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    dmiyata14

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    dmiyata14

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    ミイラ男あとべくん×神父見習いじろーくん のパロディおはなし

    駆け落ちマイロード ジローが目を覚ますと、すっかり日は落ちて、民家の少ない郊外の空には星が瞬き始めていた。また居眠りをしてしまった──苦笑して、横に転がっている古びた王冠を拾い上げ、ジローは再び歩き出した。
     ジローには大切な使命があった。この錆び付いた王冠を、今は亡き偉大なる王に捧げ、高貴なる魂を蘇らせるのだ──そう言いつけられて城を出たはいいものの、実のところジローは、この役割の意味や、蘇らせた魂とやらをどうするのかについて何も知らず、ただ、城での勉強や雑用仕事に飽きていたところに舞い込んだ暇つぶし程度にしか考えていなかった。
     そんなジローが言いつけられた使命を背負って城を出たのが今から約三日前。本当ならば一日もあればたどり着く、国の外れの小さな森に、城を出てから三回目の半月が頭上を通り過ぎていったころ、ジローはようやく足を踏み入れた。ここにかの古代王が眠っていると言うらしい。
     鬱蒼としげる木々の合間を縫って進んでいくと、森のなかば、不自然に木の間引かれたところに月の光が差していて、その光の中心に、墓碑が一つ建てられている。古びた墓石は、ジローの腰ほどの高さの、それほど大きなものではないようだ。これが目的の墓なのだろうか──ジローは墓石の周囲をぐるぐるとまわり、注意深く観察した。話に聞く限り、今回用事があるのは、かつてこの国がまだ独立する前、近隣諸国も含めた大きな一つの国だった頃、その大国を十五歳という異例の若さで治めた大王様なのだ。そんなお偉方がこんな小さく質素な墓に眠っているとは考えにくく、けれどその墓碑に刻まれた名前は確かに、今や学校の教科書にも名前が載っている有名人・跡部景吾、その名だった。
     ジローは半信半疑のまま、墓石の前に王冠を添えた。王冠は今までずっと磨かされていただけあって、月の光を受けてぼんやりと光を放っている──ジローは初めそう思ったが、よく見ると、その光は金属が光の反射を受けているものではなく、空洞となっている中心部から出ているようだった。その時初めて、自分が何か並々ならぬ現象に立ち会っているのだと、ジローは実感した。
     やがてその実感は強烈な映像となって、ジローの脳裏に焼き付くことになる。
     王冠の光が一際強くなったと同時、足元の土がいきなり音を立てて隆起したのだ。とっさに飛び退いたジローの目の前に、彼は現れた。土に覆われた棺桶の蓋を重そうに押し除けて、包帯に覆われた体で少しずつ地表に這い出てくるのは、確かに、ジローと同い年くらいの若い男の見た目をした人間のようだった。目覚めたその人こそ、ジローが起こすよう言いつけられていたかつての王・跡部である。
     彼は眩しそうに目を細め、それから辺りを見回して、ジローの姿を見つけると一言言った。
    「俺様の誕生パーティーにしては随分質素だな、アーン?」
     ジローは当然のように動いて話す死体を前に、疲労とショックで気絶した。
     跡部は、いきなり墓から叩き起こされた挙句、目の前で見知らぬ若者が急に倒れたものだから、訳もわからずしばらく呆然とした。けれど一向に起きないジローを捨ておくこともできず、不自然な格好で倒れている体をまっすぐに横たえてやり、自分は辺りを少し散策することにした。
     跡部は、この森には覚えがない。町を探そうかと歩きかけたが、思いの外森が深そうだったので、倒れた彼を放って行くわけにもいくまいと、元いた墓碑の前で座り込んだ。墓碑には確かに自分の名前が刻まれているが、生前こんなものを作らせた覚えもなく、自分が死んだ後、この国では一悶着あったのだろうと唸った。
     やがて太陽が昇り始め、ジローはようやく目を覚ました。うーんと唸って体を起こしたジローは、当然のようにそこにいる、包帯巻きの男を見て、昨夜の光景が夢でなかったことを改めて身につまされることになる。
    「み、ミイラ男じゃん……」
    「そりゃご挨拶だな、てめーこそ何者だ」
     二人は互いに距離を取り合って、けれど訝しむ視線を逸らすことなく、じっと互いを観察しあった。
    「俺はこの国のお城で、一応神父やってんだけど。オメーは?死人?」
    「さっきから失礼だ。まさかこの俺様を知らねえのか?」
     跡部の言葉に、ジローは首を横に振って「跡部景吾でしょ、知ってるC」とおちゃらけて見せた。
    「教科書に載ってたよ。まさかこんなイケメンとは……みんなに教えたら今でも女の子に大人気になりそ」
     ジローの言葉に跡部は満更でもなく、得意げに王冠を撫で回した。
    「それで?その神父とやらが、俺様に何の用だ」
     跡部の言葉に、ジローはハッとして空を見上げる。雲ひとつない秋晴れの青空だ。城を出てから四日は経ってしまったか。本当は、出発した十月一日の夜には戻ってこいなどと、無茶な言いつけをされていたのだ。きっと今日は十月四日だから、今から帰っても怒られることは確定である。それならば、多少寄り道して遅くなっても変わらないだろう。
    「俺と一緒に来てほしいんだけど、その前に腹減ったから、ちょっと付き合ってくんない?」
    「付き合うって……何しに」
    「ハロウィンのお菓子集め」
     ジローはぐうぐうと鳴きわめく腹の虫を一刻も早く宥めたかった。そのためには、この知らない町で、自分や跡部の格好を仮装と言い張って、町民からお菓子をせびるのが一番だと考えたのだ。何のことかわかっていない跡部の腕を引っ掴んで、ジローは森を抜けるために歩き出した。
     跡部の腕は確かに人の形をしていて、けれどその肉に温度はひとつも宿っていない。ジローは今一度跡部の顔を見た。彼は自分が死んでいることを自覚しているようで、けれど今こうして体を動かせていることに何の疑問も抱いていないようだった。
    「ねー、跡部」
    「呼び捨てか?いい度胸だな」
    「だって多分同い年じゃん。今は王様じゃないんだし、Eでしょ。オメー、変だと思わないの?自分が動いてるの」
     跡部は腕をとられて歩きながら、しばし黙って考え込んだ。
    「そうだな……不思議なもんで、目覚めた瞬間から、俺は自分が死んでいたことも思い出したし、この王冠に起こされたこともなぜかわかった。そういうもんなんだろ」
     いまいち要領を得ない回答に、ジローも首を捻りつつ「そっかー」と気の抜けた返事をした。
    「てめーこそ、死体の腕引っ張って歩くの、気味悪くねえのかよ」
    「うーん……」今度はジローが考え込む番だった。
    「そりゃ、よく考えたらフツーじゃねーけどさ……でもオメー、思ったよりフツーに喋るし動くし、あんまりなー」
     それからふと足を止め、ジローは跡部の方に振り向いた。
    「あ、わかった!転校生が来た時に似てんだ。珍しいけど、ただ新しい友達が増えただけって感じ」
     ニコッと笑ったジローは、それから再び森を抜けるべく、跡部に背を向けて歩き出した。相変わらず腕を引かれながら、跡部は、ジローの言った『友達』という言葉を心の中で反芻した。生前、血筋で生まれながらにして王位を持っていた跡部に、彼のように何の損得勘定もない屈託のない笑みを向けて、自分を友達だと言ってきた人はいただろうか。
    「……フン、無礼なやつめ。名乗りもしないで、友達、とはな」
     跡部はあくまで不遜な態度を貫き通すつもりだったが、友達と声に出す時少しだけ気恥ずかしさが勝ってしまった。「ジローだよ」と返す声は、胸中を隠そうともせず弾んでいた。
     町に出た二人は、早速、ポツポツと点在する民家の扉を叩いて回った。
    「こんにちは〜、トリックオアトリート〜」
     けれどその町の人々は、着慣れた神父服に身を包んだジローを見て、それから隣にたたずむ古びた包帯巻きの跡部を見て、ぷぷ、と笑ってかぶりを振るばかりだった。
    「君たち、気合い入れた仮装で来てくれたところ悪いけど、ハロウィンはまだまだ先だよ?三十一日になったらおいで」
     三軒ほど回って、みんなにそんなことを言われて追い返されたジローたちは、ついにお腹が空きすぎて歩けなくなり、町の外れの原っぱに座り込んだ。と言っても、腹が減っているのはジローだけで、跡部のほうは、空腹感を感じる体ではないようだった。
    「生者は苦労するな」
    「オメーだって昔そうだったくせに」
    「俺様は腹を空かせて死にかけたことなんてねえ」
     やがて太陽がさらに昇り、町は商店が軒先に品物を出して活気付き始める。跡部はふと思い立ったように、ジローをその場に待たせると、果物売りの店主に声をかけに行った。
    「おい、そこの主人。なんでもいい、すぐ食べられる果物をよこせ」
     いきなり現れて偉そうなミイラ男の言葉に、店主は当然ながら眉をしかめた。
    「お金は?あるの?」
    「金だと……?貴様、この俺様が誰だかわかって……」
    「ギャー!跡部待って!」
     ジローは跡部が無茶な交渉をしようとしているのに気がつき、転げるように店の前へと走ってきた。
    「ごめんなさい!お金、お金多分あるんで、えーっと、いくらですか?」
     そうして店主が鬱陶しそうにしながらも売ってくれたブドウを受け取ると、ジローはペコペコと頭を下げて、跡部を引きずって戻った。
    「王様気分で買い物しようとすんな!」
    「アーン?気分じゃねえ。正真正銘、王だが?」
    「今はちげーっしょ!あー、マジマジビビった〜……」
     ジローはため息をついて、一房のブドウから一粒もいで、皮も剥かずに口の中に放り込んだ。これっぽっちの栄養源でも、体は大喜びして舌の上から糖分を一生懸命に摂取しようとしているらしく、三日三晩の長旅や、跡部と邂逅してからの衝撃の連続で疲弊した心身がみるみる癒えていくようだった。
    「あー、沁みる〜!オメーも食べなよ、ほら」
     一粒もぎったブドウを跡部に差し出すと、跡部はそれを受け取って、けれど口の中に入れるのは躊躇っているようだった。
    「どしたの?まさか、庶民のフルーツなんか食えね〜って?シャインマスカットじゃなきゃ嫌?」
    「いや……」
     跡部は少しだけ渋って、ブドウをじっと見つめた。
    「この体は、食べ物を口にしても平気なのか、と」
     ジローは吹き出して、跡部の冷たい背中をパシパシと叩いた。
    「今更すぎっしょ!こんだけ動いて喋ってさ。大丈夫だって、おいCよ?」
     ジローに背中を押され、跡部は恐る恐る、ブドウの皮を剥いてその実を半分ほどかじった。口の中に入った果実は、確かに甘い味がする。それはこの果実自体の味なのか、それとも、生前に食べたブドウの記憶がそう感じさせているだけなのか──隣で無邪気に笑っているジローをよそに、跡部は今更ながら、自分の存在について懐疑的になっていた。そんな不安を汲み取ったジローは、もう一粒を自分の口に放り込んで「甘くておいC〜!」とわざとらしく声をあげた。
    「ねー、跡部ー。おいCね!」
    「あ、ああ。そうだな……甘い。甘いんだよな」
    「そーだよ。甘かった?なら大丈夫」
     うなずくジローの瞳は、生前そばにいてくれた信頼できる従者のものとも、自分を崇め奉る国民たちのものとも違う。これが友達の瞳なのかと、跡部は興味深くその飴色の輝きを見つめていた。と思った矢先、その飴色がうつらうつらとし始めて、すっかり見えなくなってしまったかと思えば、ジローは無遠慮に跡部の膝の上に転がって居眠りを始めてしまった。
    「な、何だジロー、どうしたんだ」
     跡部の問いかけにもジローは答えない。早速寝息を立て始めたのを見て、跡部は信じられないと困惑した。こんなに早く入眠する人間は初めて見た──それも、仮にもかつて王だった人間に、断りもなく膝枕させるとは。跡部はワナワナと震えたが、怒りというよりは、今朝から続く彼の距離の詰めかたへの戸惑いの方が大きくて、ジローの取り落としたブドウの房を持ったまま、その手をどこにやっていいか分からずにうろうろさせていた。
     それから一時間ほどして、ジローはようやく目を覚ました。
    「あ〜、よく寝た〜……」
    「よく寝た、じゃねえぞ。てめー、当時なら即殺されても文句言えねーからな、こんなの」
     跡部はまだ、手にしたブドウもそのままに、どこかぎこちなく座っていた。
    「ゴミンネ。オメーの太もも、ひんやりして気持ちよかった〜」
    「不敬を重ねるな。ほら、さっさとブドウ食っちまえ」
     いまだに膝の上から退かず、血の通っていない足に抱きつくように腕をまわすジローに、跡部は動揺しながらなんとか言葉を発した。心臓が動いていたら今頃大騒ぎだったろうと思い、自身が動くだけのただの死体であることにホッと胸を撫で下ろした。
     ブドウをようやく全て平げ、二人はやっと城への帰路を歩み始めた。道中の景色に、ジローはずっと退屈そうにあくびをしていたけれど、跡部にとっては、懐かしい山々の景色もあれば、見知らぬ塔などが見えたりもして、なかなかに心躍る旅路であった。どこか楽しげな跡部の様子に、ジローも、景色自体は退屈しても、隣で現世にワクワクしているミイラ男の様子を観察するのは悪くないと、隣をこっそり窺いながら歩いた。
     城につくなり、当然、ジローは先輩の神父たちに引きずられるように、懺悔部屋へと連れて行かれた。跡部はその背中をどうにもできずに見送って、自分もまた、城の者だという騎士風の男に連れられて、ベッドと机と小さな本棚があるだけの、窓もない小部屋に閉じ込められた。
     懺悔部屋に連れて行かれたジローは、狭くて暗い部屋に一人で閉じ込められ、外から投げかけられる先輩たちのお叱りの言葉を延々と聞かされ続けた。
    「本来ならば跡部様には、一日の夜からここで教育を受けていただく必要があったんだぞ!それをお前はなんてことを……」
    「このままでは儀式に間に合わないかもしれない……もしそうなったら、ジロー、お前は斬首だぞ!」
     彼らの言葉にうとうとしながらも適当に頷いて、ジローはようやく懺悔部屋から出してもらえた。自室に戻る頃にはすっかり夜も更けていた。ジローは久しぶりのベッドにごろんと横たわり、ため息をついた。
    (あんなに怒るなら、自分らで跡部のこと迎えに行けば良かったじゃん。めんどいからって俺に押し付けたのは誰だよ……そういえば、跡部はどこにいんのかな。明日探しにいってみよ)
     そうして翌朝、城の掃除を適当にサボりながら廊下を歩くジローは、小さな一室の中から跡部が連れ出され、どこかへ行くのをちょうど発見した。
    「跡部ー!どこ行くのー?」
     ジローの声には、跡部の代わりに、彼に付き添っていた神官が答えた。
    「今日から教育が始まるのですよ。ジロー、お前はサボってないで掃除をしなさい」
     跡部は随分と顔色が悪そうに見えて、けれどそれは生者と並んでいるからだろうと、その時のジローは考えて、夜になるまで適当に仕事をこなして過ごした。
     その夜、誰にも会わないように足音を忍ばせて、ジローは昼間見つけた跡部の部屋にこっそりと訪れた。トントンと小さくノックをすると、中から訝しむように「誰だ」と跡部の声がしたので、ジローは嬉しくなり、彼が扉を開けるのを待たずに自分から中に飛び込んだ。
    「良かったー、居て」
    「なんだ、ジローか」
     ジローの姿を見た跡部は、肩の強張りを解くように息を吐いた。それから、読んでいた本を無造作に枕元へ投げてしまうと、腰掛けていたベッドをポンポンと叩いた。
    「生憎、椅子がこれしかねえ。座りな」
     ジローは跡部にあてがわれた部屋を見渡して、昼間の彼の浮かない様子を悟った。
    「ねー、暇じゃない?ここ」
    「大丈夫だ、本がある」
     跡部は先ほど放り投げた本を拾い上げ、ひらひらとジローの目の前で振って見せた。タイトルはジローも聞いたことのない、分厚くて難しそうな本だった。何の本かもわからないが、ジローには興味も湧かなかった。
    「それ、おもしれーの?」
     跡部は何も答えなかった。実のところ、全く面白くないのだ。だからさっきもジローが来た途端、しおりも挟まず本を閉じてしまったのだった。
    「本読まないなら、俺と話そ?俺も暇なんだ」
    「話?構わないが、何を話すんだ」
    「いくらでもあるっしょ。だって俺たち、昨日友達になったばっかなんだもん」
    「……なら、そうだな。じゃあ、俺の生きていた時代の話でも聞かせてやるよ」
    「何それ、じーちゃんじゃん。でもおもしろそー」
     それから、跡部はジローに彼の生きた時代の話を聞かせた。今から二百年以上前、この国がまだ一つの統治国家だった頃、若くして王になった跡部はその圧倒的なカリスマ性と美貌で民衆を虜にしたのだ──そんなことを言いながら悦に浸っていると、いつの間にか隣でジローは眠ってしまっていて、少々がっかりしながらも、跡部は自分のベッドにジローを寝かせて、その頭をこっそり撫でた。初めてできたただの友達は、友達というよりも犬猫に近いような、気ままで目の離せない奴だと思った。
     その夜を境に、ジローは毎夜、跡部の部屋に忍び込んでは、彼の昔話を聞きながら寝落ちした。毎回毎回寝てしまうのは自分の話がつまらないからだと、跡部としては落ち込む日もあったが、それをジローに言ってみると、ジローは「違う違う」とあっけらかんとしていた。
    「話はおもしれーんだけど、オメーの声聞いてると寝ちゃうんだよね〜。ゴミンネ」
    「……はあ、なんだそれ」
    「でもね、」と、ジローは付け足して、少し恥ずかしそうに俯いた。
    「朝起きたとき一人じゃないの、ちょっとうれCんだ」
     跡部は押し黙った。何か気の利く皮肉でもぶつけてやりたくて、けれど頭が真っ白になって何も思い浮かばなかった。犬猫にはない、人間ならではの奥ゆかしい愛らしさが彼にはあった。
     次の日、いつものようにやってきたジローは、すっかり恒例とばかりに待ち受けていた跡部に耳打ちした。
    「ねえ、お出かけしない?」
     耳を疑った跡部に、ジローはもう一度詳しく自分の作戦を話した。
    「外に出られる裏口があるんだけど、人目がない時間があるんだよ。ね、跡部、毎回お話もEけど、町で遊ぼうよ。この町でハロウィンの再チャレンジしよ?」
    「……けど、お前、もし見つかったら……」
     跡部は、ここに来たばかりの時、散々に遅刻したジローが先輩たちに引きずられていく様子が忘れられなかった。自分があんな風にお叱りを受けることがなかった跡部にとっては、衝撃的な光景だったのだ。けれどジローには日常茶飯事で、気にも留めない様子で「大丈夫、大丈夫」と笑って言った。
    「見つからない時間帯があるんだよ。てか、それ探すのに最近毎日来てたんだ」
    「へえ……お前、なかなか策士だな」
     クスッと笑ったジローの悪戯っぽい笑みに、跡部は何百年ぶりに、年相応の高揚感を取り戻した心地になった。
     二人は息を潜めて部屋を出ると、足早に廊下を駆け、裏口から慎重に城を抜け出した。敷地から出てもしばらくは一言も発さず、町並みが目の前に見えてきた頃、ようやくジローの方から「ぷはぁ〜!」と大袈裟に息をついて見せた。
    「できた!出られた!ね!跡部!」
     跡部は体こそ変化のないままだったが、心の中に渦巻く高揚感から瞳を輝かせてジローに同意した。
    「よし。あんまり時間はねーから、とりあえずあの家行こ。知り合いなんだ」
     ジローは初めて出会った日のように、跡部の腕を取って足早に駆け出した。夜中だというのに電気のついたままの一軒を見つけると、扉を叩いて家人を呼び出した。
    「こんばんは〜、おばちゃん」
    「あらぁ、ジローちゃん!どうしたの?」
    「えへへ。トリックオアトリート〜……って、早いかな?」
     ジローの顔見知りだという女性は、ジローの言葉に困ったように首を傾げて笑った。
    「もう。三十一日にくれば、ちゃんとお菓子あげるのに……」
    「だめ?ね、お願いっ!ほら、このイケメンに免じて」
     しぶる女性に、ジローは跡部を突き出した。突然白羽の矢を立てられた跡部は、けれど自身の役割をすぐに理解した。
    「お美しいマドモワゼル、俺たちに愛の施しをいただけないでしょうか?ほんのひとかけらで良いのです……」
     後ろからジローが「よっ、色男!」と茶化す声がして、跡部は後で彼を引っ叩こうと決意しながら、目の前で顔を真っ赤にして家の奥に戻っていった女性を見送った。やがて女性は、小さな袋に、手作りと思われるソフトクッキーを数枚詰めて持ってきてくれた。家にあった余り物のようだった。
    「ごめんなさいね、本当に、お菓子はこれくらいしかなくって……うふふ、また来てくれたら、今度はちゃんと用意しておくわ」
    「大切にいただきます」
    「ありがと、おばちゃん!」
    「ちょっと、ジローちゃんにあげたんじゃないわよ!」
     二人は女性に礼を言って、駆け足で城へと戻った。ジローの画策通り、見張りのいない時間帯に帰ってこられたようで、跡部の部屋に雪崩れ込むように転がり込むと、二人は見つめあって大笑いした。
    「スッゲー、たーのCーっ!」
    「これっぽっちのために、とんだ大冒険だな!」
    「でも立派な収穫じゃん!食べよ、食べよ〜!」
     もらった数枚のソフトクッキーを袋から出してみると、砂糖とバターの香りがふわりと香って、二人は自然と頬を緩めた。素朴であたたかい戦利品を一枚ずつ手に取って、手本を見せるように、ジローが先にかぶりついた。
    「あっ!これ、チョコ入ってる」
     跡部はジローの言葉を聞いて、なんとなくその食感や味を想像した。けれど一口かじってみると、しっかり焼けたはずの生地が思いの外柔らかく歯に当たる感触が予想外で、かじりながら目を丸くしていると、ジローは楽しそうに「初めて食べた?」と聞いてきた。跡部は返事を考えながら、舌の上でクッキーを味わった。想像していたよりもバターが薄い。砂糖のキメが粗いようで、柔らかい生地の中で少しだけダマになっている。そして、練り込まれたチョコチップは、塊のチョコを無理やり砕いたものを使ったらしく、大きさがまちまちで、その香りも、跡部が生前に食べていた本場のものとは大違いだった。こんな荒っぽい焼き菓子は、正真正銘、初めて食べた。跡部は、初めて食べる、記憶にないはずの食べ物の味がはっきり分かることに気がついて、かじったものを飲み込んでから、ジローの問いかけにようやく頷いた。
    「ああ。庶民の味も、なかなか悪くねえな」
    「でしょー?あのおばちゃん、雑だけど腕は確かだよ」
     ジローの言葉に、跡部は、この焼き菓子をもらう過程を思い出し、ジローの頭をげんこつで叩いた。
    「いてっ!なんだよ急に」
    「てめーのこと引っ叩こうと思ってたの、今思い出した。俺様のことダシにしやがって」
    「えーっ、何それ!忘れたままでよかったっつーの」
     叩かれたところをわざとらしく手でさするジローをチラリと見てから、跡部はふいとそっぽを向いてクッキーの残りをかじった。その横顔に笑みがこぼれているのを、ジローはしっかりと目の当たりにして、自分もまた頬を綻ばせた。
    「楽しかったね、今日」
     跡部はクッキーを頬張ったまま何も言わず、けれどその沈黙を肯定と捉え、ジローは心を弾ませて続けた。
    「明日はどこ行く?この町、意外といろいろあるんだよ」
    「……例えば?」
     跡部の言葉に、ジローは少し考え込んだ。
    「うーん。……あ、テニスコート!跡部、テニスって知ってる?」
    「くくく、何言ってやがる。テニスといえば、貴族の嗜みだぜ」
     自慢げに返した跡部の言葉に、ジローはたちまちに目を輝かせた。
    「マジマジ⁉︎じゃあさ、明日はテニスしよ!うわー、やったー!楽しみだー!」
    「おい、何一人で盛り上がってんだよ」
    「えっ、やらねーの……?」
     途端に眉を八の字に垂らして寂しそうに覗き込むジローの様子に、跡部はうっと唸って、それからため息を一つついた。いわれのないはずの罪悪感に勝手に駆られて、跡部はジローの頭をくしゃっと撫でた。
    「誰もそんなこと言ってねーだろ……」
     ジローは頭をガシガシと揺すられながら、明日テニスをして遊ぶ約束ができたのも、今こうして少し乱暴に頭を撫でられているのも、どっちも嬉しくて、緩んだ頬がしまらずに心底幸せそうにしていた。
    「えへへ。よっしゃー、明日も楽しみだなー!……あっ、でもミイラってテニスできんのかな?」
    「飯も食えるんだ、テニスなんか朝飯前だぜ」
    「朝飯の前は絶対見つかっちゃうって!」
    「馬鹿か、言葉の綾だ。少しは真面目に勉強しろ」



    といった感じで、いろいろあって仲良くなり、いろいろあって城を爆破しふたりで逃避行をするおはなしの予定です。
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