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    ラワになるだろうスカウトと千里眼のはなし皆も知ってる通り、神覚者試験とは神事である。三校の優秀な学生を競わせ、始まりの杖をたった一人が手にするまで、つまりこの国で最も優秀な学生が神なる力を得るまでが神に奉げられる重要な行事なのである。ただ、純粋に、神覚者に成るにはこの行事以外の道もある。これこそ神に愛されたものしか成れやしない物だが。いや、神にも人にも選ばれなきゃいけない、本当に僅かな抜け道。そう、神覚者はスカウトでも成れるのだ。

     
     ワースは一人の老婆に肩を揺すられていた。面倒だから抵抗もしていなかったが老婆全力の肩揺すりは思っていたより揺れた。脳みそがぐわんぐわんした。
     
     「絶対絶対絶対逃がすでないぞ。失敗してみろ先読みを極めた魔法使いが全力で呪ってやるからな」
     「こわァ」
     「そもそも何でお前なんじゃ。胡散臭いサングラスしおって」
     「全く、こっちの台詞ですよ」

     ワースの言う通り、いつもの業務とは毛色の違うものだった。魔法局の仕事はあまりにも膨大だ。国を丸ごとひとつ管理する。統治は勿論、教育、銀行、気候など生活に近しいものだって魔法局の範疇だ。魔法局には優秀な人しかいないが、そうやって選別していれば手が足りない分野だって出てくるもので、結局下ろせるところは協力関係のあるところに下ろすしかない。ワースはそうやって魔法局が気になっているが実際に手が届かないところの事前調査を行うことが多かった。
     が、今回はどうにも話が違う。なんせ先に神覚者様が一度直接現地に行ったと言うのだ。それもそのはず、今回は人材に関する超重要案件で、人材管理局長が直々にスカウトに行ったのだ、と。そこまで聞けば分かるだろう。ワースだってピンときた。特殊な固有魔法を保持している者へのスカウトだ。獣を使役できる現職のアギトのように、魔法局が喉から手が出るほど欲しい能力を持っている子供に声をかけに行ったのだ。

     なんとか魔法局で、神覚者として、働いてくれませんか。そしたらその子はこう言った。ーーーその話は、貴方では無いはずですよ。
     
     それで何故こうなったやら。それこそ魔法局屈指の先読み老婆と予言局の精鋭たちが指し示したのが己だったわけだけども。ワースは、こうして、揺すられ続けた肩を撫でながらもその重い旅路に出発した。

    ***
     
     「ああ、また魔法局の方ですか。あの娘は、ハハ、いまちょっと」
     「お気遣いなくフクロウを飛ばしたとは言え、押しかけたのは此方ですから。一度宿泊先に戻りますので、何時に伺えば?」
     「ええ…」

     目的地は本当に小さな村だった。一本線しかいない村はワースの二本のアザをまじまじと見て嫌そうな顔をした。それにしても露骨な拒否じゃあないだろうか。魔法局からの使いと知ってもこの態度。首都から離れればこんなものなのか。言い難そうに、時間すら濁らせる村長にひとつ頷き、ワースは外へと出る。丁度、奥の納屋から娘がひとり出てきたところだった。
     「わかったか」「もうやらないか」「間違いと認めるか」強い口調が響き、その覚えある緊張感に背が冷える。娘は布で目を覆われていた。こくんこくんと動く顔のなかで妙に違和感ある姿だった。ワースが足先をそちらに向ける。少女は一度首を上げると寸分狂わずワースを見た。布で隠れていてもその強い視線は良く分かった。

     「すいません、道に迷いまして」
     「えっ!?ハッ、あ、え、二線魔導士っ」
     「魔法局の使いのものです」
     「そんな!?あ、すいません。ええと、えと」

     慌てる大人から隠れて横目で娘を見る。彼女は明らかに片側の口角だけ上げ「ほう」と笑う。魔女らしい、なんとも人を食った笑みだった。

     「迷ったついでで恐縮ですが、そちらがソウさんで?」
     「えっ、ハイ。」
     「何故、布を?」
     「ああ。お見苦しいものを。ソウ、取りなさい」

     こくんと彼女の首が揺れる。細い手が慣れたように結び目を解き、外していく。ぱちぱちと瞬きされた目には大きな瞳があった。幾重にも連なる円環を携えた大きな瞳。ワースの喉がぐっと締まる。兄とよく似た瞳だった。

     「貴方がいらっしゃいましたか」
     「こらっソウっ」
     「ごめんなさい、お父さん」
     「ハハ、すいません。娘はちょっと変わっていて。ちょっと知恵遅れもありまして、へへ」
     「お気にせずに。宿への案内をお願いしても?その間に少しお話出来たら嬉しいのですが」
     「ああ、勿論。お前も、いくぞ」

     親子が前を行く。ソウと呼ばれた女の子はしっかりと手を繋がれ、けども視線はどこかをいったりきたり。兄に似た目は空の隅から地の底までを見回しているようで、確かにその様はどこか不安定だ。さて、これはどうしたものか。
     結局のところ、スカウトなのだ。その人材が欲しくて、どうにか手元で使えるようにしたい。じゃあ何故こんなところまでスカウトに来るのか。簡単だ。その人が『魔法局』を目指せる状態じゃないから。最初から魔法局を目指している様子であれば、魔法学校に行っているのであればそれは順当に神事へと上がり日の目を浴びるだろう。そうでなければ出向くしかない。
     ワースは更に肩を落とした。ああ、どこか知っている話だ。やたら緊張した父はその日ずっとそわついていた。ワースは部屋に居るように、と言いつけられそれでも好奇心を押さえられず外が見える窓に机をつけて教本を読んだ。家の前に降り立ったのは超人気神覚者のライオ・グランツで、ワースは窓越しにピタリと動きを止めたのだ。使用人が忙しく動き回る。オーター様の件で、オーター様のお話を聞きに。いや、オーター様は既に断られたと、全く察しが悪いわね。だからよ、だから。ワースの指先だけが動き出す。視線は神覚者を追ってしまうのに、指先だけは堅実で、ペンを握りしめると教本を開いた。そのうちに身体は慣れきった動作を繰り返す。ノートにペン先を擦り付けて滲んだ視界のなかでも問題を解き続けた。
     小さい村なのだ。宿までの道も大して長くない。ワースは宿まで案内してくれた礼を言い、そして大人と、なにより娘に向けて声をかけた。

     「明日、ゆっくりお話できませんか?」
     「ハハ、さっきも言ったとおり、こいつはちえが遅れて」
     「いいですよ。貴方は晴れ渡った空より星空が落ち着くのでしょう?」
     「ヘ?」
     「こらっ」
     「ごめんなさい、お父さん」

     娘は間違いなくワースに言ったのだ。逃げるように帰っていく親子の背を見ながらワースは空を見た。あと二時間もすれば空は暗がり、星も見えるだろう。落ち着く、落ち着く?それもそうかあ?ワースは宿に入っていく。宿に転がした伝言ウサギには落ち着けないほどの着信履歴が残っていた。


    おまけ①

    カルド・ゲヘナも驚いた。どうみても癖が強い娘はカルドを見て「違うわねえ」と言ったのだ。
     「お話は分かるけども貴方ではないはずよ?」
     「話は分かるんだね。それも固有魔法かな?」
     「動きが分かるだけ。線が見えるだけよ」
     「ハハ、すいません、この子ちょっと可笑しなことを言うもので」
     「この線は貴方じゃないの」
     「こらっソウっ」
     「ごめんなさい、お母さん」

     カルドの顔ばかり見ている母親は気付いていない。娘はカルドを見て、試すようににんまりと笑っている。性格含めて立派な魔女の素質有りだ。それにしても、貴方じゃない。カルドがふむと考える。

     「その線はどんな人なんだい?」
     「か、カルド様!お優しいんですから、でも子供の話ですからねえ」
     「もっと難しい人ですの。でも近い。見上げる地面の子」
     「こらっ」
     「ごめんなさい、お母さん」

     探してごらんなさい、と娘の目が言う。それもそうか十六歳の立派なレディだ。スカウトのタイミングはその子が魔法学校に進んだか否かで大きく変わる。進んでいなければ皆、一律この年齢で声を掛ける、が、それにしたって大人びた子だ。

     「すいません、この子、ちょっと知恵が遅れてて」
     「え」

     そう見せているのか。娘の目線は遠く、そしてちょっと笑んでいる。余計な事は言うなと魔力が囁いてくるのでカルドは口元を隠して笑った。

     「と、言う訳で選ばれたのは君の弟だ。オーター」
     「……何故」
     「ちゃんとした人選のもと行った選抜の結果さ。次点で君の名前も上がっていたからついでに伝えておこうと思ってね」
     「なら、私でいいだろう」
     「言いわけないでしょ。スカウトだよ、スカウト」
     「……」

     完全に黙り込んだオーターの執務室はとても静か、だからこそ派手に羽ペンをぶち折る音はとんでもなく響いた。

     「ワースが…また出張…」
     「おっと、居たのかい。ランス」
     「……何日の予定なんですか」
     「上限つけてないけど」
     「日帰りですか」
     「それは無理でしょう」
     「明言を避けてますね」
     「ハハハ」

     失礼と声をかけて急いで駆け出したランスの手には伝言ウサギ。微かに聞こえた「ゲ」はワース・マドルの声に違いない。カルドは若いねぇと茶を啜り、ずっと己の拳を睨んでいたオーターがようやく顔を上げる。

     「やっぱり私が行く」
     「無理でしょ。スカウトだよ、スカウト」


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