ベリーダンス退屈だ。
商談として呼び出されたトルコ料理店。
店内は異国情緒溢れるトルコランプや壁飾りで彩られていた。
この、一代で大企業と肩を並べるまでに自社を成長させたルシファー・モーニングスターは退屈していた。
商談と言えばもっと格式高いところで、少しづつ運ばれてくるコース料理に舌鼓を打つ、というのが定石だろうに。と相手の店を選ぶセンスを疑ってすらいた。
好みのダンサーがいるから、という理由で連れてこられていたが。
ルシファーはもう女にも男にも飽き飽きしていた。
「ここの踊り子がそれはそれは奇麗で。見かけたときからファンなんですよ」
商談相手の言葉が右から左に流れる。
商談をしに来たんじゃないのか。
さっさと終わらせて帰りたい。
渡された資料に目を通す。
伸びしろを感じさせない。
この会社とはこれで終わりだな。
ため息をついて食事を口に運ぶ。
料理は悪くない。
食事だけならまた来てもいいかもしれない。
食事に舌鼓を打っていると突然店の照明が落ちた。
「あ、ルシファー様、踊り子が出てきますよ!」
この男を熱狂させる踊り子というのを一目見てやろうではないか。とカトラリーを置いた。
暗いステージに人気を感じる。
うす暗いライトがぼんやりとつき、踊り子を照らす。
逆光で影しか見えないが姿かたちは細くない。
どちらかといえばがっしりしている。
女性だと勘違いしていたが男性ではないだろうか?
ぱっ、とスポットライトが踊り子を照らす。
「っ…!」
照らされた踊り子の美しさに息を飲んだ。
引き締まった上半身を隠すことなく晒し、その肉体を飾るように付けられた首周りのアクセサリー。
ゆったりとしたズボンは黒を基調として男の白い肌を際立たせていた。
ズボンをよく見ると若干透けていて男の引き締まった太い足が見える。
腰にはベリーチェーンが何重にも巻かれ、彼の動きに合わせて美しい音色を奏でていた。
音楽に合わせて踊る男の姿は力強く、それでいて妖艶。
引き締まった筋肉を見せる動きには大胆さを感じられるが、腕を広げて舞う指先からは艶やかさを感じた。
美しい。
それ以外の言葉が出てこなかった。
息を飲み彼の踊りに引き込まれるよう見入っていた。
曲が終わり、男が頭を下げた。
はっ、と意識が戻ってくる。
引き込まれるとはまさにこのことだった。
商談相手がファンだというのも頷ける。
彼の踊りには引き込まれる何かがあった。
「どうでした?」
「…ベリーダンスは女性が踊るものだと思っておりましたが…まさか…」
「彼、引き込まれるでしょう。ここの店に来る者は皆、彼目的でくるんですよ。もう少ししたらステージから降りてきますのでもしよかったらお話してみてはいかがでしょうか」
商談相手に言われ、どきりとする。
ステージから降りてくるのか。彼が。
ただ、何と声をかければいいのか。
素晴らしかった。としか言いようがない。
今までいくつもの修羅場を口先でくぐってきた自分の語彙力のなさに絶望した。
「こんばんは、初めましての顔ですね。お相手の方は何度も見た顔だ」
「あぁ、アダムくん!何度も来させてもらってるよ…!今日も素晴らしかった…!」
彼のズボンにチップとばかりに金を突っ込んだ。
「そうだそうだ、ーーさん。ふふ、毎回お小遣いをくれるから。覚えてないわけないだろう?」
彼の印象はステージの上とは全く違っていた。
ステージを降りた彼は小悪魔だった。
自分に興味があるものを手の中で転がしている。
ふわりとみせる子供っぽい表情に更に引き込まれた。
「初めまして。ルシファーというものだ。君のダンスは素晴らしかった」
「どうも、こんにちは。ダンス、ほめてもらえるの嬉しいです」
にこ、と笑った彼の表情は可愛らしく久しく味わっていなかったときめきを感じた。
「これからも応援している」
商談の男のようにズボンにお金を挟む勇気がなく、さらりと書いた小切手を彼に握らせた。
「ふふ、初回でそんなに喜んでもらえるなんて」
じゃぁ、と手を振ってバックヤードに引っ込んでいった彼をずっと眺めていた。
ここから彼、アダムを振り向かせるため、ルシファー・モーニングスターのアプローチは始まったのだった。
***
「はぁ…つかれた。またあの気持ち悪いおっさん来てた。お金くれるからいいけど。あいつが連れてきてた男はなんだか身なりがよかったよなぁ。なんかもらったけど…これなんだ?」
バックヤードへ引っ込んできたアダムは踊り子仲間に渡された小切手を見せた。
「え!??!これ小切手だぞ!!」
「小切手?なにそれ」
「知らないのか?それもって銀行行ったらその金額もらえるんだよ」
「えっ…」
「知らないでもらってきたのか?」
「ラブレター的なものかと…」
そっとその小切手の金額を見る。
自分の1か月の給料の十倍の金額が書かれておりひゅ、と息を飲んだ。
「え、うそ…?」
「ちょ、これオーナーには絶対黙ってた方がいいって…!持ってかれるぞ…!」
「うん…」
何者なんだ…あいつ…。
アダムの方にも記憶に深く深く彼のことが刻まれた。
***
二日おかず、ルシファーはアダムの店に訪れていた。
「こ、こんばんは…えっと…ルシファー…さん?あの、前の…」
「なんだ、足らなかったか?すまない、こういう場所の相場がわからなくて。それとも現金の方がよかったかな。今の時代キャッシュレスが進んでいて…余り持ち合わせていないんだが…」
「ちょっと待ってください…!大丈夫、大丈夫ですから…!むしろあの、足りすぎているというか…その…。お返ししたくて…」
す、と小切手を返された。
「!…気に入らなかったかい?前一緒に来た男にお小遣いをもらっていたからてっきりそのほうがいいと思っていて…」
「いや、あの…この金額はもらえません…」
「私が君の踊りを見て、この金額を提示するのが妥当だと思ったんだ。評価に対する対価はしっかりと払いたいたちでね」
「でも…」
「そうだな…ではこうしないか。もし君が許すのであればの話だけれどね」
にっこりと笑い条件を提示する。
なんとしても金を渡したいルシファーと受け取れないアダム。
受け取れない理由が金額というのならこの金額を少しずつ渡そう。
「店に毎回来てくださるということですか…?」
「もちろん店に来よう。しかし、しかしだ、君のダンスを見る度に結局あの金額を提示し君に渡すから結局君に渡し終えるのはいつになるんだろうね?毎回渡す額を増やそうか?」
これ以上大金を手にするのを恐れたアダムは咄嗟に答えた。
「じゃぁ!!仕事終わったらその、ご飯、ご飯に行きましょう!それも貴方のおごりで!ご飯の金額はその、私に渡すお金から引いてくれたらいいから…!」
「君の時間を拘束する為のお金がまた発生するんじゃないのか?」
「だ、大丈夫です…!友人として…!行きますから…!」
にや、とルシファーは笑う。
慌てているアダムはその笑みに気づいていない。
「そうか…でも、君と私では年齢が違いすぎる。まずは一度普通に食事でも。それ以降無理だと思うなら付き合わなくていい。客としてここにまた訪れるとしよう」
「わかりました。いつからがいいですか?」
「君の予定がないのであれば今日でも構わないよ」
「!わかりました、では今日仕事終わりに。私の仕事の終わりの時間は…」
***
ルシファーはいつにもなくそわそわしていた。
ここでいい関係を築かなければアダムとの関係はまた店のスタッフと客に戻ってしまう。
まさかこんなにも早くお近づきになれるなんて。とアダムのちょろさに少し驚いていた。
「お待たせしました…!」
「いや、待っていないよ。そして、もうお仕事終わりだ。友人として接してもらって構わない。君の過ごしやすいようにしてくれたらいい」
「…あ、い、いきなりなんだか、恥ずかしいな」
生娘のように照れる彼にどきりとする。
始まりはどうであれ、こんなティーンのような。
「私は友人が少ないからどう接していいかわからないから本当に君の好きなようにすればいい。」
「?最初に店に来てた人は?」
「あれは取引先だ」
「あぁ、やっぱり。どこかのお偉いさんかなって思ってたんだよ。もしかして社長とか?」
食事の場所に向かうまで他愛のない会話をする。
「ああ。一応な」
「すごいんだな…!あの金額ぽんと出された時はぶっ飛んだぜ。何せあの金額、私の給料の10倍あったんだぞ」
「え」
ルシファーは目を見開く。
そんなに賃金が低いのか。と。
てっきりもっともらっているものだと思っていたのでルシファーは開いた口が塞がらない。
「そうか。君ならもっと上にいると思っていたのだが」
「ん~、どうなんだろうな。これでももらってるはずなんだけど…ちょっと社長業長くて感覚麻痺しちゃった?」
「ふふ、そうなのかもしれない。でも、君のあの踊りは本物だ。あの金額を出して私は惜しいと思わない」
「なぁ、その君っていうのやめないか?私はアダム。アダムって呼んでくれ」
ニコリと笑ったアダムに心が跳ねる。
「そうだな、うん、失礼だったな。アダム」
名前を呼ぶとアダムの顔が赤くなった。
なにか悪いことをしてしまっただろうか?と顔をのぞき込むとなんでもない!と離れられてしまった。
***
アダムは緊張していた。
連れてこられたレストランはまず普通に生きていて来るかどうか分からないようなホテルの最上階。
出される料理は説明を受けるが口に放り込んでも何を食べているか分からない料理。
出される酒は高級なことしか分からない。
「ルシファー、あの、本当に私こんな格好出来て良かったのか?」
アダムは仕事終わりの簡素な服だ。
Tシャツにチノパンツ。
ちょっとくたびれているスニーカー。
対してルシファーはいつも着ているピシッとした白いスーツに磨かれた黒い靴。
「?何も気にすることない。私たちしかいないんだから」
「いや、そういう問題じゃ……」
そもそも今日言って今日、貸切にできるルシファーの財力に頭が痛くなった。
「なぁ、これで私に渡すお金すぐ無くなっちゃうんじゃないのか?」
「そんな事ないさ。まだまだ君にしたいことが沢山ある」
着てほしい洋服もある、食べてほしいものも沢山。
他には…。とあげるとアダムがストップをかけた。
「まって…!そんな!一方的にしてもらうだけじゃだめだ…!そんなほは友達じゃない」
「...!そうか、いやだったか…すまない...」
見るからに落ち込むルシファーにアダムはよし、となにか結論付けてルシファーにしゃべりかけた。
「お互いのしたいことをしよう!次は私が、ルシファーとしたいことを計画する。一日、仕事のない日に!ルシファーに普通に友達と遊ぶってこと、教えてやる」
「!次もまた会ってくれるのか?」
「?当たり前だろう?」
扱く当たり前といったように首を傾げるアダムにルシファーはほっと胸を撫でおろし、笑みを浮かべた。
「そうか…!嬉しいよ…!」
「!」
その笑みを見たアダムの顔が赤くなる。
「?どうした?」
「なんでもない!」
そのレストランでデザートまでしっかりと食べ、解散となった。
ルシファーはアダムと連絡先を交換し合っていた。
メッセージアプリなど家族としかしたことがなかったがぽこんと通知音を立てて、アダムから連絡が来る。
‘‘今日はありがとう、御馳走様。次は私の行きたいところを探すから休みを教えてくれ!‘‘
ギターを持った謎のマスコットがいえーいと喜ぶスタンプが添えられていた。
’’こちらこそ、仕事終わり、疲れていたのにありがとう。アダムの休みに合わせるからアダムの休みを教えてくれないか。’’
スタンプを添えて。返信する。
’’次は〇/〇だ。てか、スタンプ気持ち悪いな!”
お気に入りのアヒルのスタンプを送ったつもりのルシファーだったが気持ち悪いといわれ首を傾げた。
今どきの若者とは感覚が違うのか。
”私が可愛いのあげる!”
そういって送られてきたギターをもったマスコットのスタンプ。
地獄は続くよアダム君というマスコットらしい。
アダムと同じ名前のマスコットで少し愛着がわいた。
大切に大切に保存して、アダムに礼をいう。
車を運転していた秘書に「〇/〇、スケジュールを全てキャンセルしておけ。埋め合わせは必ずすると伝えろ」
と命令し、アダムとのラインの画面を眺めた。
幸せとはこういうものなのだろう。
これからもっと近づければいいなと思った。
きたる〇/〇が楽しみでならず今から何を着ていこうか、といつもは見ないようなファッションサイトを見たりなどして。
明らかに浮かれていた。
ぽこん。
再度アダムから連絡が来た。
”服、私が選んだ服を着てほしいな。”
とファッションサイトのスクリーンショットが送られてきた。
カジュアルな一般量販店のサイトだった。
いつもは着ないようなブランドだが片思い中の相手の要望だ、答えぬ訳にはいかない。
すぐにその服を購入し、アダムに購入画面を送り付けたら行動が早すぎると笑うアダム君のスタンプが送られてきた。
本当に、楽しみだ。
後日、若者デートに付き合わされたルシファーの話はまたいずれ。
END