梅雨に入る 拝啓、王都の匠先生、瞳さん、洸平くん、いのりさんに理凰さん、ついでに珠那くん、お元気でしょうか。
現在私は北の辺境伯様のお屋敷にて、至れり尽くせりの生活を送っております。理由は私にも分かりません。
伯爵邸のメイド達により、艶々に仕上げられた髪を一房摘み上げながら司は現実逃避をしていた。
断られる気満々でこの屋敷を訪れたのに、使用人から出入りの商人、果ては町の住民達からも諸手を挙げた身に余る歓待を受けている。
さっさと追い払われることを目論んで、わざと旅の身なりのまま伯爵邸に行った司だったが、あの傾国顔の男が独断で屋敷の中へと引き入れてしまったのだ。
その男の指示に全員が従うものだから、よほど伯爵に近しい人間なのだろう。右腕もしくは重用されている部下なのか。あんなにあっさりと招き入れられるとは微塵も思わなかった。
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