ふぇいとすとーんおやつ「——次、か」
ペルセウスは甲板に出る扉を前に、どこへでもなく言葉を呟いた。彼が見ている甲板には、白い戦闘装束に身を包んだ藤丸立香の姿がある。
汗をかき、目元からは涙なのかなんなのか、そも体液かどうかも分からない透明な液体を溢しながら、立香は令呪の手を握りしめて絶叫を繰り返している。
「アア、ぁ、ッ次ッ、つぎ……メルトリリス!!」
彼の前では、プリマドンナが最後の演目を披露して、儚くも可憐に踊っているが、もうそのトゥシューズは刃毀れを見せ始めていた。
「良くってよ。プリマは最後まで踊るものだわ」
メルトリリスのアラベスクが、ORTの爪にかかる。
その光景を……ペルセウスは見ていた。
「……少しでもORTを削れると良いのだけれど」
彼の声色には、少しの恐怖もない。
あるのはただ、彼の独り言を聞く誰かの心配だけだ。
「マスターはあのままでは保たない。君はマシュと連携して、俺の結晶化と吸収が確認されたらすぐに彼を船に引き戻すんだ」
そんな事を言った時、彼の背中で何かがトンと、優しくもなく、八つ当たりでもない強さで殴ってきた。
「…………アインシュタイン。離してくれるね」
白衣を纏った彼が、ペルセウスの肩からかけられた外套を握りしめている。口から血が流れるほどに強く噛み締めて、その背中が自分から離れるのを、ただただ拒んでいた。
「大丈夫。アインシュタイン……いいや、千空」
ペルセウスは括り紐を解き、外套を脱いだ。
プリマの演目が終わると共に、甲板への扉が開く。白い甲板の向こうには、もはや立ち上がる力も残っていないマスターが、真っ青な爪を突き出しながら令呪を輝かせている。
船の中でペルセウスの外套を被ったアインシュタインは、ぐしゃりと顔を歪ませた。
「司……ッ!」
風の音でかき消されてしまいそうなその声を聞いて、司は満足そうに笑った。そして剣を構え、その刀身に稲妻を宿らせる。
——嗚呼、なんて清々しいんだ。
命を賭けて愛した人を守るなんて、まるで本当に英雄になったみたいじゃないか。