ウ・ルダイさんの特別な虫除け。「(うーん 杞憂だとは思うんだけど……ねぇ? どうしよっか、ウ・ルダイさん?)」
あくる日のサンシェイド。照り付ける日差しも中々の陽気な街並みを歩きながら、行商人ウ・ルダイはとあるちょっとした懸念にため息をついた。
今回の用事は討伐依頼、砂漠で徒党を組んだ盗賊団を蹴散らす仕事だ。とはいっても砂漠の盗賊は曲者だらけ、居所を特定しないと話にならない。なのでもちろん情報収集からになるのだが、ウ・ルダイのちょっとした懸念はそこにあった。
サンシェイドの大通り、一歩前を歩いてそれとなく歩きやすいようにしてくれているヨルンの横顔を見る。印象的な目つきに銀の髪、武骨な雰囲気だけどよく見たら小柄で実はウ・ルダイよりも背が低い。いや身長に関してはウ・ルダイが勝手にでかいだけなので仕方がないのかもしれないが。顔がいいというわけではないが目を惹く容姿をしているのは違いない、このウ・ルダイが目を離せないのだから絶対そうなのだ。しかもそれに対して本人はまったく無頓着なのが猶更悩ましい。
情報収集で使おうと今向かっているのはあのサンシェイドの酒場だ。情報収集といった面では一番いい選択だろう、だがあの酒場に足を踏み入れると間違いなく踊子に絡まれるのだ。そういう場所だから仕方がないとはいえど、とはいえど
「(絶対面倒な子に絡まれるタイプ……っ)」
杞憂というか、懸念というか。
”いやでもね、見る人が見たら欲しくなるタイプよ。私がそうなんだし? やだなー女の子に絡まれる姿絶対面白いけどなんかやだなぁー!?”と心の中のウ・ルダイが暴れるのだ。
彼は荒んだ風貌のわりにはお人好しだ、もうドが付くほどのお人好しだ。しかもそれなりに人当たりもいいからしょっちゅう変なのに絡まれる。ヨルンには申し訳ないがそういう姿は絶対面白い、そこだけは確信できる。眺めてるだけでも面白い。……でも同時に彼が別の女の子と一緒にいる姿を見たくない、なんかやだ。それはそれとして面白くない……という複雑な乙女心がウ・ルダイを困らせる。
「先ほどからどうした。一人でうんうん唸って不気味なんだが」
「あらやだ、美人がそんな顔してる場合じゃないわね。いや別になんでもないのよ? ほんとよ?」
「本当かな、お前のそれは信用ならんからな……」
「ええ~信じて頂戴よ~! この顔に免じて! ね?」
仕方がないなと彼が苦笑する。目を細めて、悪戯好きの小動物でも見るような目だ。……そういった絶妙な変化にまた目を惹かれる。笑うとかわいいのだ、彼は。
しかしまあ何も考えていないんだろうなぁとウ・ルダイはまたため息をつくことになった。うーむ心配だ、本当に心配だ。
──ウ・ルダイの旅はとてもではないが人に褒められるようなものではない、多くの人を騙し利用してきたのがウ・ルダイだ。しかし出会った中で、騙してきた者たちの中でも彼は事実を知ってもなお隣を歩いて見せた。なんてことのない顔で、今のように。ちょっと悩ましいほどのお人好しである彼をウ・ルダイは放っておけなくなった。彼を騙したことに対する償いなのか、それとも彼にまだ利用価値があると値踏みする悪い商人としての悪癖なのか。
あるいは、それ以外の何かか。
「そうだ、ヨルン? そこで止まって」
「なんだ」
「そうそのままよ、動かないでね……」
人混みの影に紛れてウ・ルダイはヨルンの首筋に頭を潜り込ませ、女の子の特権を行使した。
「今……何をした……??? おい、ウ・ルダイ……!?」
一瞬でことを済ませたウ・ルダイは、目の前で混乱するヨルンをみて大笑いすることを堪えた。サンシェイドの陽ざしに照らされただけではそうはならないほどに頬を赤らめて、それと同時にとんでもないものを見たと目を見開いて。照れとドン引きを同時に行うなんて絶妙に器用なことをしている彼の姿は本当に面白い。
ウ・ルダイは慌てる彼の首筋には虫刺されのような痕、……鬱血痕がちゃんとついたことを確認すると、これでよしっと満足するのを感じた。いやまぁこれでヨルンが困ることは確定的なのだけれど、これぐらいはいいでしょう。自分のものに名前を書いておくのは基本ですから!
「ウ・ルダイさん印の虫除け! いいでしょう? 特別サービスだからお代は結構よ」
「何もよくないが……!? お前これから行く場所分かっててやったな!?」
「あははっ! ウ・ルダイさんは悪い女なのでした……ってね!」
流石に恥ずかしいから湿布か何か買わせろ、と迫るヨルンにウ・ルダイはとうとう爆笑しつつ歩き出す。これでひとまずは安心だ、仕事に集中できるようになると一人で勝手に満足する。
そんな怪しい女の隣で大きくため息をつき、それでも隣を歩いてくれるヨルンの懲りなさといったらまぁ。
「俺この女に食われるのかもしれん……」
これまた全く、底抜けにお人好しなお馬鹿さんなのだから。かわいいったらありゃしないのだ。