情熱荘園を出てからもう随分と経った。
僕は望み通りの金を手に入れ、荘園を去った。共にゲームに参加した奴等も荘園去ったがその後どうなっているのかは分からない。
僕は地下墓地の権利を買い、死という救済が訪れるまで神に祈りを捧げながら過ごしている。
ビクターは、たまに手紙をくれて近況を報告してくれる。元気にやっているようだ。
ビクターとは近い時期に荘園に入ったので、近しい間柄になった。
今度の休暇に、僕の家に来ることになっている。
友達、仲間……なんて、出来たことがなかったからよく分からないが、これがきっと友達といえる関係なんだと思う。
彼が来る日を、カレンダーに×をつけながら、心待ちにしている。僕からも会いに行けるといいが、化け物が街を出歩いていては石を投げられかねない。それに、ビクターにも迷惑がかかるだろう。化け物の僕はなるべく目立たないようにひっそりと家の中で過ごす他ないのだ。
ビクターとは別に、もう1人、近しい関係になった奴がいる。「囚人」ルカ・バルサーだ。
いかにも、囚人といわんばかりの出で立ちで、奴は首に首輪を掛けられていた。囚人だなんて穢らわしい。だけど、「墓守」という仕事をしていたにも関わらず、死体を盗掘していた僕には何も言えない。
他人に関わるつもりなんてこれっぽっちもなかったが、参加するゲームは連携が取れないと勝利を収められない。 それに気付いてからは、相手から話し掛けられれば答えるようにした。
ルカは気さくな人間だった。頭がすこぶる良くて、恐らく身分も良かったのだろう。しっかりと教育を受けている事が荘園で共に生活している中で分かった。
周りにもよく話しかけていて、それは僕に対しても同じだった。
僕は化け物だから、と言うと、あいつは「君自身も、偏見という名の病気に犯されているんだな」と、言った。
よく、意味がわからなかったけど、僕自身が僕を「人間だ」と思わない限り周りの目も変わらないし、母君にも失礼だと思わないかと言われて、僕は気付かされた。
僕が僕を化け物だと思い続ける限り、母さんは「化け物を産んだ女」というレッテルを僕自身が貼っている事になるのだ。
それに気付いた時に僕の瞳からは涙が溢れて止まらなかった。
突然泣き出した僕に、ルカは初めは驚いていたが僕が泣き止むまで背中をずっと撫でてくれた。
母さんが死んでから、こんなに涙を流したのは初めてだった。人前で泣くだなんて恥ずかしかったが、ルカは涙で腫れた僕の瞼に水で濡らしたタオルを当ててくれた。
タオルはひんやりとして冷たかったが、僕の心の内側は暖炉の火のようなじんわりとした温もりが広がっていた。
そして、もう1つ気付いたことがあった。僕は僕を化け物と扱った人が憎らしいと思っていたのに、同じような事をルカに対して思っていたのだ!
人を見た目で判断して、彼の本質を分かろうともしなかった。真実は分からないけれど、彼は免罪だったかもしれないのに。
その一件から僕はルカの見る目が変わった。彼が笑えば嬉しいし、頭痛にのたうち回っていれば心配で仕方が無かった。
この感情が何かは分からなかったけど、できるだけルカのそばにいたいと思った。そして、ルカも僕に対して同じように思って欲しいと望んでいた。
だけど、荘園から出る日、ルカは行先を誰にも言わずに去ってしまった。世が明ける前に去ったのだと、たまたま彼の後ろ姿を見掛けたトレイシーが言っていた。
サヨナラすら言わせて貰えなかったことに悲しかったが、その後に憤りを感じた。
あんなに共に居たのに、ルカにとって僕はそれだけの人間だったのだ。
それでも、僕はルカの事を一瞬も一秒も忘れた事なんてない。
あんたは僕のこの思いを知らない。
こんなにも僕の心を動かしている熱い情熱を。
毎朝の祈りを捧げる時に、彼の幸福を祈る。僕はきっとルカを深く愛している。神様以上に。
この想いは永遠に届くことは無いのだ。この苦しみから解放されたい。
早く救済の日が訪れる事を、僕は心の底から祈る。