冷やせるもんって限界がある音が暑い。
どうしてこう蝉の鳴き声ってやつは音だけで暑いのか。
夏の象徴みたいな顔をして、ブクロのど真ん中で鳴きやがる。
昔はそれなりに、小さかった二郎と一緒に蝉取りした覚えもあるが、今じゃセミ爆弾にみっともなくビクッと肩を竦めてしまうほどには、生き物と縁遠い生活を送っている。
ちなみに、サブちゃんは昔から虫が苦手だから三郎と虫取りや生き物を見つけに公園に出かけたことはほとんどない。
二郎は今でも蝉の抜け柄ひとつで喜んでいるが。
ああ、そういえば身近にもう1人、いや、2人ほど蝉に喜ぶ人間がいたな…。喜ぶというより、まるで学会に出ているかの様な神妙な顔でこれは何ゼミだとか、羽化したてだとか話していたな…。
などと、今は遠くの地元の様子に意識を飛ばしながらひたすら山道を歩く。
この名に山を背負う男として、山道の一つ二つ顔色変えず歩いてみたいものだがやはり、アスファルトとは違う1歩ごとにバランスを調整しなければならない土と岩、植物に覆われた道は歩き辛い。
いつものスニーカーより、頑丈なものを選んできたのだがやはり素の脚力のようなものが違うのだろう。自分のような大きな足には向いていないのかもしれない。ほら、だって鹿だとか動物ってのはつま先で歩いてるじゃねぇか。設置面積が少ない方がこんな場所ではバランスも取りやすいのではないだろうか。
(あー、だから空却も)
本人に言えばパーではなく強烈なグーが飛んでくるので言えないが、あの足の小ささであればピンポイントで歩けるのではないだろうか。
都会の蝉とは違う種類が鳴いている、空厳寺の裏山はトウトより幾分も涼しい。
土や葉が熱を吸収し、木陰では肌寒いほどだ。
住職から貰った裏山の地図を取り出し、目の前の看板と見比べる。
都会育ちの自分には十分獣道だと思えるが、看板も立ち、ある程度道になっているこれは整備されているということなのだろう。
すぐ横に遭難注意の看板があるのは置いておいて…。
「ええと、こっちが修行場だな。」
ナゴヤで仕事が入った、というか入れたのだが、ので、空却に会いに来たんだ。
一応?曲がりなりにも?紆余曲折を経て?恋人という称号を手に入れたもんで、暇があればそりゃぁ会いたい。まぁ暇がないから無理矢理出張して来たのだが。
最後にあったのは春だ。
いや、最早この日本に春と秋があるのか怪しい気候になっては来ているが、5月はギリギリ春だろう。
ゴールデンウィークからこっち、時が爆速で過ぎるほどには仕事仕事仕事ざんまいだった。
こうして緑を楽しむ余裕すら持てず、かと言って空却は現実的なやつだ。会えないなら会えないで辛抱できてしまうやつだし、寂しいとかいう可愛い気が少々足りな…いや、強いから大丈夫なタイプ。大丈夫なタイプってなんだよ、なんかもっと言い方あんだろ。語彙力はどうしたんだよ、言葉の引き出しもっとあんだろ俺……
「…………流石にもうあっっっちぃ…朦朧としてきた…まだ着かねぇのか?!」
山の500メートルって通常の1キロくらいあんじゃねぇのか?!
汗を拭きながら地図を確認し直した直後、水の落ちる音がする。
どうやら近くのようだ。
「はぁ、やっとか…!おれも滝入っていいかn」
「一郎ォ?なんでいんだよ?コッチ来てたのか?」
滝行に向かったという空却がそこにいた。
のんびり岩に腰掛けながら、寛いでいる。
女の子でも行衣ってやつがあるんだな。
神だな。
かなり神だな。
なんでかってそりゃ
「乳首ッッッッッ」
右手に握りしめた地図がグシャっと潰れる。
ちょっと待てよ。俺はカッコよく「仕事で来てたんだよ。ついでだっつーの。」とクールな感じで言いたかったし、乳首、違う、いや、違わねぇが、そんななに?なにそれ服??ふーん、エッチじゃん???エッチすぎる……なんだこれは……行衣ってこんななの?え?テレビで見た時そんなスケスケな服きてなかったよ??お前自分家の裏山だからってやっていい格好と悪い格好があるだろうがよ。どうすんだよそんな格好見られたら。例え猿でも見られたら俺ソイツボコボコにしちまいそうだよ…
「よぉし、テメェも入れ」
久しぶり会ったってのに抱擁のひとつも無く、容赦なく滝にぶち込まれる俺。
力がすごくつよい。何コイツ、山だとフィールド効果でいつもの倍くらい力もちになるの?もう山の主じゃん。クマでも勝てねーって。
好きだ……
「おぼぼばばぼぶばぼぶぶぶ」
「しっかり合掌しろ一郎経は勘弁してやるからその分その煩悩をしっかり冷やして無くせコラ」
「びぶばでばんおぼれ?!?!?!」
「あと1時間。」
「いびびばんぼ?!?!びぶびぶっべ」
「ったく、久しぶりに会えたと思ったら…拙僧のカレシだってのに煩悩に取り憑かれとってどうすんだテメェは見ねぇうちに鈍りやがって男子三日合わずんばってかァ?!拙僧がきっちりシャキッとさせたる。」
絶好調だコイツ…すげぇ絶好調。滝、めちゃくちゃ痛てぇし寒いしヤバい。これやっててなんでこんな元気なんだよ!
「うう…寒ぃ…寒すぎる…」
「ヒャハハハいや、流石一郎お前今まで修行付けたやつの中で初めてでマジで一時間耐えられるやつなんて居なかったぜ!」
「テメェがやれっつったんだろ……ほんとに人格が破綻してやがる…。」
見事滝に打たれること1時間を耐えきった一郎に、空却は大層ご機嫌になった。
震える体を引き摺りながら(空却のビショ濡れセクシーショットは後ろに断固隠しながら)、本堂まで帰りつき、行きがけに置かせてもらってた荷物を引っ張り出して乾いた服に着替えたが、芯まで冷えてしまった体はまだ寒さを訴えていた。
「確かに言った!だが出来るか出来ねぇかは本人次第、命の危険を感じれば誰でも途中で投げ出す!特に最初はな。だがよ一郎。テメェは本当にスゲェやつだ。根性が座りきっとる。一郎が像になったら台座は岩座にしろって言っとく。」
「ンだよそれ…なんでもいいけどよ。てか、いきなり来ちまったけど大丈夫か?」
「大丈夫に決まってんだろ。いつまでいれんだ?」
空却は体温が低い割に慣れているから平気なのか、いつも通りの様子で一郎の膝にまとわりついている。
今はその体温が心地よく、膝の上に座り直させて後ろから抱きしめた。
「あ〜あったけぇ…とりあえず、明日明後日で仕事入ってる。」
「おー、なら泊まってけや!なんなら明日も明後日も泊まってけ!」
「ん…」
メッセージアプリの返信は、おう、とか分かったとか非常に簡素で感情が感じられらないのに、実際に会う空却はいつもこうだ。この、「一郎大好き♡(一郎視点)」な感じを文章越しでも伝えてくれれば良いのに…。でもギャップ萌えってのもあるよな。
ムニッ
「………」
これはあれだ、いつも通りだが下着を付けてない。
慎ましやかではあるが無くはない、柔らかな肉が一郎の腕にちょっと乗る。
襟首から中覗きてーーーーーッVSいやいやご実家で寺だぞ馬鹿なことはやめろVSダークライ 勃発
ダメだ、覗きてーーーーーッが若干有利一馬身、二馬身…差をつける
つけるなまてまて頑張れダークライがんばえ〜ッッッッ馬鹿なことはやめろ選手もがんばってくださいさっき煩悩消せって滝にぶち込まれたのもう忘れたんか?!今度は護摩行とかさせられんぞ暑いの嫌
「なぁ、街出る?シてーだろ?」
空却が自らシャツの首もとを引っ張って、一郎が中を見下ろせるように空ける。
オイオイ、さっき煩悩消しに掛かってたのはなんなんだよ。どういう事だよ。出たよ空却のコレ。いつもそうだ。さっきは修行場だったからか?そうだ、きっと…そう……だ………
鎖骨が2つ、桃色が2つ、おへそがひとつ、それしか考えられず。
たっぷり3分ほどガン見しながら固まった後、一郎は今年1番力強く頷いたのであった。