花ざかりアンドルー・クレスのとある日の日記
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荘園には鮮やかな花が咲いている。庭師の女……エマ・ウッズが手入れをして花を咲かせているらしい。風に乗って香る花の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、心に暖かいものが灯る。
花は、好きだ。晴れた日の庭に出て、花を愛でたいが太陽は僕の肌を焼き尽くそうとしてくるので、それは叶わない。
若葉が育ち、蕾ができて、いのちにみちあふれていま開こうとするその瞬間をできるのであれば、僕は沢山見てみたい。青く澄んだ空の下で太陽の下でキラキラと光る色とりどりの花達。その花の周りを飛ぶ蜜蜂。花咲くことは命の誕生だ。その光り輝く命の中に僕はいられない事が凄く寂しくて、そして羨ましかった。
この荘園に来てからも、僕は隠遁とした生活を送っている。共に戦うサバイバーとは、ゲームをする上での最低限のコミュニケーションをするだけ。一部の奴等は、僕がテーブルに俯いて誰とも目を合わさないようにしているのに、そんなのお構い無しに話しかけくる。そいつらには真っ白で化け物と罵られてきたこの見た目が、普通の人間に見えているらしい。変な奴らだ。
その中でも、僕より後にこの荘園にやってきた「囚人」ルカ・バルサーが一番変だ。
元、とはいえ「囚人」である男になんて近寄りたくも無かったのに、ルカはお構い無しに僕に話しかけてきた。荘園に来た日が近いこともあって、勝手に親近感を感じているらしい。
僕は先程、荘園には鮮やかな花が咲いていると書いたが、僕は目も悪くて近くで見ないとそれが何かがわからない。花が「鮮やかな」に咲いていることを知れたのはルカのおかげだ。
ルカは僕が日差しに弱い事を知ると、夜に僕を庭に連れ出した。行くつもりなんてなかったけれど、半ば強引に連れ出された。
そして、エマが手入れをしている花壇の前に二人でしゃがみこむ。
花の匂いを強く感じる。月光に照らされた花は色鮮やかで美しかった。居館の窓から見てもぼんやりとしていてよく見えなかった花がハッキリと見える。
ルカは花を見ながら、花が咲くのを見ると命を感じるとポツリと呟いた。
それは僕が花に対して抱いていた思いと同じだった。その事に驚いて、僕は穴が空くほどにルカを見つめた。すると、ルカもこちらを見て二人の視線が交わった。その瞬間、二人の心が繋がった気がした。それはほんの一瞬のことで、すぐに消えてしまった。しばらく沈黙が続く。だがそれは気詰まりな沈黙ではなかった。
僕は、この男と……友達になれるだろうか。
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この日の日記の、アンドルー・クレスの筆はおどっていた。怪しくうち乱れている行もある。以前の日記は感情の無い淡々とした文章だというのに、この日だけ、文章はかの男自身のものではないように思われるほどに、鮮やかな花が咲き乱れているようだった。