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    hiwanoura

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    hiwanoura

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    パティシエなタルタリヤと大学の先生な鍾離先生の現パロ鍾タル。ここからなにかが始まる話の先生目線。実は軽く④から続いてました。

    ##パティシエパロ
    #鍾タル
    zhongchi

    パティシエなタルタリヤと大学の先生な鍾離先生の話⑤の2「なんだか楽しそうですね?」

    ゼミ生からの提出物です、と差し出された紙の束を受け取り、ありがとう、と返したその返答。それに、思わず首を捻る。全館一斉管理の空調のおかげで、外気温とは比べ物にならぬほど暖かな室内は、まだ生徒たちも集まっておらず、己と、この目の前にいる修士課程の生徒以外には誰もいない。つまり楽しそう、と称されたのが自分であることは明白だった。

    「俺が、楽しそうだろうか?」
    「はい。鍾離先生、なんとなく朝から楽しそうです」

    論文のための資料作りに、と朝からパソコンを睨みつけていた視線は、知らず此方にも向いていたらしい。他の学生とは違いほぼもう授業に出ることも無く、比較的顔を合わせる機会も多い彼にそう言われると全く自覚はなかったがそうなのか、と妙に納得してしまう。楽しそう…小さく口の中で呟き、ムニムニと己の頬を揉んでいると、目の前の彼は、何かいい事でもあったんですか?と笑いながら腕からこぼれ落ちそうな書籍を持ち直した。

    「いい事、か」

    そう問われ、頭に浮かんだのは今朝方会ってきた一人の青年。明るい茶色の髪にクルクルとよく回る表情の、どこかあどけなさの残る彼のことを浮かべて、思わず、ふ、と笑みが零れた。

    「そうだな、」

    あれはなかなかに、気分の良いものだった、と。顔の緩むのも気にせずそう返すと、目の前の生徒は何故か「ひぇ顔が良い」と、謎の声と共に顔を本で隠してしまったのだった。




    自分も久しぶりに何か作ってみるか。
    週末、金曜。ふと、そう思い立ったのは帰宅を急ぐ者と、一週間の労を労うために街へと繰り出すものとが行き交う帰り道だった。さて今日の夕飯はどうするか、と空腹に鳴きそうになる腹を擦りつつ、帰路を歩んでいた、その時に。唐突に数日前に食べた栗ご飯を思い出したのだ。切っ掛けは、始終酔っ払っている昔馴染みに貰った…というか、有無言わさず渡された大量の栗。それの処理に困っていた所に偶然現れた最近懇意にしているケーキ屋のパティシエの青年が「その栗、食べられるようにしてあげる」と。まるで幸薄い少女を導く魔法使いかのように……いや、この例えでは俺が少女になってしまうな、まぁとにかく、そう言って、手を差し伸べてくれたのだ。彼のお陰で栗は見事に全て皮を剥かれ立派な素材となり、そうしてそこで、件の栗ご飯を馳走になった、という訳だ。うっすらと塩気の効いたご飯にホッコリとほのかに甘い栗の混ざる、栗ご飯。自分で作る事はないし、普段食べることも少ないそれは、一口口の中に含むと、止まらなく成程に美味しく、作った当人には「そんな慌てなくてもいっぱいあるから」と笑われてしまった。それ程に美味しいと感じたあの味は未だ忘れられず、それと同時にその栗ご飯を作った青年の、表情も忘れられないでいた。自分の作ったものを食べてもらう事への満足感からなのか、照れたよな、嬉しそうな、そんな表情。ふわふわ緩んだそんな顔で見られるのは、なんだか心の真ん中の柔らかな部分を擽るような、不思議な感覚を感じた。
    そんな彼を見たからだからだろうか。
    自分でも久しぶりに何か作るか、と思い至ったのは。
    料理は嫌いでは無いし、毎日夕食朝食は簡単なものを自ら用意しているが、久しぶりに作りたいと思ったのは、時間のかかる煮込み料理だった。凝り性なせいかどうにも時間のかかってしまうそれは、平日に調理できるものではなく、最近はなかなか作ることができなかったが週末であれば時間も取れる。ならば、と。思い立ったら向かう先はひとつ。帰路からは逸れてしまうが、この時期――初冬でもほんの僅かだが出回っている早掘りの白筍を手に入れるために、馴染みの八百屋へと足を向けたのだった。



    水煮の筍でも作れるが、やはり採れてすぐの皮付きのものから作る方が間違いなく美味しい。春先に出回るものより幾分か白みの強い冬筍を丁寧に皮を剥き、ともに買ってきた米糠と赤唐辛子と一緒に茹でて灰汁を抜きながら、ほかの食材を用意する。塩気の強いハムとブロックで買ってきた豚肉。それと、灰汁抜きした筍とをじっくり煮込むことで出来上がるこれは、昔から好んで作る料理だった。何時間も……時には一日以上煮込むと、肉がホロホロに崩れ、ハムの塩気と旨みがスープへと溶け出しじんわりと体に染み込むような、そんな優しい味になる。そのスープをしっかり吸った筍がまた美味しく、一度食すると忘れりない……そんな、一品だった。

    (ふむ…これならば、礼、だと言えば受け取ってくれるだろうか)

    材料を買い求めている時からずっと、頭に浮かんで消えない、彼の顔。久しぶりに料理を作ろう、なんて思ったのも栗ご飯の味を思い出したから、というのもあるが、それ以上にあの表情が忘れられないからだった。俺が食べる様子を嬉しそうに眺める柔らかな表情…いつもの彼ではなかなか見ることができないそんなかおを思いがけず見てしまい、他にもっと、それ以外を見てみたいと…ふと思ってしまったのだ。
    出来れば、自分の手でほかの彼を引っ張り出したい。そんな到底人には言えない欲から、それなら彼と同じ土俵に上がり味覚から攻めるきだな、と。閃き、久しぶりに料理をしようと決めたのだが…。完全に勢いで始めてしまったが故に、今になって果たして、受け取ってくれるだろうか、という不安が胸を過ぎり始めた。俺と彼は所詮客と店主、というだけの間柄なわけだし、客の作ったものなんて普通は受けとらぬだろう…そう思いつつも、意外と勢いで行けば押し付けられるのではないか?と、これまでの彼の様子から楽観的な考えも過ぎる。まぁ、どうにかなるだろう…と。そんな事を考えつつ、灰汁抜きの終わった筍を一度冷やし、鍋へ再び戻し、作り慣れた手順を辿る。トントントンと、柔らかくなった筍を切り、ハムと豚肉も切る。そうして鍋へと入れればあとは火加減を見ながら煮込むだけだ。失敗することはまず無い。味は自信が持てる。大丈夫だきっと、なんて。未だかつて感じたことも無いような不安に眉を潜めつつ、ひたすら、鍋を煮ること十二時間。出来上がった料理―― 腌篤鮮を保温容器に詰めて、そうして彼の元へと持っていったのが、今朝の話だった。
    いつも通りに開店前の店へと赴き、そうして彼に先日の礼だと渡した、スープジャー。予想通りに受け取るのを躊躇う彼に無理やり渡すと、意外にも興味津々で。恐らく朝食も摂らず仕込み作業をしていたのだろう。くう、と小さく腹を鳴らす様子に、可愛らしいという感想と朝食はちゃんと摂れという小言とが脳内で混ざる。一言二言言ってやりたいが、まぁ空腹なお陰でこの場でいそいそとジャーの蓋を開けてくれたのだから、今回は許してやろう。そんな事を考えつつ、匙を口へと運ぶ彼を進むのを見守った。
    …結果は、

    「悪くない反応だったな」

    え?と、思わずこぼれた独り言に、不思議そうな顔をしてこちらを見る学生に、いやと小さく首を振り、緩む口元を隠すよう手を添える。押し付けるように渡した腌篤鮮。それを一口、食べた彼の表情の変化は、思っていた以上のものだった。熱さを警戒してか、ゆっくりと口に含んだ、その瞬間。その海の色をした目が開き、きらきらとまるで水面に光が差したかのように輝いた。二口、三口と匙の止まらぬ様子は幼い子供のようで。可愛らしい、という表現がしっくりくるものだったが、成人男性に伝えるには流石にどうかと思い、喉元で止めておいた。そうして、半分程を一気に食べ切り、頬を軽く上気させ「毎日食べても飽きないくらいだ」とまで言ってくれた彼の表情は、初めての味にワクワクが止まらないと言うような調理師としての顔と、美味しいものが食べられた事への嬉しさとが混ざった…まぁ一言で言うと元気で可愛い、と言った印象のもので。予想していたより遥かに良いかおを得られた満足感と共に、もっと見たい……という欲が増していくのを感じたのだ。

    「そうだな。いい事は確かにあった」
    「それは良かったですね」
    「あぁ、それに、思わぬ誘いも受けてしまった」
    「誘い…ですか?」

    食事とかの?と。首を傾げるのに、笑みが深くなる。

    「いや。同居の誘いだ」

    言葉にすると、あの時の彼の顔が思い出され、くつくつと喉が震える。恐らく、完全に勢いで言ってしまったのだろう。唐突に「うちで暮らせば?」と。言った直後の彼の驚いたような表情は、今思い出しても思わず顔が緩んでしまう。まぁ、驚いたのは俺も同じだったが。予想だにしていなかった誘いに、咄嗟に返事を返せなかったことが未だに悔やまれる。別に歩いて四十分程かかる通勤距離は、問題では無いし、困ってもいない。が、彼がくれた提案は、魅力しか感じないものだったのだ。なにせ、あのケーキ屋で、彼と共に暮らすことが出来るのだから。

    (彼の作るものが食べられる上に、彼の様々な表情を見る機会も増える)

    あぁ、なんて良い提案だ。今日の帰りにでも店に寄り、返答を返さねば。そう、まだ昼時だと言うのに早くも帰宅時間が楽しみになってしまっている俺の目の前で、限界まで目を見開いた学生が「大事件じゃん」と呟き、慌てたようにスマートフォンを操作し始めていたが…なんの事かは分からなかったので、まぁいいか、と渡された課題を採点すべく、視線を落としたのだった。

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