ふるかざ、になるかもしれなかったもの「へぇ。これってもしかして、先日呼ばれた佐藤刑事と高木刑事の結婚式……のような訓練? と関係あったりする?」
「そ、そうなの! 目暮警部の同期の村中さんの結婚式に脅迫状が来ていたのが発端で、その訓練もしたじゃない? でも実は村中さんのフィアンセ、クリスティーヌさんって名乗ってたんだけど。の自作自演だったらしいの」
ある夕暮れ時。
久しぶりに安室がバイト先のポアロに顔をだしたその日、日中こそ安室がいるのかと来てくれた常連客もいたが、小学生の下校時刻を過ぎる頃にはいつも通りのような、落ち着きを徐々に取り戻した。
今、偶然いる女子高校生の客が安室目当てでポアロに来ているわけではないことも幸いした。好感を持って迎えられることは安室としてもありがたいことでそれなりの覚悟をして出勤したのだが、客の入店の度に感動の再会劇がありこれが続くのは安室自身思っていたより疲労していたようだ。
毛利蘭。この喫茶店ポアロのある建物の2階に探偵事務所兼自宅を構える毛利小五郎の娘。今回の事件では爆発に巻き込まれた子どもを助けるために負傷し今なお入院中の小五郎をここしばらくずっと付き添い、下校後は病院にいたため彼女自身もポアロに来たのは久しぶりらしい。
鈴木園子。蘭の親友で、平時なら安室に黄色い声を上げるタイプの女子高生の1人だが、元々ポアロには親友とお茶をするのにちょうどいい場所で通っており安室のことは副次的であり。今日は「蘭も毎日、病院と学校の往復じゃあ疲れるでしょ」と誘ったようで、彼女もまたポアロに来たのは久しぶりだという。
そんなわけで他の常連客とは違い安室再会劇もなく、喫茶店員の榎本梓から事情を聞いた2人は驚きはしていたが梓の話に相槌を打つ程度に終始していた。
それはまた、毛利小五郎を師事している立場である安室が「僕が米花町を離れている間にそんなことが……。お見舞いに行ってもいいですか」と申し出、女子高生たちにとっても懸念事の方に話を進め、安室自身の話が早々に終わったから、でもあった。
挨拶のあと梓もここしばらく安室の分も頑張っていた代わりだとマスターに労われ早上がりし、店内に人は少ない。
突発的な休みが多い安室をそれを承知で雇い続けシフトを組んでくれるマスターには、安室の高い能力を見込みイベントごと企画してくることを踏まえても頭が下がる。
そんな中、親友と父親の助手たる男しかいないところなら大丈夫だと踏んだのだろう。
蘭が、小五郎が巻き込まれた事件の経緯、病院で会い話した“村中夫妻”、そして。そこで話したことが犯人プラーミャに犯行動機を意図せず与えてしまい子どもたちが殺害されようとしていたこと。
「わたしがあのとき、しゃべったから……」
結婚を控え愛らしくそして子どもたちを気遣う優しい女性、それが蘭の相対しての彼女の印象だった。それがそう演じていただけで、知らず蘭は犯人に加担していたのだ。そう溢す蘭の肩は震えていた。
「わたし、最初にコナン君から新一のこの推理を聞いたときに、犯人はクリスティーヌさんじゃなくて村中さんだと思ったの」
きっとそれは二者択一を考えたときに彼女じゃないといい、という気持ちが無意識に蘭の中にあったのかもしれない。
推理を聞いた直後は犯人の残酷さに震えた彼女はその後その爆弾魔が捕まり連日報道される中で、じわりじわりなんとも言い難い自責に苛まれていったのだと吐露した。病院通いでの疲れもその思考に拍車をかけたのだろう。
「でも、巻き込まれた子どもたちはあのガキンチョたちで。爆発があっても助かったんだし。
渋谷も大爆発は蘭のおかげで未然に防げたってことでしょ? 被害はあんまりないし。爆弾魔の犯人も捕まってるんだし、蘭が気に病むことはなんにもないわ」
「園子……」
「ね! 安室さんもそう思うでしょ!」
「えぇ、もちろん。爆弾魔として数多くの命を奪ったこと、そして蘭さんのような善良な市民をつけ込んだ罪も裁かれていると思いますよ」
優しく慰める園子に更なる一押しを求められ、安室は“安室”としてできる言葉をかけた。逆に安室だからこそ聞けて、慰めることもできたのだとも安室は思う。
そのまま安室は冷蔵庫から昼間、旬のものをと考案試作していたケーキを取り出し2人に差し出した。
「サービスです。毛利探偵や皆さんが大変なときに力になれなかった僕からの。気休めかもしれませんが、甘い物でも食べて元気をだしてください」
「わぁ!ありがとうございます!おっしゃれ〜!……二層になってる?」
「えぇ、さつまいもを使ったババロアにチーズケーキを乗せています」
「良かったね、蘭」
「うん。ありがとうございます安室さん。園子、ありがとう」
まだぎこちなくはあるものも微笑む蘭に安室は微笑み返し頃合いでテーブル席からそっとカウンターの奥へと戻り、少女たちの時間をとりもった。
少女たちが談笑する。
カウンターの道具を手持ち無沙汰ではないが忙しいわけでもない程度に片付けていた安室は、聞こえてきた声に「ん?」と声を上げそうになった。
「そうそう。コナン君から、聞いたんだけど。
『犯人は顔かたちを変えて日本に潜伏している、公安の刑事さんが言ってた』って犯人の特徴。それでてっきり怪盗キッドみたいな変装をしてるだと思ったんだけど、報道見てるとそんな感じしないのよね」
「あったりまえじゃない!キッド様レベルの変装をできる人なんて、世界中そういないってことよ!きっと、捜査をしているうちにおひれはひれでもついたんじゃないの?」
「そっかぁ」
少女たちが件の怪盗の話題で盛り上がる中、安室カウンターの陰で眉を顰めた。
『公安の刑事さん』コナンが会ったのは、安室、風見、そして風見の部下の2人の4人だ。
そして、風見の部下2人は連れてきて帰る最低限のことしか話していないし、安室自身もまた、3年前の事件から犯人の身体能力の高さについては話しているが外見的特徴については話していない。
残るは風見で、彼はコナンそして刑事部の目暮、佐藤、高木を前に公安のもつ会議室で公安の知る犯人の特徴を伝えていた。
『正体不明の殺し屋だ。国籍、性別、年齢全て不明。世界中で活動しているが、活動拠点はロシアで、“プラーミャ”と呼ばれ恐れられている』
『不明』だ。
それは姿かたちを変えられる、という意味ではない。
見た者を全て抹殺しているから知っている者はいない、という意味だ。