おなかの重だるさに予感はあったが、今朝起きると予定に無い生理で、久々に、うっかり下着を汚してしまった。おかしいなと思いつつ、トイレで下着を替え、整えて、スケジュール帳にチェックを入れる。任務がいったん一息つく休暇に生理が重ならないようにしていたので拍子抜けしてしまった。
同じ時期に休みをとった恋人にどう言い訳しようか。
「全然気にすんなよ。体調へいき?」
「うん。へいき」
「念の為今日出かけるのはやめとこうか。部屋でだらだらしようぜ」
「うん……」
恋人は、夏油の想像と異なりすんなり引き下がったのでこれまた拍子抜けだった。配信サイトの某配給会社のホラー縛りで映画を見倒すことにして、今日は予定を取り止めてお部屋デートになった。
「牛乳あっためる?はちみつは?」
「……いる」
夏油の生理は元々重いほうだ。腹痛と怠さで一日全く動けないこともあった。高専時代から任務にも関わるものだから病院に薬を処方してもらってだいぶ楽になった。なった筈だが、今回はちょっと、久々に下腹部がしくしくと痛む。
五条はかつての件以来、夏油の体調には殊更敏感だった。温かい飲み物を用意し、眠気がひどい夏油がいつ寝落ちてもいいように、然し一緒にいたいという気持ちは隠さず、家で延々夏油を膝に座らせて過ごす。
愛されてる、とさすがの夏油も自惚れてしまう。
毛布を体に巻きつけて、五条の大きな掌が腹を撫でる。マグカップを中身をこぼさないように持ちながら、呪霊に見慣れた二人には退屈なホラーを眺める。
腹を撫でられると鈍い痛みが少し和らぐ気がした。これも悟の術式かしらとぼんやり考える。撫でる手を労るように自分も撫でて、今度は五条の片手は夏油の頭を、耳の辺りをやさしく触った。猫にするみたいだなと思いつつ、ふ、と意識が眠気に誘われた。
「ちょっとねむい、かも」
「ん。寝ていいよ」
「ごめんね。私のせいで」
「傑は悪くないよ。僕が悪いし」
「え?悟は……別に悪くないよ」
「傑の生理、本当は重いの忘れてて」
「……うん?」
五条の言葉と、事実が噛み合わなくて、夏油はなんとなく眠りから現実に引き戻された。
「でも生理きたってことはまあ、失敗したんだよな」
「えっ?何……が?なにが失敗」
「子作り」
「……えっ?」
大きな手が──人間を、簡単に殺せる手が、慈しむように、薄い腹の中に収まる夏油の子宮を撫でる。
「傑のピルすり替えたの僕なんだよね」
ごとん!と鈍い音を立て、夏油はマグカップを手から滑り落とした。
「大丈夫?ああもうほとんど中身飲んでたか、よかった」
「ピルを」
「ちょっと待っててね、溢したの拭くからさ」
「すり替えたって」
「あれ、気付いてなかった?じゃあ言わなきゃよかったかな」
しまったな、とでも言うように五条は頭を掻いて、はにかんだ。はにかむところか?夏油は唖然として自分を抱き締める男を見た。
「どういうこと」
「傑はさ、中出しさせてくれるけどピル飲んでたらさ。意味ないじゃん」
「意味って」
「僕、傑を妊娠させたいんだよね」
事もなげに言われて却って言葉が出ない。
「こ、困るよ」
「困る?なにが?」
「妊娠……なんて。私、今そんな、子ども……とか。無理だもん。働きたいし」
「ああ、そっか。それは本当にごめん」
「いや、ていうか……悟自分のしたこと分かってる?生理とか、それ以前にさ。妊娠とかそういう女性の体に関すること、勝手に……」
「なんで?傑は僕の赤ちゃん妊娠するの嫌?」
再び言葉を失った。自分のしたことを棚に上げてこの言いようである。呆れて、空恐ろしさすら感じて、だがしかし、夏油は真面目なので、ちゃんと考えた。
五条の赤ん坊を妊娠することの好悪について。
「嫌じゃない……」
「そう?それはよかった」
ふきん取ってくるねと上機嫌に五条は立ち上がった。
夏油は、いつの間にか指先に飛んでいたミルクの雫を見た。はちみつが加わってゆるい粘性を帯びた白濁を指先で弄ぶ。
何か間違えた気がする。やっぱり詐欺師の手口である。自分の言ってしまったことを振り返り、急激に顔に熱が集まる。
「悟のばか……!」
毛布に顔を埋めて叫ぶ。何か言った?と無邪気そうな声が、キッチンから響く。