別にアンタの為じゃない※数年後の未来設定
別今ではないけどそれっぽい話
「あのね、今先輩の彼氏が…つまり一般の人って意味ですけど、そういう人がおれのこと鬱陶しく思うのは、普通の事なんですよ」
珍しく喫茶店などに結花を呼び出した太一は、本日のコーヒーを前に語りかける。
「ボーダーの人が特別なんです。それも、ネイバーっていう目先の脅威に対して共に戦う連帯意識みたいなものがあってそうなってるだけで、特別あの人達が優しいからおれが受け入れられてる訳じゃないんですよ」
「そんな事ないわよ」
「そうなんですって」
太一はなんて事ないように言う。出会った頃の表情豊かで騒がしい、悪く言えば子供っぽい太一からは想像がつかないような落ち着いた声色で、まるで駄々っ子に言い聞かせるみたいに結花に語りかける。
あの太一が。こんな話をそんな顔で。カチンと来てしまう。
「だから、こんな事でいちいち別れてたら今先輩いつまで経っても独り身で」
「うるさいわね」
カチンと来た勢いのまま遮ると、太一はまだ物言いたげな様子で、しかしおとなしく口をつぐんだ。何よ、人の事なんか気にせずベラベラ喋ったり、すいませーん!とか言うところじゃないのそこは。太一のくせに。
「あんたが気にする事じゃないの。そんな心配あんたにして貰わなくたって大丈夫です。大きなお世話よ」
「…おれ真面目に言ってるんですよ」
心なしかしょぼくれた顔をして太一が言った。
いつまでも子供なんだから。誰かに、目の前の太一にそう言われたような気分になって、急に色んなことが面倒になって、結花は自棄のようにコーヒーを飲み込んだ。
◆
「何、結花ちゃんまた彼氏フッたの?」
「国近、私まだ何も言ってないんだけど」
昨日の夜彼氏と別れて、今日の昼間喫茶店で太一とわかれて、その足で国近に会いに来て、まだ何も告げないうちから顔を見た瞬間見透かされて本題を先に言われてしまった。
彼氏と別れました。以上。
「別れたの。フッたんじゃなくて」
「どうせまた結花ちゃんから言い出して話も聞かず別れたんでしょ〜フッたでまちがいないじゃん」
言いながら国近はまぁ上がりなよとごちゃついたリビングに招いてくれる。いつ来ても散らかった部屋だ。何が良いかな〜あっちょっとだけピルクルあるよ!飲む?キッチンから国近のゆるい声がする。お構いなく、と答えて持参した飲み物を掲げると、気が利きますなぁと笑って絵柄も形も不揃いなカップを持って戻ってきた。
こんなだが国近はよくモテる。人に壁を作らない。断罪しない。されない。結花と違って。
「だって、あいつ太一の事馬鹿にするんだもの」
「結花ちゃんは本当に難儀だよねえ」
国近はもう幾度目かの慣れた話題を苦笑いをして受け止めた。
実のところ、国近程ではないが今結花もそれなりにモテる。
大和撫子然とした風貌と教養、育ちの良さが立ち振る舞いにあらわれ、料理上手。その分とっつきにくいかと思えば、案外面倒見が良くしっかり者。大学生の頃も、社会人になってからも、途切れる事なく「需要」はあった。
それなのに何故か長続きしない。続いたと思ったら半年も経たずに別れてしまう。別れるタイミングは様々だが、共通点は「身内に紹介した後」だという事。故郷を離れて三門で長く生活する結花の身内と言えば、高校時代からの深い付き合いである鈴鳴第一の3人の事だ。結花から紹介する事もあれば、彼氏の方から会いたいと言い出す事もある。自分の恋人と生活を共にしている若い男達の事だ。話題はどうしたって避けて通れない。
「来馬先輩はいいのよ。三門の名家の方だからそもそも知ってる人も多いし。マナーは最高だしお人柄もあの通りだから、大体みんな丸く収まるの。鋼くんは最初ちょっとだけ警戒されるけど、話せば気質が朴訥で穏やかなのはすぐ分かるし、見た目鍛えてるからそうそう舐められる事もない。問題は太一なの。というか、2人が問題無さすぎるから余計に太一が目立つというか。」
「そうだね。ちょっと損なポジションにいるねぇ、太一くんは」
「先輩や鋼くんに何か言うと言った方が器が小さいみたいだから、パッと見色々言いやすい太一に矛先が向くのよ。言ってる事自体は分かるのよ?そそっかし過ぎるとか、困った奴だとか。でも、私達が言うなら良いけど…たかだか一回二回会っただけの人間にとやかく言われる筋合い無いじゃない」
仮にも昨日まで恋人だった男を「だけの人間」呼ばわりする結花に国近は申し訳ないながらも笑ってしまう。
「結花ちゃんが好きだからヤキモチ妬くんだよぉ。来馬さんや鋼くんにおおっぴらに妬けない分余計に太一くんに当たられちゃうというか」
「ただのヤキモチなら申し訳ないから、私だって外に部屋借りたり色々したわよ。でもそれだけじゃないじゃない。太一の事を自分より下だと思うから言うのよ。先輩や鋼くんには言えない事を太一だけには言うなんて…」
潔癖なところのある結花には許せない事なのだろう。
(つまり結花ちゃん的には彼氏の序列は一番下なのだな…)
国近は思ったが、その気持ちは自分に当て嵌めてみてもよく分かるので言わなかった。
「そういうの見た瞬間に器の小さい奴だなって思ってしまうの。そうするともう駄目なの。」
だから別れてきたの。おしまい!
やけ酒みたいにお高いお茶をあおる結花のカップに国近はおかわりをついでやった。
「言ったらなんだけど、いつもの事なのに今回は荒れてるね」
「…今回は別れ話の一部始終を太一に見つかっちゃって」
責任を感じた太一に連絡を受けての冒頭の会話となる。
「ああ〜…それは太一くんかわいそう」
「気にしなくていいって言ったのに、太一、彼氏の方の肩持って自分が色々言われるの当たり前みたいに言うから」
そんなの絶対おかしい。ついにローテーブルに突っ伏してうめく様に言う結花を撫でながら国近は声をかけた。
「いつか太一くんの良いところ分かってくれる彼氏と出会えるよ」
「…うん」
此処にもし誰か外部の人間が居たならば、この完結した人間関係の輪の中に果たして「彼氏」というポジションは必要なのだろうか?と疑問を呈した事であろうが、そんな人間はこの場にはお呼びでなかったので、この話は此処で終わりです。
完!