黒曜石の石言葉。「おうウィンゲート、こいつはどういうことだ?」
「お前の仕事を持ってきてやったのさ」
相変わらず飄々としたウィンゲートは机に頬杖を付くと、まるで肌でも撫でるように人差し指でそれらをなぞった。
それは大小様々な宝石の山。青系統ばかりが揃えられているが、大きさもカットも全く違う。まさしく雑多な星屑を目の前にギルデロイは「ちょっと待て」と声を上げる。
「いやどっから持ってきたんだよこの宝石の山! どこのどいつからガメてきやがった!?」
「ほう、聞きたいのか? いいだろう、これはある成金貴族の〜」
「いや待て! 喋るな! どうせろくでも無いことに決まってる……!!」
全く今度は何をしでかしたのやら、そして今度は何をするつもりやら。ギルデロイはウィンゲートを訝しむ。
──大陸に名を馳せ始めた旅団に運良く加入する機会を得たギルデロイは、まず全体的な人となりを観察しようと団長の率いる班:一枚の銀貨ではなく比較的馴染めそうな「渡り」と呼ばれている班に身を寄せることにした。
そこで出会ったのが、「渡り」のまとめ役を行なっている義賊ウィンゲートだった。義賊とはいえ盗賊だ、商人としてはあまり嬉しい存在ではないがだからこそ“なぜ団長はウィンゲートや盗賊たちを好きにさせているのか”とギルデロイは興味を惹かれ、ウィンゲートもなぜかギルデロイを気に入ったのか副班長を任せた。
のだが、その先で待っていたのは自由で予測不能なウィンゲートに振り回される日々だった。挙句ウィンゲートがギルデロイの宝石商としての技術を盗もうと日々付き纏う始末である。
それゆえに今回もギルデロイは声を上げるのだ。おう我らが班長殿、何を企んでいるんだい? と。
「一体俺に何させるつもりだ」
単刀直入にギルデロイはウィンゲートに問いかける。これだけの宝石の山、どう見ても宝石商であるギルデロイに向けたものであることは明らかだ。
ウィンゲートが「よくぞ聞いてくれた」とまたまたわざとらしく笑う。
「ある指輪を作りたい、お前には一つの仕事と、それを作る彫金師も紹介してもらおうと思っている。宝石商ならあてぐらいあるだろう」
「まあ確かにあるのはあるが……指輪……? お前さんがか? なんだ好きな子でも出来たか!」
意外と可愛いところがあるのかと思いきや、ウィンゲートはそれを即座に否定する。「いいや逆だ、好かれたからこそ必要なんだ」と。どういうこっちゃと首を傾げていると、ウィンゲートは確かにこう言った。
「偽物の、聖火神の指輪がな」
「──なんだと?」
ギルデロイであっても耳を疑う内容だった。この旅団、朱の黎明団は聖火神の導きによって成り立つ特殊な集団だ。かの指輪と神の気紛れに団長も随分苦労していると聞くが、それはウィンゲートにとっても同じなのだろう。
「指輪は日頃によって主を変える。団長の元にいることもあるが、俺の元に来ることもある。このようにな」
普段団長の指に収まっているはずの青い青い聖火神の指輪が、瞬きの間にウィンゲートの指に寄り添っていた。
……先ほどまではなかったはずなのに。
「マジかよ……」
ギルデロイは改めてこの集団が特殊な環境にあることを実感する。神が見守る、奇怪な集団。明確な目的がない旅人たちによる旅人のための旅団。その中に、自分は立っているのだ。
「これは俺たちの身分証明ともなるが、こいつを狙う輩も多い。結局は指輪都合だがこいつを持っている以上敵に狙われるのは確かだろう」
だからいざという時のためのダミーが必要だと、以前から話し合っていたそうだ。
「そこにお前の出番だ。この宝石と見紛う宝石を、お前に見つけてもらいたい」
黒曜石のようなウィンゲートの瞳がじっとギルデロイを射抜く。
「とんでもない仕事だな……」
「お前にしか出来ない仕事さ」
ことの重さに慄くギルデロイを他所に、ウィンゲートは宝石の山から一つの石を摘み上げる。キラキラとした青が、ウィンゲートの黒い瞳に光を注ぐようだった。
「これは、俺がこれまでの旅の道中で集めてきたものだ。勝ち得たものもあれば拾ったものもある。だが、決して盗品は入っていない」
「本当か?」
「叔父貴の名に誓って」
本物だ、とギルデロイは息を呑む。ウィンゲートが敬愛する義賊の師の名が出たということは、それだけの覚悟で彼はこの宝石を集めたのだろう。
「団長は俺たち義賊を受け入れているが、盗み自体は快く思っていない。俺は、奴のそういう部分を良いと判断している」
ウィンゲートは手に取った石をランタンに透かしながら事の仔細を明かす。
「あいつは盗みの技術ではなく、誇りそのものを評価している。己の矜持に反する道にあったとしても、あえて触れないという形でな」
「誇り、か」
「団長が唯一全ての団員に求めるものだ。逆を言ってしまえば、それさえ示せるならなんでもいい。中々イカしたやつだろう?」
それはどこか、あいつは面白い奴なんだと自慢するような茶目っ気を見せるように。
「そんな奴の期待に応えたい。……応えてみせたいんだ、他ならない俺自身が」
それこそが誇りになるのだと、こうするにやまない理由なのだと微笑む。
「力を貸してくれ、ギルデロイ。俺が知る最高の宝石商としてお前の手を借りたい」
手招かれた誘いはまるで一筋差し込む光のようにギルデロイという石を照らす。
全く末恐ろしい男だ。ギザったらしいはずなのに、商売敵のはずなのに、今の一瞬でギルデロイの致命的な部分を掻っ払って見せやがる。
それと同時ギルデロイの中にはすでに一つの確信があった。ウィンゲートが誇りにかけて集めたこの星屑の中に、必ず期待に応える星があることに。
「……っかぁ〜! そこまで言われたら仕方ねえ! 俺の目は高いぞ、義賊ウィンゲート!」
本物に差し迫るほどの偽物を、偽物でも本物に並ぶ”本物”を。
宝石商として、期待に応えて見せるとしよう。