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    hhhhhigashino

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    hhhhhigashino

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    尻叩き。まだ全然たどり着いてないけどこれは月鯉。エロシーンに辿り着けない🥲

     部屋の前へやってくると、鯉登は緊張した面持ちで一度呼吸を整えた。
     冬に和田大尉がその消息を絶ってからと言うもの、その穴を埋めるための繋としてこの中隊長室には鶴見中尉が席を置いていた。
     手鏡を出して髪の分け目を整え、他に乱れがないかを確認すると最後に胸から懐紙に包んだ手紙を取り出して改める。
     今日と言う日に、鯉登は並々ならぬ決心をしてここへ立っていた。はたして自身の身勝手な申し出を彼は許すだろうか。不安に足元が揺らぐ。今ここに月島が居てくれたならどんなに心強かったか。彼を介さずして鶴見との意思疎通が叶うものか、不安がよぎる。しかし、これはその月島にこそ知られてはいけない計画であるのだ。
     不安を振り払い、手紙を頭から読み返す。不備は無い。これさえあれば月島がいなくとも問題なく事は運ぶ。大丈夫だ。心内に言い聞かせた鯉登はそれをもう一度丁寧に畳み、隠しの内へと押し込んだ。
     扉へ向き直る。深呼吸をして緊張をほぐす。なるべくわかりやすく、ゆっくりと。鯉登は慎重にドアを鳴らすと室内へ声をかけた。
    「ゴメンナンシツルミチュイドンオシャイジャスカ、コイトショイタダイマ、マカイモシタ!ゴブレイサァシモス!」



     鯉登音之進は悩んでいた。
     過去には紆余曲折あったが、この初夏に念願の第七師団、鶴見中尉の下への任官が叶ったのだ。しかし、こちらへ来てから早々にその問題は鯉登少尉を悩ませていた。
     やっとの思いで第七師団へやってきたのだから、鯉登としては鶴見の手となり足となり彼の為に働く事に専念したいと思っている筈なのに、一年も経とうかという頃には何をしていてもその事が頭を過って仕方がない。今もまさに鯉登は手つかずのまま積み上げた仕事には目もくれずに窓の外を眺めていた。
     将校室の一番窓際へ配置された机に頬杖などつき、木立の揺れるのをうっそりと見つめている。普通ならばここで職務中に何事かと年配者が叱りつけそうなところだが、兵卒たちの間でも専ら噂の種にされるような美丈夫がその切れ上がった眦の縁へアンニュイを漂わせ、長く生い茂る睫の影を落としているのだからその場に居合わせた将校達としてはたまったものではない。さらには思い詰めたようにため息まで吐いてみせるものだから誰ひとりとして仕事が手につかず、かと言って咎める事も出来ず、いよいよ見惚れた当番兵が湯呑の中身をぶちまける始末であった。おいお前、なんとかしろ。いいや、俺には無理だお前は。いや、俺は。と無言の将校達の間を目配せが飛び交う。
    「鯉登少尉」
     そこへ漸く口を開いた者がいた。鯉登の世話役も務める月島軍曹である。
     静まり返った室内に張りのある声がよく響いた。
     偶然にも鯉登へ仕事の催促へやって来た月島だったが、本来なら各々が粛々と仕事を執り行っているはずの部屋である。それが入室するなり広がっていたのがこの惨状だ。月島は思わず眉間の皺を深くしたが、反対にそれまで黙りだった者たちは師団内でも一目置かれている古参軍曹の登場ににわかに湧いた。月島は将官達からの縋るような眼差しを一身に受けてため息をつく。みれば鯉登はこちらを気にする様子もなく、未だぼやけたまま窓の外を眺めている。やれやれと月島は鬼軍曹の顔で新品少尉の肩を掴んだ。
    「つ、月島」
     まさか月島がこの場にいるとは思っていなかった鯉登は飛び上がった。思いがけず肩にある熱い掌を払いのけて勢いよく振り向くと、月島軍曹が怪訝な顔をして立っている。 
    「お前、いつからそこに。居たのなら声をかけてくれればいいものを」
    「ですから、今お声がけしましたが」
     はあ、と曖昧な返事をしながら月島は首を傾げる。
    「ああ、そうだな」
     そうか、そうか。と胸に手をやる鯉登が落ち着きを取り戻したところで月島はそれより、と切り出した。
    「私が見ていないと思って上の空でいてもらっては困ります。あなたがそんな風では鶴見中尉の面目が立ちません」
    「わ、わかっておる。今はたまたまだ」
    鶴見の名前を出されて痛いところを突かれる。うっと言葉をつまらせたが、月島の説教が始まれば長引くことを知っている鯉登は次の言葉を言わせまいと遮った。
    「そんなことより、いつ小樽から」
    「ほんの先刻です。鶴見中尉が一度戻られるというので」
     月島は鶴見と共に冬から暫くの間小樽での計画に奔走していたはずだ。世話役とはいえ、鶴見の右腕でもある月島が鯉登と共にあることは極少ない。それもあって、まだまだ月島にとっての鯉登は信頼に足る将校ではないのだろう。久々に顔を見れて鯉登は顔をわずかに緩ませるが、対象的に月島軍曹は素っ気ないものだ。
    「しばらくは旭川に留まるのか」
    「いいえ、来月には夕張へ向かう事になるかと」
    「そうか、それは……、」
     残念だ。と口にしかけて思いとどまる。
    「いや、そうだ今夜、久しぶりに食事でもどうだ」
     月島もまた、鶴見の為に働いているというのに、どうしてかそのように感じた自分が信じられず、鯉登は密かに唇を噛み締めた。
    「……そうですね、それが全て終わるならば構いませんが」
     それ、と月島が指した先には呆けているうちに積み上がった紙束が山とある。
    「遅いので、特に急ぎのものを催促に来ました」
     月島の顔には終わるはずがないと書いてある。鯉登はキエッと漏らすとその場に崩折れた。
    「では、私は急ぎますので」
     仕事を急ぐようにとだけ言いつけると項垂れる鯉登を残して月島はあっさりと退室してしまった。

     いつもそうだ。少尉付の軍曹だと顔を合わせた瞬間から彼は鯉登を見ない。鯉登にしたって、なにもやたらめったらベタベタとしてたいわけではない。だた、信頼できる相手として認められないのが悔しかった。世話役とは名ばかりで月島にとって、赤子同然の新品少尉など眼中にもないのだろう。
     これまでの人生において、出自やその顔、言動故に他人に興味を抱かれない事こそ珍しかった鯉登は、はじめの内は面白がってあの手この手で月島の興味を買おうとした。しかし幾度と策を講じては軽くあしらわれ続けている内、次第に彼のことを考える時間が増え、遂には気がかりが過ぎて眠りが浅くなる。まるで月島軍曹が鯉登の頭へ住み着いてしまったかのように離れない。この半年近く鯉登を煩わせている悩みの種は月島軍曹その人だった。 
     このままでは埒が明かない。鯉登は決心した。
     円滑な業務を全うするためにも、部下との関係は良好であるべきだ。それが世話役となれば尚更のはずである。
    「今に見ていろよ、月島ぁ」
     冷たい床に伏せたまま動かなくなった鯉登が今度はうふふ、と笑いだすので様子を窺っていた周囲はいよいよ気味悪がったが、当の本人は意に介さない。すくと立ち上がるとそれまでとは打って変わって熱心に仕事をこなし始めた。
     二人が夕張へ立つ前に終わらせなければならない。

    「……成程」
     怒涛の追い上げで業務を速やかにこなした鯉登はその数日後には鶴見中尉の元を訪れていた。月島とうまく関係が築けないことを相談に来たのだ。つまり、告口である。上手くことが運べば月島は叱責されて心を改め、自分を少しは省みるであろうという算段だ。
     鶴見に相談するにあたり、鯉登はまず作戦を練るところからしなければならなかった。何故ならば鯉登は鶴見を目の前にすると、緊張から上手く話せなくなってしまうからだ。
     憧れの人であり、恩人というだけでまばゆく見えるのに、あの美貌である。額に大怪我を負ってなお美しく、出会った頃より歳をとった彼はそれでも鯉登にとってより魅惑的に映った。紳士的でありながら、そばへ寄れば漂うダンディズムに、鯉登は酔いしれた。その姿を見れば心臓が暴れだし、息が浅くなって毛穴からどっと汗が吹きだす。緊張から喉が支えてうまく喋ることもままならず、ついつい早口の薩摩弁になってしまう。目下、彼と鯉登が円滑な意思疎通を行うためには間に月島を挟んで伝言形式で会話する他なかった。
     鯉登は月島を挟んで喋る事で、多少の落ち着きを取り戻し、言葉遣いを気遣うことができた。しかし、今回はその月島の事を相談するにあたって、まさか当の本人を挟んで喋る訳にはいかず、とはいえ他に頼める者もない。鯉登はまたしても月島によって頭を悩ませることになった。
     そうして数日考え抜いた末に鯉登は手紙を書き、それを鶴見に手渡して読んでもらうことを思いついた。これならば月島がいなくとも、自分の意思は鶴見にも伝わるはずだ。こうして夜な夜な書きしたためた手紙を持って鶴見を訪ねた。
     極度の緊張から薩摩弁で入室許可を取った鯉登を鶴見は快く部屋に招き入れた。
     入室後に、もっとこちらへ来なさいと鶴見が言うもので鯉登は美しい顔を目いっぱいに堪能しようとその横顔へと迫り寄ったところ、流石に近すぎると止められて鯉登は肩を落としたが、なんとか丁度よい距離を見つけると手紙を手渡すことに成功した。
     鶴見は一通り手紙へ目を通すと顔をあげて鯉登をじっと見つめた。手の中の紙束を丁寧に折り畳んで仕舞い込む。
    「つまり鯉登は、月島軍曹ともっともっと仲を深めたいと思っているんだな。確かに、お前たち二人がいい関係を築く事は私にとっても大変心強いな」
     それまで息を呑んでじっと成り行きを見ていた鯉登が嬉々として大きく頷く。鶴見が自分と同じ思いでいることが嬉しい。手振り身振りを交えて示すと鶴見はにこりと微笑んで満足そうにウンウン、と頷いて見せた。それから少し眉を下げて申し訳無さそうな顔をすると鶴見はしかし、と続ける。
    「夕張へ行く事はもう決まってしまっているからなあ。私が月島を連れ回してしまってすまないな」 
     まさか鶴見を責めるつもりなど毛頭なかった鯉登は狼狽えた。いいえ、いいえ、すべては月島の唐変木と私が至らないせいです。そんな顔をしないでください。言い募るがそれもまた故郷の言葉になってしまい、どの程度伝わっているかわからない。
    「こうしてお前たちを引き離してしまう私にも大きな責がある。さてどうすればお前たち二人が上手くいくか……」
     鶴見は瞼を伏せてううん、と考え込んでしまう。うまく伝わらない事のもどかしさに鯉登はしょぼくれた犬のように俯いた。
    板間の継ぎ目を食い入るように見つめる他なく項垂れているとしばらくして鶴見がよし、と言って手を叩く。
    「なにか考えておこう。可愛い部下たちの為だ、私も一肌脱ごうじゃないか」
    「モス!!」
     上官のありがたい言葉に鯉登はぱっと顔を上げる。喜びを顕に何事か叫び、万歳の勢いで何度も頭を下げた。
     その様子を微笑ましく見守った鶴見は席を立ち鯉登の元へ歩み寄る。急に距離を詰められて身体をこわばらせた部下に構わずその肩へそっと手を添えた。
    「ところで、鯉登」
     目を白黒させる鯉登の頬へ顔を寄せる。鶴見からはその辺の兵卒のようにニコチンの煙たさはない。かわりに花のような爽やかで青くしかし蠱惑的な甘い香りが鯉登の鼻腔を充満する。
     まるでオピウムだ。鯉登はもちろんやったことが無かったが、話に聞く阿片とは一度知れば後戻り出来ない。忘れがたい多幸感と快楽をもたらすと言う。高揚に白む意識の中、鯉登は甘い香りを纏わせた鶴見の背中に咲き乱れる白い花を見た気がした。その彼が耳元へ囁く。
    「泥鰌は好きかね」


     
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