときだけでいい。寝るときはふわふわで肌触りの良い服を着たこいつに頬擦りしたい。そこまで頭をまわして、ついでに仕立て屋の生地サンプルの在処を思い出して穏やかな気分で目を閉じた。
ということで、ワースが起きてベランダに向かった先にはサンプル生地を頬擦りするランスが居たわけだ。
「何してんだ」
「気にするな。おはよう」
「おおう、おはよう。シーツでも作るのか?」
「それもいいな」
「?」
ワースはコーヒーを飲みながら首を傾げた。しかしランスの奇行には慣れていたので結局仕立て上がったパジャマが届くまで。何も気付かなかったのだ。
***
白、茶、灰色。綿に麻に織物、編物。風呂上がりのワースにまずはコレと渡されたのは茶色の麻だった。いぶかしげに目を細め、ワースはランスを見上げる。それでもちゃんと着込むと自らの体にぴったりなソレにうへえと鳴いた。
「お前、これ、オーダーかよ」
「当たり前だろう」
「いや、部屋着は適当でいいだろうが」
「いいわけあるか。」
そういってワースの背中にランスはぴっとりと寄る。麻のさらさらとした感触が心地よい。何より上品なラフさが湯上りのワースにとても合っていた。うむ。満足。
「タオルをくれ。髪を拭く」
「お前、オレの世話焼くの好きだよな」
ワースは力を抜いて笑った。いつも言う。「立場が逆」は今回は無しだ。なんせ、今はランスの従者じゃないもので。
次の日は灰色のシルクサテン。布の持つ光沢が下手なモデルより上等なスタイルと小さな顔を魅せて衣装のように纏われる。ランスはリビングで足を組み読書するワースを見ながらノンカフェインの茶を飲んだ。あまりに高い満足感にほっこり湯気も立ち上った。
そして、これこそランスのメインディッシュ。白くて毛足の長いニット素材はふわふわ、もちもち、とろとろで風呂上りのワースから本を奪うとすぐに寝室に連れ込みベッドに転がした。正面から抱きしめて五感その全てで楽しんだ。やっぱり上等な男が上等な物を着ているのは最高なのだ。一人で満足していると目元を赤らめベッドに頬杖をついた想い人はむぐむぐと口を動かし襟元に口元を隠した。
「確かにこれ着心地良いけどよォ」
「だろう。やっとパジャマの良さが分かったか」
「いや言いたいことが分からないわけじゃアないんだけど」
「なんだ。歯切れ悪いな」
ワースの指先が自分の上等なパジャマを撫でる。そのままランスの肩口に擦り寄るとその感触に眉を寄せる。真正面から抱き込んだ男がふたり。さきに動いたのはランスでその背中に腕をまわすと顔に満足と書いて強く抱き込んだのだった。もちろん、ワースは眉を寄せたまま。ただ相手の視線を感じない、ただ自分を包むだけの体温は普段固い口元をゆるく解し、声まで誘い出すのだ。まるで、眠気のように。
「…これ、お前の分はないのかよ」
「ん?」
「これ、着てる、お前が欲しい」
ランスの腕が背から離れる。しかし、体を離すことをワースは許さず、今度強く抱き込んだのはワースの方。ランスのパジャマもそりゃあ上等だ。今肌に触れるものもふんわりしてワースには詳しいことは分からないが気持ちが良いのだ。それでも、今着ているふかふかでもこもこなパジャマはランスにこそ合うだろう。白くて綺麗でふわふわ。これでも自分に合う合わない物は理解しているつもりだ。なんせ近くにイケてるかどうか煩い奴がいたもので。だから、ランスに合うものはランスが着ればいい。そしたら、ワースも満たされる。
好きな人が好みな姿をしていたら、そりゃあ嬉しいじゃないか。それは誰しも同じこと。ワースの腕のなかに居る、ランスがいつもやっていること。
言い切ったらとろとろとした眠気は強くなり、ワースのまぶたも落ちていく。ゆっくり力を抜いていくワースとは裏腹、ランスは赤い顔でワースの体を必死にどかしていた。こんなことをしている場合ではない。いや、ワースの腕の中も、ベッドでこうしていることに不足はないのだけども、ただこの男から望まれたのだ。この男から!
ランスはワースをひっくり返すとベッドを飛び出した。一度飛び出して、やっぱり戻って気持ちよさそうに寝ているワースの足先まで布団をかけ、ぽんぽんと優しく叩く。そして足音も立てずに寝室を飛び出してフクロウさんの元へと全力で走ったのだった。
終