睡眠不足 伊藤は最近眠れていない。それが季節の変わり目のせいなのか、喧嘩が増えた日々のストレスからなのかはわからない。
校舎の屋上で、春の生温い空気にあたりながら校庭をぼーっと眺める。睡眠不足で重たい瞼のせいか、普段より薄ぼんやりと見える校庭には下校時刻を迎えた生徒達がわらわらと各々目的の方向へ流れていく。騒がしく下校する者、楽器やスポーツ用品を抱えている者が見えた。
その中で、一際目を引く頭をした人物が三橋だ。茜色になった空から降り注いだ陽光をちらちらと反射させた三橋の金色の髪は周りの暗い髪色の中でよく目立っている。どうやら三橋はこちらに気がついているようで、今から屋上に行く、といったジェスチャーを俺に向けているらしい。
一日を終えて、また眠らなければいけない時間がきた。今日はいつもより三橋の金髪が目につく。教室でも気がづけば自然と目で追ってしまっていた。いつも通りなかなか寝付けず、横になりながら今日あった出来事を思い返してしまう。
春らしい眠気を誘う日であった事、三橋がまた厄介ごとを持ってきた事、光を受けた金髪がとても綺麗だった事、
こんな事を少しでも考えてしまった事に自分でも驚いた。今でさえこんな考えをしてしまっているというのに、このまま眠らなければ明日にはどうなってしまうのだなどと考えてしまう。伊藤は変にふわふわする頭を無視して目を閉じる。
きっと、睡眠不足の瞼が視界をぼやかしているせいだ、三橋が目立つ髪をしているせいだと自分を言い聞かせた。その睡眠不足も結局、なにかと厄介ごとがついて回る三橋が原因だという事に伊藤は気が付かないふりをした。