未遂の罪
真面目で素直、甘え下手で意外と頑固。私の中での伊地知くんはそういう認識の後輩だ。そう。唯一の、可愛い後輩であった。そんな彼とは、呪術界を去ってからは意図的に連絡は取っていなかった。こちらの自己都合であるのに連絡をとって相手に気を使わせるのに申し訳なく思っていた、というだけでなく、あの業界に後ろ髪を引かれたくなかったのだ。
しかしこの度、私は呪術師という恐ろしく旧態依然としている業界に出戻ろうとしている。それに際して事務手続きを行うための電話が鳴り響いた。呪術高専からの着信ではなく、よくよく知った個人名が表示された画面。見覚えのありすぎる五文字。勝手に心拍数が上がった。電話に出た声は上擦っていないだろうか。そんな私の心配をよそに、電話越しの伊地知くんの声は淡々として落ち着いていた。社交辞令を挟みつつも、無駄なく、よどみなく出てくる必要書類の案内。久しぶりの先輩とのやりとりに懐かしさを感じているというよりは、ピリ、とした緊張感を醸し出していた。その様子に、ああ、彼は大人になってしまったのだなと寂寥さえ込み上げてしまう。
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