喧嘩は猫も食わない「リーナとディミってすごいわよね〜!」
「胸が?」
「ばかっ!違うわよ。あんなにタガーにアピってるのに、二人が喧嘩してるとこ、見たことないし〜!」
穏やかな昼下がり。
広場のタイヤの上で寛ぐ、ジャンクヤード中で最も厄介なプレイボーイ猫と、彼にしなだれかかる二人の美しい雌猫ーーボンバルリーナとディミーターーを、少し離れた塀の上から感心したように眺めるジェミマだったが、
「あの二人ねぇ……。あぁ見えて喧嘩しまくってたぞ、前はな」
と呆れたように首を振るランパスに「えぇっ!?そうなの!?」と目を丸くして振り返った。
「その時の話、聞かせて頂戴な♪」
「何々〜〜?!アタシも聞きたい聞きた〜い!」
「ランパス、わたしも知りたいなぁ〜!ねぇお願〜い!」
いつの間にか噂話につられて、お年頃のヴィクトリアやランペルティーザまでもがしゃしゃり出てきただけでなく、ジェミマまでもが可愛らしく首をコテンと傾げておねだりし始めた。
「大したことじゃねぇよ、気にすんな」「オレは言わねぇからな」「あっちで遊んでな」と何度も断り続けるも、少女猫3人からの絶え間なく続く、情け容赦のないお願い攻撃を前に、とうとうグレートランパスキャットは自分史上最速で白旗を上げた。
「わぁーったわぁーった!けど、ここより遠ぇとこでな。後でアイツらに詰められると、ちと面倒でな」
ーーあれは、んー、確か1、2年前か。
あのボンバルリーナとディミータが、ほぼ同時期にこのゴミ捨て場に来てな。
二人ともガキどもの世話だの、仲間との食料探しだの、十分な働きっぷりだったからよ、オレたちは仲間としてすぐに受け入れたのさ。
しっかしなぁ……その肝心の二人なんだが、それぞれ別の街からやって来た別嬪同士、変にプライドに火がついたみてぇで、かち合うたびにすぐマウント合戦しやがるようになったのさ。
やれ今日は何匹の雄猫から告白されただの、やれ今日は自分の毛皮の艶が一味違うだの、まあ傍から聞いててもくっだらねぇことで「自分の方が上だ!」ってお互い一歩も引かねぇんだからよ。勘弁してほしいぜ。
あ?仲裁したかって??当ったり前よ!
どっちも話を全然聞きゃしねぇから、ウンザリしたがな。
ともかく、んな争いに好き好んで巻き込まれたくねぇってことで、ほとんどの奴らはアイツらが一緒の空間にいる時は、とっとと退散してたっつぅ訳さ。
ガキどもも、いつもはガキに優しいあの二人が黒いオーラで火花散らしてっから相当ビビっちってな、よく遠巻きに見てたもんだ。
ーーところが、だ。
どんなことにも終わりは来るもんだ。同じように、ここでもそんな状況は長くは続かなかった。
なぜかって?ちょうどその時期だったのさ。
あいつーーおめぇらのだぁいすきなあの厄介モンーーが、ジャンクヤードに帰って来たのは。
何でも、ボンバルとディミが来た時期よりもふた月ぐれぇ前に、スキンブルの夜行列車にギルと連れ立って乗り込んだらしくてな。(ギルが言うことにゃ、無理やりタガーに乗せさせられたんだとよ。結局二人仲良くスキンブルから説教食らったらしいぜ。可哀想に、ギルが。)
まっ、それなりに旅を楽しんだみてぇで、土産物をアホほど抱えて3人戻って来たところで、ジャンクヤード中のピリピリした空気に違和感を感じたんだとさ。
「これは一体どういう状況?説明してくれるかな?」
「うわぁ……なーんか空気怖ぇ〜よ……」
「ハハッ、おもしろそ〜なことになってんなマンク!」
「ど・こ・が・面白そう、だっ!!全く……」
3人を迎えたマンカスが、タガーの減らず口に顔顰めながら一から懇切丁寧に説明してやったのさ。
「実は〜(中略)〜という訳なんだが、俺やランパスやジェニィさんが何度手を打とうと、ボンバルリーナとディミータの関係は厳しくなる一方だ。俺としては、ここに来てくれた以上あの二人には同じ仲間として上手くやってくれたら、というのが本音なんだが……どうしたものか。」
俺たちのリーダー猫になってそんなに経ってねぇ頃だ、当時初めてぶち当たった雌同士のイザコザにマンカスはすっかり参っちまってたのさ。
そんで、その悩みを帰ったばっかのスキンブル達に話しちまうくれぇにゃ相当追い詰められてたようでな。
マンカスを心配するスキンブルやギルと違って、タガーだけ「ふぅん、さすがのリーダー様もお手上げってか。」とニヤニヤ揶揄いやがった。
そんでマンカスが睨め付けて「ならお前はどうなんだ、あの二人を仲良くさせられるのか?……フン、試す価値はあるか、余計拗れるかもしれんが。」と、ちと八つ当たり気味に言ってやったら、タガーのやつ「へいへい、ちょっくら見に行ってやってもいいぜ?リーダー様がそこまで言うならよ」って一人、ボンバルとディミのもとへ向かったのさ。
ん?何だよ、ランペ。
なに、本当にその時からタガーはマンカスの言う通りに動いていたのかって?さっき話した通りさ。
しっかし、よく考えりゃ、あの厄介モンがマンカスの頼み事を断ったことねぇのも不思議なもんだな。腐れ縁だとは聞いちゃいるが……。
おっと、脱線しかけた!話戻すぞ。
そんで、こっから先はお前らの想像通りだ。ボンバルもディミも、他の雌どもの例に漏れず二人揃って初対面ですっかりタガーに骨抜きにされちまって、さらに火花散らすようになったのさ。
これがまた激烈でなぁ。
ボンバルは手前の面も身体も抜群なのを自覚してんだろうな、色気でタガーを攻め落とそうとしたのさ。
さりげねぇボディタッチだの、夜のお誘いだの、まあよくやるもんだぜ。
反対にディミは面は良いが胸のデカさがヘブッ!?
……鳩尾はやめろ、ジェミマ。
要は、ディミはボンバルよりちと分が悪かったからだろうな、その分ツンデレ作戦に入ったのさ。ギャップで撃ち落とそうってワケだ。
いつだったか「別にアンタのためじゃないけど、魚余ったからあげてもいいわ!」だの言ってタガーにプレゼントしてたこともあったっけ。
しかし、だ。あの二人が相手だろうと、タガーのやつちっとも靡きゃしなかった。一周回ってすげぇな、あいつ。
しっかし、その気は無かろうが雌を良い気分にさせて、気まぐれに翻弄するのはヤツの得意分野だ。アイツらもまんまとヤツの術中に引っかかったのさ。
何度フラれようが、めげずにタガーのヤロウにアタックするようになったアイツらは、喧嘩も当然してやがったけどな、それよりタガーと過ごせる時間をより多く奪う方向に気持ちをシフトしていった。
そんで、ギスギスしてた空気も多少マシにはなったっけな。
タガーのヤロウはってぇと、ボンバルとディミの愛を一身に受けてようが関係なく、アイツらからの誘いに乗ったり乗らなかったりして、裏で『ある準備』を仲間と進めてたのさ。
『ある準備』は何かって?
それは、12月を飾る最大の計画の準備さ。
何だったと思うよ?おっ、ヴィク手上げんの早ぇな!
……正解!そう、『クリスマス』だ。
雪が降るイブに、タガーとのデートの約束をどっちが先に取り付けるかってことで、二人揃って私が私がって必死にタガーを誘ったんだが、ヤロウ見事に断ったのさ。
それでも諦めきれねぇって食い下がるボンバルとディミに、「俺今日先約あっから。また来年な」とだけ言って帰っちまったってよ。
「…‥ねぇ、貴女ディミータって言ったかしら」
「…………何よ」
「私、今日は彼と過ごすつもりだったのよ」
「っ!それはあたしの台詞!」
「私より良い雌(おんな)、心当たりはあって?」
「はぁ?知るわけないでしょうが!」
「貴女もなのね。それならーー」
確かめてみない?っておっかねぇ笑顔でディミを誘ったらしい。
そして、タガーの後を尾けたんだってさ。おーこわ。
ついに、二人はタガーを見つけた。
その先約のお相手もな。
その相手ってなぁーー
「随分遅かったな」
「もう飾り付け終わっちゃったよ〜」
「よぉマンク、ミスト。プレゼントの準備、全部済んだぜ。お似合いだな、そのサンタ帽。」
「あ〜!タガーじゃん!メリークリスマ〜ス♪♪♪」
「うおっ⁉︎ハハ、あぶねーから急に飛びつくなよ、ジェミマ」
「うおぉお〜〜!め〜り〜く〜り〜〜〜〜」
ドゴァッ‼︎‼︎
「コリコてめーーーー‼︎背骨折れるだろーが!プレゼントやんねーぞ‼︎」
「「ぇ!プレゼントっ⁉︎やったやった〜〜‼︎‼︎」」
「タガー、私の分は?」
「あるよ。ンな顔すんなって、ヴィク」
「良かった〜♪」
「おれのもあるよなっ!」
「ギルのは〜…あれ、どこやったっけか」
「えぇ〜⁉︎プレゼント無いとか無しな!」
ーーそう、ワイワイはしゃぐお前らガキどもだったのさ。
え?覚えてねぇって?まだ小さかったしなぁ……無理もねぇか。
アタシの出番は、だぁ?ランペ、おめぇがまだここにいねぇ時期の話だぜ?続けるぞ。
そんでよ、その光景を教会の外の窓から見てたボンバルとディミは、それはそれはショックだったんだと。
ーーつっても、ガキども優先だったからじゃねぇ。仲間からクリスマス準備に誘われなかったってのは地味にショックだったらしいがな。
何でも、あいつらーー特にボンバルはーーちっちぇえガキの面倒見るのが本当は好きなんだと。
だのに、長ぇことタガーのことばっか考えてたばかりに、手前らがガキどもへ何も用意できてねぇのにようやっと気づいてよ、恥ずくなっちまったんだとさ。
「彼、あの子達のこと大好きなのね」
「見れば分かるわよ。……あんなに喜んで」
「……えぇ、そうね」
「…………あーぁ。タガーったら散っっっ々あたし達をコケにしてたのも、ぜーんぶこの日のためだったってわけ!」
「私も貴女も、夢中になりすぎたのよ。少なくとも、あの子達のこと軽んじてしまってたわ。……ダメダメね、私達」
「やめて。余計ダメージ入るわ」
暫し黙ってから、
「いいこと思いついたわっ!」
「へぇ?」
「あの子達のために、私ができることよ」
ってボンバルが窓から降りてよ、足元の雪で雪だるまを作り始めたらしいぜ。
「あの子達に似せた雪だるまを、教会の周りに飾ろうかしら?枝や葉っぱも必要ね……」
頭捻って懸命に小せぇ雪だるまを作るボンバルの近くに降り立って、「見てなさい、アンタのよりあの子達そっくりなの作ってやるわ‼︎」っつってディミも作り始めたんだと。
「貴女、大した自信ね。私よりあの子達を見てる時間は少ないのじゃなくて?」
「あの子達の顔ちゃんと覚えてるからいいのよ!そう言うアンタは手が止まってるじゃない?」
相変わらず口喧嘩は止めねぇまま、どんどん作っていったんだとさ。
後で外のアイツらに気づいたタントが呼びに行ったらよ、雪だるま全部完成したからって、今度はかまくら作りまでしようとしてたとか。
風邪ひく一歩手前でジェニィおばさんに教会に引き摺り込まれてたけどな。
その後、パーティー前に外で遊ぶお前らガキどもが、自分そっくりな雪だるまを見つけて「わぁ〜〜〜!」ってはしゃぐのを、アイツら教会の中から二人並んで嬉しそうに見てたんだぜ。……本当に覚えてねぇのか?
そうそう、タガーのヤツ、「よくもアタシ達を準備に誘わなかったわね?」「一言言って頂戴」だの言われて両頬つねられてたのはウケたな。
オレは「よくやるぜ。全部仕組んだ通りか?色男」って鎌かけてやったが、「さぁな?言ってやんねー!」ってヤロウに軽ーくあしらわれただけだったな。あー、今思い出してもイラッとくる。
そんな経緯で、アイツらはようやっと和解したのさ。
「ぜーんぜん覚えてなかったわ!そっか、わたしリーナとディミの喧嘩見てたんだ〜」
「怖い記憶だから忘れちゃうこともあるって、どこかで聞いたことあるわ。そういうことなのねぇ」
「ん?ランペいねぇな」
「話に飽きてどっか行ったわよ!それより、何話してくれてんのアンタ……」
冷や汗が背中を伝う。オレより10倍もデカいブルドッグを相手にした時、いやそれ以上の恐怖が、今まさに背後に迫っていた。二人分。
「お喋りが過ぎるのじゃなくって?ねぇ???」
「ランパスキャット‼︎言っとくけど逃げても無駄よ‼︎‼︎面貸しなさい‼︎‼︎‼︎‼︎」
「リーナ、ディミ、あまりランパス責めないで!せめて夕飯の時までにランパス返して〜!」
クリスマスの一件以降、互いに親友以上の関係になりながらも、一人の雄猫を共に愛するようになったボンバルとディミに引き摺られながら、おれの脳内は今夜の夕飯の献立やらジェミマの顔やらが走馬灯のように過ぎていくのだった。
FIN.