宿の日の話「なァ、たまには宿に泊まれよ」
「は?」
それは、いわばいつものイレヴンの気まぐれだった。
いつもは文字通り、常に影のように傍に居て、イレヴンの意を汲んですみやかに彼の求めるものを差し出す。
各街や森の奥、その他人の目に付かない場所にある拠点でしか、まともに相対する事はほとんどない。そんな、『精鋭』と呼ばれている者達の中、分厚い前髪に目元を覆い隠した男は、のんびりとしたイレヴンの言葉に首を傾げた。
「宿……スか?」
「そ。たまには宿に泊まれよ。今日、隣の部屋空いてるってさ」
まるで良い事を思い付いた、と言わんばかりのイレヴンに、男は引きつった笑みを唇に浮かべた。
明るい陽射しの下であっても、あくまで「影」として動く事も多く、日々なるべく目立たぬように動いている身だ。まさかそんな事を言われるとは思ってもなかった。
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