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    12/15
    レナワス無配

    at First さて、局内の集まりに遅れたレナトスはこっそり講堂に入り込むと一番後ろで手を組んだ。真面目に聞いてるふりをして、さも最初から居ましたよというポーズを見せる。おかげで大きく騒がれることもなく、しかしレナトスの眠気はいつも通りやってくるもので、そのうちにぐらりぐらりと頭を揺らすとカクンと落ちた。勿論、居眠りと共にあるレナトスにとってはいつものことだ。多少首を痛めるが問題はない。だから浮遊感に身体をまかせっきりにしていたわけである。
     しかし、レナトスの常はこの時をもって取り払われた。なんせふわっとして身体が前に傾いたと思ったらその時点で温かいものに触れる。人肌のしっとりとした心地よさと少し懐かしい柔らかなパウダリーノート。思わず身体を寄せてしまいそうな、手に取ってしまいそうな香りが古ぼけたインクにも似ていると感じたところで大きな音がして盛大に叩き落とされた。
     いてて、と首を擦って見上げればひとりの男が顔を真っ青にしてレナトスを見下ろしている。肌という肌に鳥肌を立て瞳を縮めて見ていた男はレナトスの名を呟くと更に顔を真っ白にして口をわななかせる。そして、「スイマセン!」と頭を勢い良く下げた。
    「いぃイ、不死の神杖様とは知らず……いや神杖様が何を……いや、そうじゃなくて、えェ、スイマセン……本当に」 
    「……まぁ、気にすんな」
    「レナトス様はまた遅刻ですね。気にしてください」
    「」
     副局長に呼ばれちゃ仕方ない。大人しく壇上へ上がるため爪先を前に向けた。が、やっぱり気になって後ろを向く。男はその長身を丸めながら首を撫でていた。レナトスと同じくらいの身長に均等が取れた張りのある体。どこかインドアな雰囲気を纏う男の居心地悪そうな様子にレナトスがふぅんと零す。あの男は、そうだ、同僚であるオーターの弟だった。固有魔法で引き抜いた期待のルーキー。レナトスはひとつ欠伸をしてやっと壇上に上がった。

     しかし、レナトスの遅刻も常であり続け、立ち居眠りもこれまた一緒。どうやらこないだの男でオーターの弟のワースは自分の身長を気にしてかいつだって壇から一番遠い入口近くに居て、レナトスはこれ幸いとワースの首に顔を埋め続けた。最初のひと月は余計に首を痛めたもんだ。なんせ悲鳴を上げてはレナトスを叩き落とし続けたのだから。いつだって顔は蒼白なもんだがレナトスはそこで止めようとは思わなかった。
     そのあともずっとずっと習慣付けのように後ろに立って、眠くなって、顔を埋める。春を越え、夏が来て、秋を迎えて、冬になる。春のカチンコチンのワースは、夏バテで少し痩せて悲鳴を飲み込めるようになり、秋に肥えてレナトスを叩き落とさなくなった。今日もワースの首に顔を落とす。と、体温が良かったのかワースは少しばかり体を緩めるとレナトスの方へ頬を寄せた。当てられた体温があったかい。二人分の熱に思わず体に手を回して抱き寄せる。と、ワースは途端に体を緊張させて、最近聞いてなかった悲鳴をあげるとレナトスを突き放した。勿論、レナトスは副局長にこってり絞られた。
     
    「まーったくマドル君が大きいからってすぐ隠れて寝るんですから!」
    「いやあ、あいつ丁度良いんだよなあ。高さとか、固さとか、匂いとか」
    「うわぁ、止めてあげてくださいよ。局長と違ってあんなに真面目で魔法も出来て事務仕事もこなしてくれる子、セクハラが原因で異動届だされたら私は泣きますよ!」
    「セクハラて」
     副局長の言う通り、ワースは新人のなかで群を抜いて優秀だ。誰よりも必死に仕事に向き合い、分からなかったものは聞いてくる。もう一人で任せている仕事も多く、働きぶりは一年先輩のやつらとそう変わらない。レナトスは、ん、と口を尖らせた。「必死」という言葉は良い物にも見えるだろう、が、どんなもんか。

      レナトスはひとり廊下を歩く。冬らしく乾いた日だ。神覚者会議のために真昼間から起きだしたが駄目だな。もうひと眠りしたい。くわりと口を開けて、その先、中庭を見て動きを止めた。
     ここ最近よく見る光景だ。あのオーターがふたりの学生と共に歩いている。ひとりは代理で神覚者になったランスで、もうひとりも世界を救った功労者。きっとこれからもずっと仲良くやっていくんだろう。年上として、それは嬉しくも微笑ましくも思う。良い光景だ。昼らしくて、和やかで、眩しい。だよなあ。中庭の四方は廊下で囲われている。レナトスは視線の奥に目を凝らした。ひとりの男が眩しそうに同じ光景を眺め杖を握るとドプンと泥に消えた。必死な奴らには大概理由がある。己の神覚者選抜試験のときだってそう。神覚者という立場に願いや期待や決意を向けて血反吐をはきながら進み掴んだ。それはもう、とても「必死」で。――ただ、仕事で「必死」を使うには長すぎる。人生そのものを明け渡してるようなもんだ。中庭から聞こえる笑い声を背にレナトスはやっと欠伸をした。
     
     寒さも深まる日々である。今日もその背に隠れようと思ってレナトスはそうっと入室したがあの広い背中は丸く歪み隠れるには心もとない。こめかみを押さえる姿を上から覗き込んだ。
     「大丈夫か?」
     「っす。少し休めば……外回りまでにはどうにか……」
     「無理すんじゃねぇぞ」
     少しだけ悩んでその背に手を当てる。ゆっくり上から下へと撫で始めると、ワースの背はふるりと震え更に丸く小さくなった。喉奥から噛み殺したような声がした。
     「それ、止めてください」
     「ん?」
     「手」
     「ん、あぁ。ワリ」
     止めろと言われれば勿論止める。が、やることのなくなった左手は妙に空しいもんだった。ワースの顔は相変わらず白い。そのなかで真っ赤に充血し縮み切った瞳が揺れる。ならば、とその頭に左手を置いた。ぽんと柔らかな音がして、初めて触った癖っ気は見るよりもずっと柔らかだ。指を通してたった一回滑らせた。
     「少しは力抜けよお」
     「ッ……!!ッうグ」
     音が鳴るほどに弾かれた手の痛みより随分知り過ぎた喉の音の方が目を引いた。なんせレナトスの魔法は不死だった。どんなに首が飛ぼうが腕が千切れようが、何を吐こうが再生し、戦い続ける。けれど吐くものは吐くし感覚もある。音も知れば苦しさだって知っている。片手で口を覆ったワースが部屋から駆け出していく。見えなくなったところで滑り落ちる音がして、レナトスが追ったときには廊下の隅で吐いていた。土下座より少し頭を高くして膝を胃に当てる体勢にレナトスは眉を下げ、結局躊躇いなくその手を背に伸ばす。首元を叩くと大きく撓んで薄い胃液を吐き出した。
     「お前も吐き慣れてンのね。いいぜ、全部出しちまいな」

     局の優等生の体調不良に一番堪えたのは副局長だった。少しの間大人しくしていたワースは突然ふらりと立ち上がり、清掃魔法で嘔吐物を拭うと部屋へと戻っていく、が、ダメダメと壇上で司会をしていたはずの彼女が直々に医務室に追い立てていった。ある意味一番安心だ。レナトスはワースの抜けた穴を手早く埋めると外回りを担ってから医務室へと向かったのだった。
     異変は耳から、医務室に似合わない怒声にレナトスが眉を寄せ足早に向かう。医務室の入口に立っている副局長はレナトスの顔をみると顔をゆっくり横に振った。その顔は少し青褪めていた。
     「……誰かがマドルくんが医務室に運ばれたこと、両親に伝えていたようで。貴族ってのは本当にどこも同じですね。自分が言われてるわけじゃないのに冷や汗が出てきましたよ」
     「久々だから余計に堪えるんだろ。特に何も無きゃこのまま帰すから、お前も戻っていいぜ?」
     「そうします……。はあ、うちのエンジェルを抱きしめたくなってきた」
     「そのエンジェル呼び、そろそろ怒られるんじゃねぇの?」
     「勿論、十七歳で立派な反抗期ですもの。エンジェル呼びもハグもピーピー怒りますよ。でもね、」
     一際大きな怒号が聞こえる。喉元締まる声で謝罪を重ねる声がする。価値が無い、兄や自分の肩書を誇り騒ぎ、それは「すいません」というワースの声を掻き消した。副局長が己の腕を擦った。鳥肌が立っていた。
     
     「でもね、それでも愛を知ってくれるだけで、十分だと思うんですよ」
     
     レナトスは怒鳴り声の続く部屋へと臆せず入っていく。その通りだ。愛情表現は何も特別なことではない。誰かに触れてもらう事は大した事じゃない。
     ワースはベッドの傍で立ち上がり、その頭を下げていた。ふんぞり返る男がレナトスを見て、途端に声を小さくする。ワースから視線を外し、レナトスに向きなおると愚息の謝罪から喋り始めた。全くもって興味がない。それどころか面倒くさい。レナトスは貴族のあれそれなど知らない。どうでもいい。だから、真っ直ぐワースの目の前に立ち、マドルの親に手を振った。この魔法局に居て神覚者が言葉もなく手を振る意味が分からぬものも居ないだろう。すごすご背を向けた男にレナトスはひとつ欠伸をした。
     「んで、調子どうだあ?」
     「……問題ないです。戻れます」
     「んなワケねぇだろって」
     レナトスとワースの身長は同じくらいで、その瞳も同じ位置。ワースの縋る視線を誰よりも間近で見ることが出来るのは間違いなく彼だ。熱さえ受け取れそうな瞳は乾いていて、レナトスはそれがどうにも哀しかったのだった。
     「ッいや!出来るんで!外回りでも!書類でも……!できる、……できるから」
     そっと、その肩を押してみる。両手でベッドに座らせるとワースも予想より素直に膝を折った。
     
     「じゃ、今までの復習しようぜ」
     「へ?」

     ワースはまだ一年目の新入局員である。局長と何かを共にするなど滅多になく、ワースもレナトスと何かをした記憶はない。復習。一度したことをもう一度学ぶこと。必死に今までの記憶を辿るワースにレナトスが目尻を下げた。
     「ほら、後ろ向け」
     「後ろ……え?」
     ワースの後ろからベッドが軋む音がする。慌てて後ろを向こうとするワースにレナトスはのんびり語りかけた。
     「いつも後ろ向かないだろ」
     「いや、復習って、これが?」
     「そ。オレがいつも部屋に入ると、お前気付いてんのに真っ直ぐ前向いてるだろぉ」
     「そりゃ……局長、見つかりたくないんじゃないんスか」
     「ハハ、で、オレはワースの後ろに隠れる、と」
     熱が近付いてくる。ワースは首の後ろにある人の気配に身動ぎした。
     「多分、見つかってますけどね。この時点で」
     「世の中、言われなきゃ勝ちなんだぜ。あー、で、なんだ、やべー」
     「立ち寝、でしょう。知らない間に寝てンですから」
     「それだ。で、」
     レナトスの顔が当たる。首にある熱はじんわりと広がり、呼吸と共に膨らんでいく。呼吸が当たるとくすぐったくて逃げるように首を前に出すとレナトスは何故か追ってきた。皮膚と皮膚が擦れる。それもまた熱を生む。――なんで。ワースがぽつりと声にした。
     「……なんで、オレなんですか。身長高いからっすか」
     「それもある。間違いなくそう」
     初めこそそうだろう。丁度良さは抜群で、それ以上に感じたのは体同士の心地よさ。でもそんなもの決定打にはならない。決定打はいつだって、心なのだから。
     「さびしいとか辛いとか分かっちまうんだよなあ」
     「……」
     「もっと分かりやすいもんもある」
     「何」
     
     レナトスは笑った。
     「『愛されたい』」

     人肌の温度に慣れず怖がる男は心を引いた。誰もが持っている無垢な香りに努力の痕を滲ませて、だからレナトスはワースに触れた。触れ続けた。それは慰めとも言うのだろう。けどもレナトスは自身が「愛したがり」だとも知っていた。目の前の体に腕を回す。大きく震えた体は拒否はしなかった。
    「背中から引っ付くのあったけェよなァ」
    「……痛い」
    「おお?」
    すぐ傍にあるワースの顔を見上げる。横向きでこちらを伺うワースが口をむぐと動かした。

    「……初めて触れられたときから心臓が痛い」

    慣れ親しんだ緊張に少し似てるとワースは思った。心臓が鳴って、痛くて、顔から血の気が引く。両親と過ごした時に感じていたもの。
     違うのは温度だけだ。触れている場所で分け合う熱が知らないものだから、それがどんなに心地よくても望めるわけもない。なのに。 
     ワースの指先が腹に回る手をなぞる。ためらいながらも押し当てた手のひらはレナトスの腕を服越しに熱を与えた。レナトスの手がワースのそれを手探りで探し当てる。指先だけを触れ合って、レナトスは腕に力をこめた。心臓を押し付け合う。触れた皮膚が揺れる。こうして誰かと生きている。ようやく力の抜け始めたワースの体はすこしばかり赤く染まっていた。

    ***
     さて、今日もレナトスは人の声が響く講堂にこっそりひっそりと入っていく。扉の前にいる背の高い男を見つけ、眠気が来る前に腕を回した。
     「はよ」
     「おはようございます、局長。で、あちらが此方を睨んでる副局長です」
     「でたでた」
     ぴっとり合わせた背中はほの温かく、しかしその皮膚は未だに泡立つ。ワースが触れてくることは稀だが、それでもレナトスの腕を拒否はせず愛したい男の腕を受け入れる。しかし、男たちは互いに一番近い場所に居て、なによりレナトスの目の前はワースの首だ。赤く色づくそこも熱を持つ耳も、日々愛を知っている様は見て取れる。レナトスは嬉しくなって笑みを浮かべた。そして、唇を目の前の皮膚に落とすとワースに初めての柔らかな感触を教えたのだった。勿論、ワースは久々に悲鳴を上げ、当然レナトスは副局長にこってり絞られた。


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