憧れ憧れた存在は、海軍だった。
自分の生まれた村は貧しく、明日の食い扶持を繋ぐために平気で子供を捨てる、そんな村。
自分は親に早々に捨てられ1人で必死に生きてきた。
捨てられた子供たちを束ね、食べ物を盗ってきてみんなで分け合って生活する。
しかし、子供だけの生活も限界がある。
穏やかな気候とはいえ、寒さや暑さを凌ぐ場所、病。
今日元気なやつが明日には死んでる。
そんなことも普通にある、そんな世界で生きていた。
「子供を束ねて生きてるのか?」
真っ白の洋服にピンクのベストの男が声をかけてきた。
「そうだ。なんだ?どこかの貴族か?卑しい私たちを笑いに来たのか?」
「そんな暇じゃないさ。そうだな、君たちの町を海賊たちが牛耳っていたので代わりに私たちがここの町を管理するというわけさ」
「…どうせ、そういって表面だけを奇麗にしていくつもりだろう。今までもそうだ」
海賊が牛耳ろうが、それ以外が牛耳ろうが何も変わらない。
自分たちの生活が最底辺で、牛耳っているやつは上辺だけを奇麗にして整った風を装っていく。身寄りのない子供は結局盗みをして生きて、明日死ぬかもしれない状況をずっと続けていくしかないんだ。
「…なるほど。それは一理あるな。私たちは上辺しか知らない。君たちのような最底辺を知らないんだ」
納得した男にこれ以上話すことはない。
今日も餓えている下の子供たちを食わせるために食料を…。
「じゃぁ君が!教えてくれ!」
「…はぁ!?」
「上辺だけ整えるのではなく、すべてを整えるために君が!この島がどうなっているのかを教えてくれ!」
「なんで私が!私は忙しいんだ!」
「じゃぁこうしよう、君が私たちに毎日最下層の者たちの状況を教えてくれ。そして、その報酬にお金を渡そう。これは立派な仕事だ。毎日盗みをするよりよっぽどいい。君は町の人たちにどうなったら町が豊かになるかを聞いてくれればいい。そしてそれを私に報告してくれ」
うんそうしようと勝手に話を進めるそいつに呆然としてしまった。
子供の話を鵜呑みにするのか、この男は。
「私の話を鵜呑みにするのか?」
「ん?君は嘘を報告するのかな?」
「私は嘘は嫌いだ!」
「じゃぁ、契約成立。私はルシファー。ルシファー・モーニングスター。海軍の中将をしている」
その言葉を聞いてひっ、と喉が鳴った。
中将だって!?海軍の!?
今まで働いた不敬の数々に震えが止まらなかった。
「あ、ぁ…ちゅ、じょう…!?かいぐんの…!?あ、え、と、ごめんなさい…」
「ん?何を謝るんだ?」
「だって…その…えらいひとだから…海軍の偉い人は…さからったら…ころされるから…」
「殺さないさ。全く、前の統治者は何をしていたのやら。私はそんなことしないよ。さぁ、君の名前を教えてくれ」
「私は…アダム…です…」
「そうか!いい名前だ!」
こうしてルシファーと契約した私は町の状況を調べて報告した。
最初はやっぱり契約をするなんて嘘なんじゃないかと恐る恐る海軍の基地に向かった。
どうせ門前払いをされるだろうと思いながら海軍の門番に声をかけると快く通してくれた。
「おぉ。来たか。早いじゃないか」
立派な椅子に座ったルシファーを見て身体がぴっと伸びる。
「その…報告を…」
「あぁ、聞かせてくれ」
町で見聞きしてきたものを嘘偽りなく報告した。
「そうか…子供への対応が最優先だな…」
「どうして…?」
「どうしてって…子供は未来への宝だ!なんにでもなれる。その子供たちが捨てられ、飢え、死んでいくのは辛抱ならない」
ルシファーの言う言葉に涙が出た。
自分は早々に捨てられ、こんな生活をしている。
もっと早く、出会っていれば。
「アダム、大丈夫か?」
「ぅ…はい…」
「明日は子供たちがどこらへんに住んでいるのか教えてくれ。もし可能なら人身売買をしている者も報告してくれると助かる」
「わかりました」
「じゃぁ、記念すべき最初のお仕事の報酬はこれくらいかな」
じゃら、とおかれた袋の中には今で見たことがない量のお金が入っていた。
「え…!?こ、こんなに…!?」
「そうだ、一日の労働の対価だ。大切にしなさい」
「はい…」
「じゃぁ、今日はこれで。気をつけてかえるんだよ」
海軍の基地からでて改めてお金を見る。
多すぎる。
子供のお駄賃にしてももっとあるだろう。
ルシファーはもしかしたら金銭感覚がおかしいのかもしれない。まぁ中将って沢山お金がもらえるんだろうなぁ…。
お腹を空かせている兄弟達に沢山の食事を買ってその日は初めて兄弟がお腹空いたと言わずに眠れた日だった。
次の日。
ルシファーに言われた通り子供の住んでいる場所と人身売買の場所を報告した。
わかった、ありがとうと次は…と次の報告内容を言われその日は終わった。
その次の日も、次の日も。
ルシファーの求める情報を報告し続けた。
こうして、ルシファーに初めて報告した日から一週間が経過したある日。
「ねぇ…!アダム…!」
眠っている私を兄弟の一人が切迫した様子に話しかけてくる。
こういう時は決まって兄弟がよくない状態で見つかる。
がばっと起きると海兵が何人か、住処の入口に立っていた。
「ここに、アダムという少年はいるか!」
「…私だ」
「そうか、君が…!モーニングスター中将からの命令で君とその兄弟たちを連れていく。もし荷物があるならそれも全て持ってきなさい」
強面の海兵に兄弟たちが泣きべそをかきはじめる。
ルシファーの命令なら、そう悪い話ではない…はずだ。
出会って一週間の人間を信用するのはポリシーに反するがあいつは、悪いやつではないはずだ。
「大丈夫、私が守るから。荷物を持っておいで」
***
「やぁ!アダム来たか!遅くなってすまなかった。建設に一週間もかかってしまって」
海兵に連れられて来たのは大きな建物の前だった。
「こ…ここは…」
「君に言ったじゃないか。子供の対応が最優先だと。ここは孤児院。私の信用のおける人を監督として常駐させる予定だ。ただ、その人と子供たちが馴染むまで君がここで監督をしてほしい」
これは新しいお仕事だよ。とルシファーに言われる。
「報告は…」
「もちろん続けてもらう。ただ、住むところの監督もしてほしいってわけさ。仕事が増えて申し訳ないね、その分お給料は弾むから」
ウィンクをされるがまだこれ以上お金をもらえるのか、と少し震えた。
「さぁ、中にはいって!君たち以外のこの町の子供たちが入れるくらいの大きさを建てたつもりだ」
自分の報告がこのようにして反映されていることを目の当たりにし、少し誇らしくなった。
中に入ると大きな食堂。談話室、複数の寝室があった。
寝室は何人かで一部屋になっていてベッドと清潔なシーツが敷かれていた。
「すご…」
「病気を防ぐには清潔な場所からと言うし。ここが機能し始めたら健康状態を確認するために医師も派遣するつもりだ」
「こ…こんなにしてもらっていいのか…!?そ、それに、私たち子供だけがこんなに手厚く保護されたら大人たちが…!」
「そうだな、不満もあるだろう。町の改善が整うまでは海兵を常駐させよう。さっき迎えに来てくれた海兵がいただろう?彼とかどうかな、彼は子供が大好きなんだ」
あの顔で…?と兄弟にギャン泣きされた彼をそろりと見た。
なんとか圧力をかけないように努めているんだろう、ぎこちない表情でにこりと笑って見せた。
「さて、これで一つ、問題が解決したな。これからも解決していくから少し待っててくれるか。君に見かけだけだといわれるのは悔しいからね」
ぱちりとウインクしたルシファーに根に持ってたのか…と微妙な顔をした。
それから何年も、何年もかけてルシファーは町を改革していった。
大人たちに仕事を与え、十分に暮らしていけるだけの資金を町に提供した。
段々と町が栄え、孤児たちも減っていき最初に作ったこの孤児院も私一人になっていた。
この場所を子供たちが勉学するための学校として今後使用する予定だ。
私はここを出て。
海兵になった。
***
「ん…」
「ボス、居眠りですか」
「ふあぁぁ…そういうな。今日も夜中に馬鹿どもが暴れたせいで寝不足だ」
自室の机で眠っていると部下に起こされた。
海兵になって五年。私はルシファーと同じ中将になった。
部下たちも増え、それなりにやっている。
ルシファーとは…会えていない。
私が海兵になると決めたあの日、海軍をやめたらしい。
そして…やめたあいつは…。
「そういえば、あの男、また懸賞金があがりました」
手配書を持ってきた部下の手から手配書を奪い取る。
そう、ルシファーは。
「ぐうううう…!!あいつ、どうして!またこんなことになってるんだ!!」
DEADorALIVE
Lucifer・Morningstar
$30000000000
海賊になっていた。
憧れて、自分を救ってくれた恩人が、まさか海賊になっているなんて思いもしなかった。
ルシファーの元で働けると思っていたのに。
入隊したとき、絶望で辞めそうになった。
しかし、もしかしたらまた海軍に戻ってくるかもしれない。
そうなったときに、自分があの人の横に立てたらと精一杯努力したというのに…!
自分の目標がいつの間にか、ルシファーの隣に並ぶではなく、ルシファーを捕まえるに変わっていた。
「はぁ…あいつは今どこにいるんだろうな…」
海兵になってみて思ったが意外に海兵というものはしがらみが多い。
上から命令されたことは絶対。
自由にできることなんて少しもなかった。
その中であいつがこの町にしてくれたことは、本当に大きなことだったんだと思う。
「近くの海域で目撃情報がありますが」
「…船出せる…?」
「命令頂ければ」
「さっすが私のおっぱいちゃん!」
***
船が出て、大海原を航海する。
今日は快晴。いい航海日和だ。まぁこの海は何時荒れるかわからないけど。
ぼんやりとルシファーが見つかればな、なんて思った。
もう何年もあっていない。
もしかしたら自分だとわからないかもしれない。
あの時から背も伸びて顔つきも少し変わった。
「ボス。前方に船です。おそらく」
「マジか。そんな都合よくいくか?普通」
自分の強運にびっくりだ。
「海賊旗確認。モーニングスターです」
「…全員配置について。砲撃用意!!!撃てえ!!」
どうんどうん、と大きな音を立てて砲撃を開始する。
するとふわりと白い男が出てきて砲弾をすぱりと切り落とした。
「ルシファーモーニングスター!大人しく投降しろ!」
「はぁ…なんだってんだ…私は忙しい…」
昔よりも覇気がない顔立ち。
むしろやつれている。
「おい、ルシファー!大人しく捕まればこれ以上手間は取らせない。お前ほどの大海賊がこんなところで何をしている?」
「なに、昔作った町の様子を久しぶりに見に行こうと思っただけだ。まぁお前たちに邪魔されているが」
「!」
覚えていたのか、あの時のことを。
「町に行って何をするつもりだ?あそこは海軍基地がある」
「昔馴染みのかわいい子がどうしているか、気になっただけだ」
「…昔馴染みの子って…?そこにはもう、いないと思うぞ」
「お前が何をしって…ん?いや待て、お前、アダムか?」
ようやく視線が交わって。
やつれた顔に光がさした。
「アダムだよ、アダム中将」
あちらの船からふわりと飛んできたルシファーが私の顔を両手で包む。
「なんだーーー!お前!あの時の!小僧が!!こんなにも立派に!!」
「ーーー!!離せ!!海賊風情が!!」
「ん?どうした?昔より少しお手入れを怠ったんじゃないか?あんなにも可愛らしかったのに…髭なんか生やして!そうかー、あの時一緒にいた海兵に憧れたのか?あの海兵髭があってかっこよく見えたんだなぁ。うんうん。鼻水垂らして泣いてたお前が!こんなにもたくましくなってーー!」
部下に驚いた顔で見られ羞恥で顔から火が出そうだった。
部下たちには威厳のある態度で接するようにしていたのに!
台無しだ!
「離せって!!」
ばしりとルシファーの手を払う。
「どうした?りんごのように真っ赤になって。私に久しぶりに会えてうれしいのか?ふふ、かわいい私のアップルちゃん」
久しぶりに会えたのは嬉しい、でも!
こんな!こんな!部下たちの前で!辱められるとは!思ってもみなかった!
昔と変わらず優しいのが悔しい!
昔と変わらずいい匂いがするのも悔しい!
そして何より、自分のことを覚えていて会いに来てくれようとしたことを今わからせられるのが悔しい!
「~~~~っ!!お前のこと!絶対捕まえてやる!!」
「おお、そうだな、海賊の私と海兵のアダム。相反するものな!でもまぁ、お前も中将という身だ、私が辞めた理由をなんとなくわかるだろう?どうだ?私の元へ来ないか?昔みたいに生きようじゃないか、私もお前と一緒にいたあの時間は楽しかったよ」
どき、とする。
一緒に?私が、お前と…?
「っ、許されるわけがない…!!お前のところなど行かない!私は、私は…!!」
「ボス!」
がきん。
と剣が合わさる音がした。
うつむいて震えていた私が顔を上げると部下のリュートがルシファーに剣をぶつけていた。
「おお、血気盛んなお嬢さんだ。お前もここで愛されているな?アダム。よかったよかった。また、二人で話ができる時にやってくるよ。その時まで答えは考えておいて」
ふわりとルシファーが消え、前方に合った船ごと消えていた。
「あいつの能力でしょうか…!まったく、海兵を勧誘だなんて!どうかしてます!!」
「そうだな!はは、本当に、そうだ…」
「…大丈夫ですか?」
「あぁ。すまん、手間をかけさせた」
「いえ」
優秀な部下を褒め、船を基地に戻した。
***
ぼんやりと、仕事をこなしながらルシファーの言葉を反芻する。
ここをやめて、ルシファーの元へ…。
昔ならきっと手放しで行っただろう。
だが、もう手放しで行くには背負うものが多すぎる。
第一、自分を育ててくれた上司、自分を支えてくれる部下たちを放ってはいけない。
「はぁ…」
「ボス」
「んぉあ!?ど、どうした…!?」
「…ボスはあいつのところに行かれるのですか」
ド直球しかないリュートが訪ねてくる。
不安そうな、表情をしている彼女の肩を叩く。
「馬鹿言え。私には支えてくれる支部の皆や、育ててもらった恩もある。それに反していくことはない」
「ボス…」
「まぁでも、君が望んで来なかったとしても名目上連れ去られたという形なら来てくれるね?」
突然の第三者の声。
窓に身体をひっかけたルシファーがアダムの腰を掴んだ。
「な!?おま…!」
「借りてくよ、お嬢さん」
「待て!!!」
ふわりと身体が浮き、気が付くと船の上にいた。
「え…?」
「ふぅ。本当に大きくなったなぁ…」
ルシファーは私の顔を見てもっとよく見せてと寄ってきた。
「うん、男らしくなったが面影はあの時のまま。優しい顔をしている」
にこ、と笑ったルシファーに顔が熱くなる。
だめなのに。こんなの。
「ぅ…は、早く、私を…」
「まぁ、次の島までくらいいいじゃないか、積もる話もあるだろうし。私は君と今までどう頑張ってきて中将になったのか教えてほしいな。あ、機密事項はしゃべらなくていい。本当に君のことを知りたいんだ」
「…口説いてるみたいだ…」
「みたい、じゃなかったら?」
ぼっ、と顔から火が出た。
比喩でなく。本当かもしれない。
口説く?誰が?誰を?
「は…ぇ…?」
「ふふ、可愛いな、こういうことしてこなかったのか?」
ちゅ、と手の甲を取ってキスされる。
「ーーーーーっ!!!??」
「はは、可愛い可愛い!」
「ばっ、馬鹿にするな!!!」
「馬鹿になどしてないさ。お前が次の島までに私に落ちて海兵を辞めてくれるように仕向けるだけさ」
そう言われはっ、となる。
もう船は自分がいた島が見えなくなるほどに出航してしまっている。
それに海賊の船だ、帰る方法がルシファーに取り入る以外ない。
でも、でもだ…!
これだけは言わせて欲しい。
「だ、誰がお前になんか落ちるものかー!!お前は!私が捕まえるんだ!!!」
「お前にだったら捕まってもいいなぁ♡」
ほぼほぼ落ちている私がこれ以上落ちない為の精一杯の強がり。
END