空になったのならまた注げばいい<やめろ、やめてくれ それは捨てたんだ もう空っぽになってたはずなんだ!>
<ヴェルギリウス どうして!>
ある日を境に何かが変わった。その変化は誰も気づくできないほどに水面下でおきたことであり、ただ違和感だけが残りもやもやした気持ちにさせていた。
いつまでも残る不快感が、バスの中の空気を酷く冷えさせていた。
「ヴェルギリウスさん、今日は随分とご機嫌ななめだな・・・」
<そ、そうだね>
二人は小声で喋ったが、静かなバス内ではそれなりの声量になる。
その声に自身のせいであることに呆れてため息を吐いた。
突然バスが停まる
「カロン?」
「メフィのお腹が空いたよ」
餌を誘い込むと、面白いほどにバスの周りに群がり始める
「よし、全員降りろ」
いつもの光景 何も変わらない
囚人たちが戦う様を眺める まだまだお粗末だがそれでも最初の頃よりはましになった。
ふと、後方で指揮をとるダンテをみた。
音を大きく響かせたり、慌てて避けたりと滑稽すぎる姿に思わず笑いが溢れた。
「欲しいの?」
「何をだ カロン?」
「ヴェルがわからないならカロンもわからない」
それ以上カロンは言葉を出さず、脚をバタつかせて戦いが終わるの待っていた。
ヴェルギリウスは分からなかった その意図を。
不快感は未だ健在であった。
ー夜
<囚人の業務終了を承認します>
「今から変動可能性のある最大12時間の就寝及び休息を開始します。良い夜を」
後ろからいつものやり取りが聞こえた
カロンと先に廊下に入ったヴェルギリウスは自身の扉の下に紙切れを見つける
それは数日前に見たダンテが質問の際に見せてきた紙の一部だった。
荒々しく破かれていてもはや文章にはなり得ていなかった
その中の言葉に心を締め付けられた。あぁそういうことだったのか。
「カロン、俺はまだやることがある。今日は事務所にいるから」
「わかった」
くしゃくしゃの紙を握りしめ、部屋に入っていくカロンを見送る。
「そうかあの日からか。」
どうして気づけなかったのか・・・
思えば、あの日を境に、彼は私とのやりとりをより簡潔に済ますようになった気がする
そして察知されないように徐々に私とのやりとりを減らしていた
思い出せる限りを振り返れば振り返るほど不快感とは別の感情が湧き上がる。
あぁ結局俺はまた作ってしまったのだな。
心というものは本当にどうにもならないのだとつくづく思い知らされた。
廊下の先のバス空間で、またウーティスがダンテにぐずっていた。
「あーダンテ、今から事務所にこい それまではウーティスに不寝番を譲れ」
その声にダンテは驚き、ウーティスはおまかせください!!!と喜んだ。
ダンテはひどく狼狽えていた。先に仕掛けたのはお前だろ?
ダンテの足取りは重かった。今日の業務に支障はなかったはずなのになぜ自分は呼ばれたのか不安感が募る。
事務所に招かれヴェルギリウスを見る。
「待っていたぞ 立ち尽くしてないでこっちにこい」
ダンテは酷い危機感を感じた。腹の空かせた猛獣のいる檻にほおりこまれた餌の気分だった。今逃げればよかったがこれから自分の身に舞い降りる事態が早まるだけだろう。
それなら仕方なしとPDAを取り出したと同時に、ヴェルギリウスにPDAを奪われる
<!? なぜ?それがないと・・・・>
「あぁこれは預からせてもらいます。お前の言葉を今聞く気はない」
奪われたPDAはソファに落ちた
どういうことだ?今までなかった態度に混乱する
そしてかわりにしわくちゃになった紙切れを見せられる
それは、かつて自分が一抹の希望をもって捨てる覚悟をして描いた【好き】の文字だった。
<なぜ・・それを・・・もって・・>
体が震えた。もう忘れていたはずだったのに、あの気持はもう残ってないはずなのに。
何故か奥で閉じた蓋が開きそうになるのを感じた。だから 逃げたくて仕方なかった。
だが、ヴェルギリウスの放つ圧に身動きが取れない。
「あぁその反応はやはりそうなのですね」
<違う!違う!違う!違う!>
時計は荒々しく鳴る
「貴方がこれほどまでに感情を隠すのに長けていたとは思いませんでした」
<隠してなどいない、捨てたんだ!!>
時計は不協和音を響かせる
「一方的に投げつけておいて貴方は無かったことにするのは不公平ですよね」
<PDAを奪ったのは・・・そういうことか!>
時計は低い音で鳴る
「今回はもう見逃したりしません ダンテ」
<名前を・・・呼ばないで・・くれ・・!>
時計は弱々しく鳴った
部屋には絶えず時計の音を鳴り響く
迫ってくるヴェルギリウスから逃げようとしている間に気づけばダンテは机の前に追
いやられた。いずれにしろどこにいようとこの部屋にいるかぎり逃げ場はなかったわけで
手を掴まれ、そのまま後ろの机の上に押し付けられるダンテはヴェルギリウスを見上げる体制になった。
あぁ捨てたはずの感情がまた溢れてしまう
<やめろ、やめてくれ それは捨てたんだ もう空っぽになってたはずなんだ!>
本当に先程まで私の中にその感情はなかった それなのにこの男によって
えぐり出された。今度は酷い傷を伴って
<ヴェルギリウス どうして!>
声はヴェルギリウスには届かない
「そんなに怯えられると私も傷つきますよ?」
ヴェルギリウスが顔を近づけてくる
<だ、だめ・・・・>
あぁやはり、私は猛獣の檻にいれられた餌だったのだ。
「コップが空になったのならまた注げばいいだけのことだろ?ダンテ」
end