紗誕(一紗+結乃)※未完 不意にその眼前に飛び込んできたのは花だった。
「……は?」
放課後の被服室は築一紗の城だ。部活があればミシンを上機嫌に歌わせ、なければなかったでプレイヤーで音楽を流しながら好きに過ごしている。教室や図書室のように他の連中に気を遣う必要もないが、それでいて適度に他人の気配があるのがいい。夕焼けが窓から望めるのも好きだ。強いてマイナスを上げるなら購買部が遠いことだが、それはまあ許容の範囲内だろう。
今日もそんな城で一人寛いでいた王様の前に差し出されてきたのは彼のパーカーやその瞳を思わせる赤を基調とした花束で、確かに自分に向けられたものと彼は理解した。理解したからこそ疑問にも思って、差し出す人物を見上げた。
両の手には余る大きさのそれを差し出している同級生は、思わずといったようにふいと目を逸らしてみせる。それでもこの鋭い赤から逃れられないことはよくよくわかっているのだった。そのうち訥々と話し出す。
「いやっあの、確か今日がお誕生日だったよなあと思いまして……その、お祝いをしたくて、ですね……?」
なに敬語に戻ってんだ、と一紗はまずそれを思った。二年前、その堂々たる態度から上級生と勘違いされていた頃のことを思い返していると、その沈黙をどう受け取ってか、向こうはにわかに慌て出す。
「いっ色々と考えてみたんだけど、一紗くんってセンスいいしこだわりも強そうだしで何を贈ったらいいか本当に本当に迷っちゃって、あっでもお花なんかもらっても逆に困っちゃうのかなとかも思ったんだけど」
「照瀬」
「はい!」
「一旦落ち着け。あと座れ」
「はい……」
被服部の紅一点は部長の一声にぴたりと動きを止め、大人しく丸椅子を引いた。膝の上に花束を載せ、大変お行儀の良い姿勢で着席した彼女は、どうにも緊張した面持ちをしている。
「それで? 何そんな焦ってんだよ」
「……ん、だって誕生日のお祝いができるのも最後かなって思ったら、なんか、絶対お祝いしなきゃーって……。三年間、それに今年は特にお世話になってるわけだし」
ドレス、とその唇が紡ぐのを一紗は見ていた。そんな恩義を感じられる程のことをした覚えはないけど、と思いつつ頬杖付いて窓の外を見る。少なくとも、今は未だ。
彼女の夢に手を貸そうと思った理由を、一紗自身も上手く言葉には出来ない。三年間を共にした者に対する気持ちもあったし、同時にもっとやわらかな感情もまた、確かにあった。友情と呼ぶにはどこか歪で、恋とか愛とか云うにはどうにも淡くて青すぎるような。
「あのね、一紗くん」
「こうして一緒に頑張ってこれたのが一紗くんで良かったって思ってるんだよ。お誕生日おめでとう。いつも、本当にありがとう」
笑みと共に再び花束が差し出されてくる。そしてそこに込められた想いも。
受け取ろうと手を伸ばせば、指の先が刹那に触れた。彼女の頬が花の色に染まるのを夏の夕暮れのせいにして、一紗は贈られた感情を胸元に引き寄せる。
「ま、サンキュ」
「……えへへ。どうしても、伝えたかったんだあ」
花束を眺めていた一紗はその覚束ない声に顔を上げた。無事受け取られたことに安堵の表情を浮かべ、結乃は空いた手で髪を耳へとかけている。さっきまでは気にならなかった香りが甘く鼻をつく。
「……別に、モノ贈られなくたって伝わんのに。それに――」
「え?」
「なんでもねぇ」
「乾杯!」
第?回被服部同窓会
六月(結乃、涼太)七月(一紗)八月(優馬)生まれだから間をとって七月、今年は二十三日
「今年も集まれて良かったですね」
「よくスケジュール空きましたね。コレクションが近いので無理かもって思ってました」
「一紗くん、お誕生日おめでとう!」
差し出される赤い花束
『――これが最後だなんて、思ってねぇからな』