40年前ぐらいの話だ。俺にはA山という友達があった。7歳だった俺達は何も考えず危険地帯に入ったりもした。両親にばれたら死ぬほど怒られたけどなんというか、当時はやめるという選択肢がなかったようだ。俺達はそう言うのがあの頃から大好きでどうしようもなかった。そんなバカたちの大騒ぎような毎日が続いたある日、A山が大興奮して俺達がよく遊んでいた空地に駆けつけた。A山は息をつく暇もなくこう言った。
「俺黒いエルフとお話した!」
みんなの間に一瞬でざわめく雰囲気が漂った。今はエルフに何の感想もない時期になったが、当時は一部の地域のみ現れていた存在で会っても怖がりながら話しかけないのが普通だった。なのにエルフ、それも黒いエルフと話をしたなんて。当然俺達はしばらく黒いエルフの話で持ちきりだった。あの時出た対話の中で一番記憶に残るのがどうしてなのかこの話だ。
「あのエルフ、海に行ったことがないって。」
「え?嘘でしょ。」
30分ほどあるくべきだが、何しろそのくらいのところに海はあった。それなのに行ったことがないという話だった。
「俺も理由はしらない。写真を見て綺麗な場所だと思いました、と言ったし、どうがもいくつか保存しておきました。と言って動く絵を見せてくれる板を差し出した。」
今考えるとあの板はタブレットPCだろう。エルフは本当にとんでもない種族だから、その頃にそういうものを持っていても理解できるけど本当にとんでもない種族だな。でも俺たちに問題はあの板よりも、そこまでしたのにどうしての感想が強くてその部分を納得していなかった。
「今からでも連れて行ってみる?」
「俺もそうしたかったけど、あのエルフどんぐりを一生懸命拾ってどこかへ行ってしまった。」
「どんぐりぃ?」
「うん。どんぐり。」
その話題はそういう間抜けに終わってしまった。あの頃は黒いエルフの話にせいぜい一週間くらい興味津々で、すぐに飽きて他の楽しみを探したけど年月が経つにつれて何故か海に行かない黒いエルフの話は時々その記憶をよみがえらせた。そして今日B田と久しぶりにいっしょに飲んだ。酒がある程度入って雰囲気が冷めたころB田からその話題が出た。
「こないだA山の葬式の時さ。」
「あ?うん。」
「來たんだよ、あの黒いエルフ。」
「え?」
俺はA山の寝たきりになっていた時と葬儀の始めの部分だけを守っていたので全く知らなかった。
「した?話し。」
「した、した。」
「何の話してた?」
「A山があのエルフと別れる時、連絡とかできないの、とか聞いたらしい。それでその板にA山の事を登録したって。」
「あん時A山のやつそんなこと一言も言わなかったじゃん。」
「本人も忘れたんだろう。 あのエルフもA山の死亡が通知で伝達して来てみたって言ったよ。」
「エルフのタブレット何物なんだよ。」
「本当にさ。」
B田はそこで話が終わったように黙り込んでふと思い出したように言葉を続いた。
「あ。この前、バスを乗り間違えて海辺を見物したそうだよ。」
「海辺?‥‥‥。は?」
それなりにとても重要な話をさりげなく話すB田に呆れたけどB田はかまわずぺらぺらと話した。
「実物をすぐ近くで見たのは初めてだからバスの窓越しに長い間見ていたんだって。夕焼けの頃だったから、太陽の光がきらきら輝くのが良かったですと言った。」
思わず何も答えずに、すぐ想像してしまった。バスを乗り間違えてなぜか行かなかった海を見るようになったダークエルフ。俺だけじゃなくB田も同じ事をしているように何も言わずに酒を飲んでいて、あと少し口を利いた。
「A山を見てこう言った。子供の頃そのままですね、と。」
その後は自然に黙ったが、不愉快な沈黙ではなかった。
「あ、そうだ。俺あのタブレットに登録した。」
地下鉄のドアが閉まる直前B田がそう言った。
「その頃には海に足を浸すかな。」
まあ、俺は聞けないけどね。そのB田の笑顔と一緒に地下鉄はドアを閉めて去ってしまった。泥酔した頭の中に揺れる想像を見ながら徐ろに家に向かった。またバスを間違って乗って、今度はバス停で降りて海に向かうダークエルフ。何故かそれ以上は全然想像出来なくて、笑いながら納得した。俺はやっぱりこのエルフにはあえないな、と。