某中華飯店にて「クモさん、中華はお好きですか?」
そんなユヅルの一言から始まり、電車に揺られ汽車に揺られバスに揺られてクモとユヅル二人はとある中華飯店に来ていた。
商店街の一角に佇むその飯店は、どこにでもあるようないかにもな個人経営の小規模な店だった。客が行列を成しているというわけでもない本当に平々凡々なその店は、ユヅル曰わく絶品の中華飯店だそうで。ユヅルは何時もどうやってこのような店を見つけてくるのかクモは気になって仕方ない。
「ふふ、拍子抜けしてる顔ですね」
「遠出になるからどんな店かと思えば、随分普通だな」
「世の中優れた物は思わぬ所に隠れているものです」
二人が店の中に足を踏み入れると、カウンターで新聞を読んでいた中年の従業員が慌てて立ち上がって出迎えた。思わぬ客の来訪であったらしく完全に油断していたようだった。
「いらっしゃいませえ。へへ、こんな日にお客とは珍しい。観光ですかい?」
「至高の中華が食べられると噂のお店があると聞いたのでいてもたってもいられず馳せ参じた次第です」
「そんなたいしたもんが出せるかどうかは分かりませんが、まあごゆっくり。メニュー持ってきますね」
席はご自由に、そう言って中年の男はメニューを取りに厨房へと消えていった。
店内はいかにもなアジアンテイストな装調で、丸い複数人用のテーブル席が幾つかと、厨房と対面しているカウンター席があった。そして最初は中年の店員だけかと思っていたがよく見るとカウンター席の奥に若い青年が一人。それ以外には特に客はいないようなのでクモとユヅルはテーブル席につくことにした。
「人、少ないな」
「平日ですしねえ。お昼時からも外れてますし。ピークの時間だと周辺で働いてる人で結構ごった返してるそうですよ?」
「おお、お客さんお詳しい。余程の情報通と見た」
先程の従業員がやってきて二人にメニューを差し出す。禿頭のその店員はどうやら気のいいお喋り好きらしい。口を動かしつつ水とお手拭きを慣れた手付きで並べていく。
「ふふふ、この天宝院ユヅル、この世のありとあらゆる美食への探究心は人一倍ですから」
「おおそれはそれは。しかし先程も言ったとおりあまり期待はしていただかないでいただきたい。何せウチは庶民派な味とお値段がウリですからね。では御注文が決まりましたら呼んでください」
そう言ってまた従業員は厨房に消える。何やらその先から「何余計なこと言ってるネ!!」「うるせー庶民派は庶民派だろおがあ!!」と喧嘩声が聞こえてきたのは気のせいだろうかとクモは呆れた笑みを浮かべる。
「愉快な店員さん達ですねえ」
……気のせいではなかったらしい。
「二人とも仲はいいんだよ。喧嘩する程何とやらって」
ふいに声を上げたのは店に最初から店にいたカウンターの奥の青年だ。栗毛の柔らかい髪に甘いマスク、困ったような微笑みが様になっているいかにもな美少年である。
「彼はああいうけど、ここの料理はどれも美味しいよ。店長の料理への愛情がこもっているからね。彼もそう思ってるのに天の邪鬼だから。ゆっくりしていってね」
そう言って青年はまた自分の料理を食べるのに戻った。常連なのだろうかとクモは思う。
「さてさて僕達も何を頼むか決めましょうか」
「おう」
二人はメニューをパラパラと捲り眺める。
ユヅルが連れてくる店なのだからどんな複雑な名前の料理名が並ぶのかと思えばラーメン蟹玉チャーハンとごくありふれたラインナップでクモはホッとする。そしてその頭に浮かべやすい料理名達はクモの胃をおおいに急かした。
「腹が減ったからな、とりあえず俺はラーメンでいい」
「おやクモさんお目が高い!このお店の人気メニューですよ!」
「……そうなのか?」
「そうですよ。流石クモさん、選ぶセンスが神がかりですね!」
「お前は俺に過大評価し過ぎだ…」
「クモさんは、凄いですよ」
ニコニコとこちらを見るユヅルにクモは何ともいえない気恥ずかしさを感じる。コイツは自分より余程凄いモノを持っているのに、何でこんなに褒め讃えてくるのか。
しかもそこに嫌みはなく純粋なものを感じるから余計にクモを恥ずかしくさせるのである。嬉しさと謙虚な気持ちが入り混じった恥ずかしさだ。むず痒いが嫌ではない。
「では僕も王道を行くとしましょう。店員さあん!ラーメン2つと餃子をお願いします!」
あいよーとやる気のない返事が聞こえてから数分後、テーブルには湯気の立ったアツアツのラーメンと餃子が運ばれてきた。