それは、本当に突然の出来事だった。
「あっ、わんこ!」
レンとアキラを連れて散歩をしていると、レンがすっと指をさした。
そこそこ人もいるし、犬の散歩をしてる人を見つけたのか、なんて思いながらさされた指の先を見る。
「え?」
そこには、うぃるによく似た小さな犬?と、俺にそっくりな小さな、何かが居た。
◆
「それで、連れて帰って来たの?」
驚きのあまり慌ててウィルによく似た犬と小さな俺のような何かを抱えて帰宅すると、出迎えてくれたウィルが心底不思議そうな顔で問いかけてきた。
「いや、うん…今思えばタワーに行けばよかった」
「っていうか、俺…?と、アドラーだよな、これ」
「たぶん…」
抱えていた小さい二人を降ろす。するとレンとアキラが自分より小さいそれに興味津々のようで恐る恐る手を伸ばした。
「あ、こら」
ぽすん。アキラの手がウィルに似た犬の頭に触れる。犬はすっと目を閉じて大人しく撫でられてくれた。噛んだり吠えたりはしないようなので少しだけ安心する。
「うぃる~」
「ん?」
「え?俺じゃねぇよ?」
「うぃる~」
「え?」
突然聞こえたウィルを呼ぶ声に目線を下げる。小さい俺のような何かがウィルの足元でウィルを見上げながら声を発していたようだ。
「…君、しゃべれるの?お名前は?」
ウィルがしゃがんでそいつに問いかける。
「う?」
「しゃべれないか」
「ねー、パパ」
「うん?どうした、レン」
「この子、がちゅとっていうんだって」
「え?」
この子。レンがそう言いながらウィルの足元にいるそれを指差した。
「こっちのわんこは、うぃるわんって呼ばれてるって!」
続けてアキラが言う。
「……アキラとレンは、この子たちが何て言ってるか分かるの?」
「っていうかうぃるわんとがちゅとって…俺らじゃん」
◆
「で、まとめると、タワーの俺らの居住スペースで昼寝してたらいつの間にか公園に居た、ってことでいいのか?」
がちゅと…小さい俺がウィルの上に座ってこくりと頷く。うぃるわん…犬のウィルは子どもたちとおやつを食べていた。
「なんかさ、昔あったフェイスくんの事件と似てるよね」
「フェイス?」
「うん。過去から子どもの頃のフェイスくんが来たこと、あっただろ」
そう言えばそんなこともあったな。タイムリープしてきたやつだ。
「もしかしてそういう感じなのかも」
ウィルが小さい俺を撫でながら言う。サブスタンスやら何やらでそういったことがある、ということは既に身をもって体験しているため、そんなことあるわけない!とは言えなかった。
「ともかく、博士かドクターに連絡だな」
「ママ、おやつ食べおわったよ」
「おれも!」
電話をかけようと立ち上がると、子どもたちが空っぽになった皿を持ってやってきた。
「3人とも綺麗に食べたね。美味しかった?」
「うん!あのね、おせんべいおいしかったよ!」
「おれはおまんじゅうがおいしかった!」
子どもたちが美味しかったものの報告をする中、犬のウィルがじっとこちらを見ていることに気が付いた。
「……美味かったか?」
そう聞くと、犬のウィルは尻尾をぶんぶんと振りながら皿をずいっと寄越した。どうやら美味かったらしい。
「あっ、なぁなぁ!えのぐやりたい!」
「ぼくもやりたい!ママ、いい?」
「えー…?いいけど、新聞紙ちゃんと敷くんだよ?」
「わかってる!」
「わんこもいっしょにあそぼ!」
わぁっと子ども部屋へと走って行く3人。小さい俺がウィルの上に座ったまま、ぽつんと取り残されてしまった。
「…きみも遊んでおいで?」
ウィルが小さい俺にそう言うと、こくんと頷いてウィルの上からぴょんっと飛び降りた。
子ども部屋の場所まで連れて行ってあげるね、とウィルがそいつに手を伸ばす。すると、階段からぽてぽてと足音が聞こえてきた。どうやら犬のウィルが迎えに来たようだ。
「ん」
犬のウィルが小さい俺の元まで来ると、ずいっと手を差し出した。小さい俺はその手を嬉しそうに取り、二人で上へとのぼって行った。
◆
「お前らーそろそろ晩飯だから片付けしろよー」
夕方になり、子どもたちへ片付けをするように子ども部屋に向かって呼び掛ける。
博士とドクターは今日いっぱい不在のようで、明日犬のウィルと小さい俺を見せに行くことになったのだ。
「そういやあいつらって何食うんだろ」
冷蔵庫を開けながらふと考える。昼間は普通に甘いものを食べていた。見た目はあんな感じだが、もしかしたら人間と同じように何でも食べられるのか。
「まぁ食えなければその時何か作ればいいか」
寸胴に水を張り、火をかける。今夜はパスタだ。
「なぁ、アドラー」
「ん?」
「何か上、静かじゃない?」
たしかに、いつもならドッタンバッタンしながら片づけをする二人にしては静かだ。二人というか、物音が大きいのは主にアキラなのだが。
「ちょっと様子見て来る」
ウィルはそう言いながらキッチンを後にした。
それから数分と時間が経った。
子どもたちはおろか、ウィルも降りてこない。
不審に思い、火を止めて二階へと上がる。
扉の開いた子ども部屋からは物音ひとつ聞こえてこなかった。
「…っ…ウィル!何かあ、った…のか…」
慌てて部屋を覗くと、遊んでいたままの状態なのか、絵の具や絵が描かれた数枚の紙がテーブルの上に残っている。そしてウィルもレンもアキラも、それから、犬のウィルも小さい俺も、小さな寝息を立てていた。犬のウィルの手には絵を描いていたらしい紙が握られている。
「え、えぇ…?どういうことだ…?」
一歩部屋へと踏み入る。
「ん…?」
不思議なことにどんどんと力が抜けていく。
「なんだ、これ……」
そこで意識はぷつりと途切れた。
◆
「おっきろー!!」
ボスンッと体に重みがかかる。その衝撃と声に目を開けると、アキラが俺の上に乗って、掛けていた布団をぼすぼすと叩いていた。
「アキラ…うるせぇ…元気だな…」
「おきた?おきた?」
「あぁ、起きたよ。おはようさん、アキラ」
「おはよ!おなかすいた!」
ぐぅ、というアキラの腹の虫の鳴き声にゆっくりと体を起こす。
何だか不思議な夢を見ていた気がする。
「なー、はやく!ホットドッグがいい!」
「あー、はいはい!分かった分かった。じゃあベッドから降りろー」
アキラの体を持ち上げ、ベッドから降ろす。
キッチンへと行き、要望通りにホットドッグを作ってアキラへと出すと、それはもう美味しそうに噛り付いた。
今度はレンのためにえびサラダを作る。
「あれ?起きてきたのか。おはよう」
帽子をかぶったウィルが庭から家の中へと入って来た。どうやら早朝から庭の花の手入れをしていたようだ。
「はよ、ウィル。アキラに起こされた」
「もう…ご飯なら俺が作ったのに…」
「えー!朝からあまいもの食べたくない!」
「はは…。そういやさぁ、今日変な夢見た気がするんだよな」
「変な夢?」
「うん。どんな夢だったか覚えてねぇけどな」
「なんだよ、それ」
「っと、えびサラダ完成。レンも起こして来るかぁ」
レンがいつも座る席へとえびサラダと小さなパンを置き、子ども部屋へと行く。
いつものとおり、レンは布団を巻き込んで小さく丸まって眠っていた。
「レンー、朝飯出来たから起きろー」
ゆさゆさと小さな体を揺さぶる。これまたいつもどおり、「んん」と唸るだけで起きる気配はない。
「えびサラダ作ったから起きろって。レンー。レンくーん。えびサラダ、アキラに食われちまうぞー」
その言葉にうっすらと目を開けるレン。どうやら食べられてしまうのは嫌らしい。
ゆっくりと体を起こしてやると、自分でベッドを降り、ふらふらとしながら部屋を出て行った。
「ったく…。ん…?」
ふと、子ども部屋にある小さなテーブルの上に置かれた1枚の紙が目に入る。
手に取って見ると、そこには俺とウィル、アキラとレン、それから、
「…?犬と…もう一人、俺か…?」
ウィルにとてもよく似た小さな犬と、その隣には俺に似た小さい子どものようなもの、それから、本物かと見間違うような肉球が描かれていた。
♡♡
「あっ、いた!」
がちゅととうぃるわんが目を覚ますと、そこは見慣れた居住階の窓際だった。
2人が起き上がり、目をごしごしと擦っていると、ウィルは思い切りがちゅとを抱きしめた。
「もう…すっごく探したんだよ…!」
「つーかなんでここ…?さっきも見たよな。お前ら、ずっとここにいたのか?」
ガストがしゃがんで不思議そうにうぃるわんを撫でる。
「って、おいおい。なんだその手」
その言葉にうぃるわんが自分の手を見る。その手は絵の具ですっかり汚れていた。
「こっちのアドラーもすごいことになってる…二人で絵の具で遊んだのか?」
ガストとウィルの疑問を聞いた二人も不思議そうに顔を見合わせた。
「なんだその反応…ってウィル、後ろに何か落ちてるぞ」
ガストがうぃるわんの後ろに落ちていた一枚の紙を拾うと、そこには赤、青、茶色、黄色の肉球のスタンプが広がっていた。控えめに人の姿も見える。
「これ、お前らが描い……描いた?のか?」
「へぇ…!すごいね…!上手上手!これがアドラーで、これが俺で、アキラ、レン、それからきみたち二人だね?スタンプも良く押せてる」
「……なんかアキラとレン小さくねぇか…?こいつらと同じくらいに描かれてるけど」
「子どもが描く絵なんてそんなものだろ…」
ウィルとガストが絵を眺めていると、がちゅとがウィルの服を引っ張った。
「うぃる~」
「ん?」
それを見たうぃるわんもガストの足をぎゅむりとつねる。
「いてぇって。なに、どした?」
ガストが問いかけると、2人のお腹から可愛らしい音が鳴った。
「…あははっ!二人ともお腹が空いたんだね。一緒にパンケーキでも食べようか」
そう言ってウィルががちゅとを抱き上げると、ガストもそれに倣ってうぃるわんを抱き上げた。
「その前に、2人とも手を洗おうな」
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