空色万華鏡「「最初はグー! じゃんけんっ」」
「ぽん!」
「ホイっ!」
コウが出した手はパー、対してカイの出した手はグーだ。
「いよっしゃあ!」
「くそー!」
コウは手を振り上げて、カイはむっと自身の拳を見つめる。勝っても負けても騒がしい彼らに、傍で見守っていたサキとキリュウは顔を見合わせて苦笑していた。
「約束通りカイのおごりな! 早く飲みたい!」
そう笑って、コウは駄菓子屋の中にカイを引っ張っていく。
*
彼らは今、ハイカラスクエアに程近い商店街の外れにいた。
今日は朝早くから四人で集まりバトルに明け暮れていたのだが、午後、おやつの時間になると流石に集中が切れてきた。しかし、帰るにはまだ早かった。せっかくだしどこかに寄ろうかしようかと話していると、コウが「ここら辺散歩したいっす!」と手を挙げた。確かに、デカ・タワーを中心とした広場を囲む建物には入ったことがあるものの、その周りに何があるのか誰も知らなかった。カイが乗り気になり、それならと残りの二人も頷いた。
ビルの間に入ると、広場の喧騒は一気に遠くなった。冒険心を疼かせてやんやと話しながら弾むように歩くコウとカイ、そしてそんな二人を見守るようにサキとキリュウが続いた。しばらく歩いていると、少し幅のある車道に出た。てっぺんから傾き始めたとはいえまだ明るい太陽に、四人は目を細めた。いち早く光に慣れたカイが思わずというように声を漏らした。道の向こうにアーチが見えたのだ。どうやら商店街の入り口にあるものようだ。塗装ははげているし、その奥に見えるほとんどの店はシャッターが降りていて、イカの姿は(タコの姿は言わずもがな)さっぱり見られなかった。既に寂れてしまったのだろう。それでも、四人はテレビや物語の中でしか見たことのない光景に興味深そうに足を踏み入れた。
「ほんとにこんな場所あるんすね! 初めて見ました!」
コウはステップを踏みくるりと回る。
「気持ちはわかるけど、危ないよコウくん」
「だいじょうぶっすよ! 誰もいないんですもん」
「足元に気をつけないと転ぶよ?」
「あはは、へーきですって!」
サキが不安げな顔をする一方、笑みを絶やさないコウは「あ!」と大きな声を上げた。どうしたと三人がコウを見れば、キラキラと目を輝かせてある店を指さしていた。看板には駄菓子の文字。のぼりも立っているし店は開いているのだろう。
「あそこ! 寄り道していいっすか⁉︎」
コウの言葉に、三者三様に頷いた。その反応を見るや否や、コウは駆け出し店を覗いた。お菓子やジュース、それにちょっとしたおもちゃが所狭しと並べられていた。その中であるものを見つけたコウは、真っ先に手に取る。古びた冷蔵庫の中から取り出したのは特徴的な形をした空色の瓶だ。揺らす度、その中で小さな泡が浮かんでは消えた。
「ラムネじゃん!」
カイが傍に近寄れば、笑って頷いた。
「最近飲みたいねって話してたんだ」
この飲み物と同じ名を持つ同級生と、瓶入りのそれを最後に飲んだのはいつだったか、と盛り上がったのだという。
「むかし、夏祭りで飲んだきりだったなって思って! 今度見つけたら絶対飲むって決めてたんだ」
「確かに、オレも一回だけだな、瓶で飲んだの」
「お、そしたらカイも飲む?」
「飲む飲む!」
そこまで話して、コウたちは、ぱっと振り返った。
「ふたりは飲みますか」
「俺はいいよ」
「僕も遠慮しておくよ。まだ飲み物が残ってるんだ」
「そっかぁ。きりゅーは炭酸飲めないもんなー」
「おー。そういうことだから、二人で楽しめよ」
そう言いながら、キリュウは店の外でひらひらと手を振った。はーい、と返事をしたコウは、はたとして短いゲソを揺らした。
「カイ、じゃんけんしよ」
「え?」
「負けた方がおごり!」
ニヤッと笑って構えれば、カイも同じ顔で拳を突き出した。
「受けて立つ!」
「「最初はグー! じゃんけんっ」」
こうして最初に戻る。負けたはずのカイは、それでも小さく笑いながら財布を取り出し店の奥に向かう。店番の老婦は先客の相手をしていた。
「はい、まいどあり」
「ありがとうございます」
じゃんけんをしている間にキリュウが何か買っていたようだ。
「何買ったの」
「これ」
手のひらどころか指サイズと言ってもおかしくないほどの小さなドーナツであった。五つ入りのそれはさっそくパッケージが開けられている。
「うまそー」
「一つやるから」
「やった!」
「それよりほら、早く買ってやれよ負けたひと」
「うわ、そういうこと言う」
軽口を叩いてはくすくすと笑い合う。背中に期待の視線を受け、はっとしたカイは「買ってくる」と足を踏み出した。畳に座ってお茶を飲んでいた老婦に二本分の代金を渡し、踵を返す。
「コウ〜! おまたせ」
「ありがと!」
「……どうやって飲むんだっけ」
「えー! ……どうだっけ」
蓋を覆うラベルを外し、緑の部品を取ったはいいものの、ふたりは揃って固まった。
「その緑のものを分解するんだよ」
助け舟を出したサキはドーナツを手に持っていた。
「せんぱい! そのドーナツどうしたんすか!」
「俺があげた。んで、平たい面がある方の部品を瓶の蓋に押し込めば開くってよ」
キリュウが代わりに答え、ドーナツを口に放り込む。
「少し力がいるかもしれないから、怪我はしないようにね」
そう締めくくったサキもドーナツをぱくりと食べると、ふわりと微笑んだ。
「初めて食べたけど、案外美味しいね」
「俺も久しぶりに食べた。素朴な味って感じする」
「駄菓子だからって侮れないなぁ」
「他のも食べてみる?」
「そうだねぇ……」
サキとキリュウがのんびりとやりとりしている間に、コウとカイは瓶を開けるのに奮闘していた。かしゅっと空気の抜ける音がして、子気味良い音とともにガラス玉が姿を現した。
「開いたー」
コウはぐびぐびと中身を減らしていく。半分ほどになったところでぷはっと口を離した。そして、「うまー!」と言いながらサキたちの元に駆け寄っていく。
その後ろをゆっくりとカイは追いかける。歩く振動でガラス玉が音を立てる。彼は立ち止まって、目の前に瓶を掲げた。落ちかけた光が瓶を赤く照らす。それ越しに覗く世界は、燃えては弾けていく。
談笑している三人をゆらゆら揺れるレンズから眺めていると、仏頂面の一人がこちらに気づいた。背後に光を受けて、彼の顔に影が落ちる。細められたその瞳は山吹色に煌めいた。
「カイー?」
自分を呼びかける声に、揺れていた世界が遠ざかる。
「ごめーん、なんの話?」
「駄菓子パーティしよー! ってはなし!」
「いいな! それならもっと買ってこう」
「うん!」
ふたりは、外に残ろうとしていた連れの腕を引いてもう一度店に入っていく。
少し汗ばむようになった、そんなある日のお話。