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     レイン・エイムズについて聞かれた仲の良い同級生は大体同じことを言う。 
    「ああ、エイムズね。金の使い方を知らないエイムズ。」 
     なんせ、レインは親無しの路上暮らしで、試験を受けに来た時からそのボロさが話題になったほどだ。杖だけ持ってやってきた少年は学校でも皆で揃えた必須のものしか持たず、食堂でもやしをわしわし食べる。肉や魚もあるというのにいつだって好むのはもやしだ。これらのことをおちょくられてもレインは何も気にならない。
     それどころか正しいと思うところもある。だって金が掛かるものに興味がない。インクがあるのにインクを買う必要はない、それが色違いだとしても。食べ物だって腹いっぱいになればいい、歯ごたえがあれば尚良いだけ。金の使い方、特に贅沢の仕方なんて分かりゃしないのだ。 

     だから困っていた。なんせ同室で親友で恋人なマックスは人並みの浪費家である。同じ漫画をうっかり二冊買うし、流行りものも買っては放りだす。勿論ダメなことばかりじゃない。つまり、こういう。 
    「……土産」 
    「そ、ちょうど外出たしさ。遠方のスコーン屋が出店出してたんだ」 
    「外出たって、マーチェット通りだろ」 
    「うんそう」 
     レインは額を押さえた。お土産という文化は知っている。ただレインが知っているのは遠くに行ったときや特別な場所に行ったときに買うもので、毎月必ず行くような大通りで買ってくるものではないはずだ。少なくともレインは買ったことがない。 
     心に積もっていく気持ちは「もらってばかり」という罪悪感。特に神覚者になった後、マックスより遥かにお金を持っているのに……。
     だから、決めた。レインは無言実行で義理堅い男であった。『次行った場所でお土産を買ってくる』その決意にひとり頷くと小躍りでスコーンを用意するマックスが首を捻った。
     
     待ちに待った遠征日。そう、遠征。なんせレインは金を使わない男なのだ。金を使わない男は滅多に外に出ない。つまり仕事でしか外にでない。だから、遠征のときにしかお土産を買える見込みはない。ちょっとオイタをした魔族をパルチザンで震えあがらせ用は終わったと箒に乗る。この時にはすっかり日が暮れていて、やっている店も、もうまばらだ。 
     レインはきょろきょろと辺りを見回して、そうしていつもの通り眉を寄せた。困った。何を買えばいいのか全く分からない。目の前にはパン屋、ちょっと辛いパンがあるらしい。右には靴屋、まぁ却下。左には薬局、「身長に不満のあるあなたへ!」と旗が立っている。ただこの手のものをマックスが好まないのは知っている。なんせ自分ひとりでデカくも小さくも成れるので。そもそもお土産ってそういうものか?マックスはどんな物を買ってきたっけと考えてその幅広さに頭痛がした。なんの参考にもなりゃしない。疲れ果てたレインはどこの街でも見かけるよくある店に入るとマックスが好きな漫画の新刊を買って出た。何かは用意出来たから、まぁ、いいだろう。マックスはきっと喜ぶのだから。
     
     と、それが少し前のこと。レインの思った通り、初めてのお土産に浮かれたマックスは健やかに笑うとその場で漫画を読みふけ椅子で寝落ちた。レインが件の漫画を本棚に戻して数日、マックスはうっかり同じ漫画の同じ巻を買ってきたものだからレインは久々にマックスを叱った。無駄遣いをするな。
     
     さて、二度目の遠征は同寮の筋肉馬鹿と共にだった。前回同様オイタをしたドラゴンをパルチザンで脅し、けどもどうにも効果がないから肩を回したマッシュ・バーンデッドを投入した。一発で叶う世界平和。肉体言語は偉大だ。 
     もはや夕日も消え入りそうな時間である。近くに街もなく、このまま箒を走らせて学園へ帰ることになるだろう。レインはしょもっと肩を落とす。その様子に気付いたのは同寮の後輩で、心優しき世界の英雄だ。 
    「どうしたんですか、レインくん」 
    「……」 
     どれから言うべきか、何から言うべきか。レインは会話は苦手だ。苦手だからこそ、返事はシンプルなものにしかならない。 
    「土産を買う場所が無ぇ」 
    「おみやげですか」 
    「ああ」 
    「此処で?」 
    「ああ」 
    「なるほど」 
     マッシュは失礼、とドラゴンの元へと戻っていく。既に震えて犬のように腹を見せたドラゴンの、その喉元へと乗り上げると両手でぴんと立っている鱗を持ってバリッと取った。ドラゴンが聞いたこともない高い声で鳴く。マッシュはごめんね、よしよしと馬鹿でかい絆創膏を貼り付けて、顔色ひとつ変えずにレインにそれを渡してきた。 
    「はい。ここで一番の名産品ならこれでしょう」 
    「おまえ」 
    「ボクもあまりお土産って買ったことないですけど、じいちゃんはその土地のものを買って、その場所の話をしてくれましたよ」 
    「……」 
     そうだ。レインは唐突に思い出す。マックスに渡された数々の物は、場所がどんなに身近なものでも、そこにしかない話がある。貝殻を貰った時は砂浜の話を、羊毛を貰った時は牧場の話を、土産物は土産物、大事なのはそこに連なる土産話。 
     言葉は苦手だ。必要のない会話もそんなに得意じゃない。でも、まぁ、このドラゴンの本拠地で突然、逆鱗を剥いだ後輩の話はちょっと聞いてほしい。聞いて、呆れて、笑ってほしい。レインはギラギラ光るドラゴンの逆鱗を掴むと颯爽と箒に跨った。

     結局レインは金の使い方も分からないし、贅沢の仕方はもっと分からない。ただ、お土産についてはこれからもっと上手に買えるだろう。なんせ逆鱗を渡したマックスはレインの土産話を聞いて呆れて笑って、そしてふたりで満足して寝た。  

    「土産だ」 
    「うーん、ウサギ」 
    「聞いてくれ、こいつとの出会いを」 
    「はい、戻してきましょうねえ」 
    「マックス」 
    「はいはい」 
    「マックス」 
    「はいはいはい」 

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