今度は君も 半壊した都を、鉄走騎が進む。テイ元宰相が操る空中城塞戦艦はレッカの都を焼き払ったが、それでもリュートがマエストローグの浮上とルドルフの攻撃によって受けた被害よりは幾分ましだ。
やはりリンガリンドの臨時政府はレッカを中心として作ることになるね。と、サイドカーでシュウが言う。
「リュート側は納得するだろうか」
「あちらの首脳陣は全滅しているから大丈夫だよ」
「フィーネ姫とプラーク機構卿がいる」
「うん。二人には最終的にリュートを代表してもらうが、先に名誉回復が必要だ」
ルドルフの策略以降混乱続きだったし、と続けてから、シュウは辺りを見回した。
都の建物は半壊しているものの、生き残った民と兵士達とで目につく端から復興を始めている。まだ統制は取れていない。被害状況の把握もままならないからだ。
「シュウ、……お前の名誉回復はいいのか」
「僕の? 回復する名誉なんてないだろ。レッカへの裏切りは本当だった」
「結果的に世界とこの国を救ったのにか」
「僕は自分の知識欲を満たしただけさ」
わかっているくせに。と、シュウはカイの方を向いて不適に笑った。
確かに、カイはわかっていた。この男の果ての無い知識欲は、狭い石牢にも、レッカ凱帝国にも、リンガリンドにさえ留めておくことはできなかった。いやというほどわかっている。
だから、次にするのはその先の話だ。
「まあいい。それで、――地球とやらへはいつ旅立つんだ」
カイは落ち着いた口調で尋ねる。
「ひと月後かな。殲滅システムの解除と、ワープシステムがどうにかなればすぐにでも飛び立つつもり」
「ひと月か」
カイは唇を噛みしめた。覚悟をしていたとはいえ想像以上に短い時間だった。リンガリンドの内で離れるのならばまだしも、今度は世界の外の更に外の外。容易に行き来できる場所ではないことくらい、カイも理解していた。
「カイ。今度は、君も一緒に来るかい」
サイドカーから、シュウが見上げる。口元を羽扇で隠し、翡翠の目がカイを捕らえる。
その真っ直ぐな視線を避けて、カイは瓦礫の積まれた都へ顔を向けた。
「俺は、リンガリンドに残る」
答えは最初から決まっていた。
ちらりとシュウを見れば、目を細めて満足そうに微笑んでいる。どうやらこの期に及んで試したらしい。腹立たしいが、これはそういう男だ。
「壁の外に世界があり、その外にも世界があり、遠い〝宇宙〟のその先にも世界があるとして、民が生きるのはリンガリンドの大地ただひとつ」
民にとっては、神の遣いと人との戦いも、何か分からないが大変なことが起きたらしい……という認識だ。なぜ戦ったのか、なぜ壁が狭まったのか、理解しているものは多くない。
世界の真理よりも明日の命、地球への旅より来年の収穫が気にかかる。それが民の暮らしというものだ。
「神の存在も地球への旅路も関係なく、人の営みは続いていく」
すがすがしく言い切って、カイは右手をつきだした。
「シュウ。俺はここでお前を待つ」
右の腕当ての中で、誓いの傷がなだらかな弧を描いている。よりよき国をつくる。ふたりの誓いのために、俺は地に足をつけねばなるまい。大空をゆくシュウに俺もついて行ってしまえば、大地を踏み固める者がいなくなってしまう。
「――カイ、君は……」
ようやくシュウが言葉を紡ごうと口を開きかけたとき、鉄走騎が揺れた。斜めになった瓦礫へ乗り上げたのだ。
カイは空に舵を切る。鉄走騎は半壊したレッカの都を大ジャンプする。シュウの髪が羽根のように広がり、赤い鳥を描いた冠は強風に流されて、飛んでいく。
「あっ……!」
シュウが冠を追うより早く、逞しい腕が空中に延びていた。
「だから、必ず俺の元へ帰ってこい。わかったか、シュウ!」
大きな手が、たなびく紫の平紐の端を掴む。
そして、慎重にたぐり寄せ、決して離さないように強く強く握りしめた。