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    hanihoney820

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    hanihoney820

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    円満和解壁崩壊後前提乱寂。
    宇宙に飛ばされそうになる先生と、なんとかしてそれを止めたい乱数のお話。
    エセSF(少し不思議)、暴力表現あり。その他なんでも許せる方向け。

    宇宙に行かなかった。22




    宇宙に行こうと。流星になろうとした乱数を、一光年の距離をまたたきの間に縮めて引き止めたのは、神宮寺寂雷だった。
    寂雷は乱数が一番最初に濃密な接触を中王区から求められた相手で、空寂ポッセ、The Dirty Dawgと共にチームを組み、そして決別した。決別のきっかけは表面上は乱数が寂雷の義理の息子とも言える青年を昏睡状態に追いやったせいで、絶対に許せるはずのないその所業を、何の冗談か寂雷は当たり前のように許してしまった。それどころか、乱数の命を救いたいだなんて、そんなことすら言ってのける始末。そして紆余曲折の末、乱数の命はこうして無事に救われた。乱数は宇宙に行き損ねて、こうして地上を歩いている。それは寂雷だけのおかげではないけれど、寂雷のせいでもあって、乱数が今ここにいることは、寂雷の責任なのに。

    「まさか、君の方から誘ってくれるなんてね。どういう風の吹きまわしでしょうか」

    明日は雪でも降るのかな、なんて。呑気に笑う顔に腹が立つ。
    乱数と寂雷が一応とはいえ和解し、壁が壊れヒプノシスマイクがなくなったからと言って、壊れた仲がまたたく間に元通り! というわけにはいかない。だってまさか今更「寂雷の髪サラサラ〜♡」とか「ボク達はペアレントフレンドだからねっ♡♡♡」とかやれと? どのツラ下げて?? だいたい別にやりたくてやっていた訳ではない。成り行きというか、そういう感じが都合が良かったからとか、そんな理由だ。
    だから寂雷の言う通り、ここの所寂雷と乱数が接点を持つきっかけは、概ね寂雷からの誘いだった。それも「体調はどうか」とか「きちんと食べているか」とかそんなおもしろみのない誘い文句。問診まがいの挨拶から始まる会食は当然たいして楽しいはずもなく。だから本当に、乱数から寂雷に「明日、会える?」なんて聞くのは珍しいことだった。

    「しかもこの喫茶店に来るのは久しぶりですね。以前は君とよく来たものです。覚えていますか飴村くん、確か君はここのパフェがとてもお気に入りで……」
    「そんなこと話しに来たわけじゃないことくらい、わかってんじゃないの?」

    忙しかったらしく(そりゃあそうだろう)、結局了承を得られたのはあのテレビ放送から四日後。そのせいかより一層邂逅の瞬間から不機嫌MAXの。笑顔や愛嬌のある仕草で取り繕うことなく、今も棘だらけの言葉を紡ぐ乱数に気付いていないわけでもないだろうに。寂雷は本気で何もわかっていないような顔でキョトンとしている。とぼけているのならいい加減にして欲しいし、そうでないなら始末に負えない。

    「……なに、あの、テレビの」
    「もしかして、見てくれたんですか?」

    せめて仕方なく乱数の方から切り出してやったその話題に、神妙な顔でもしてくれればまだ救いようもあったのに。寂雷はその乱数からの遠回しな言及に、ぱ、と顔を輝かせた。本当に、嬉しそうな顔。

    「……なに、見てちゃ悪いわけ?」
    「いえ、そういう訳では。ただ夢野くんのラジオの時間と被っていたので、てっきり君は見ていないものかと」
    「……帝統が」
    「有栖川くんが? 彼はラジオは聞いていなかったのかい?」
    「忘れてたって」
    「ああ……」

    有栖川くんらしいね、なんて笑ったり。遅ればせながら、夢野くんの躍進に御祝いを、なんてコーヒーカップを持ち上げたり。それにしてもパフェは頼まなくていいのかい? なんてメニューを乱数に寄越したり。はぐらかしているのならいい加減にして欲しいし、そうでないなら、もう本当に、乱数の手には負えない。だってどう考えても、今寂雷がするべきはそんな話じゃない!
    そんなことは、本当に、どうでもよくて。

    「そうじゃなくてさぁ……僕の話はいいから、おまえの話をしてよ」
    「私の話?」
    「なに? あの、『ラザロ・プロジェクト』って」

    『ラザロ・プロジェクト』。聖書におけるイエス・キリストによって死後蘇生された男の名が冠されたその計画は、随分ご大層なものだった。
    稀有な才ある優秀な人間が、たかだか数十、数百の寿命で世界から失われるのはあまりにも大きな損失である。だが現代科学ではその限界を克服する術はなく、ならばせめて、未来の可能性に託そう。失われるべきではない尊い命をコールドスリープで保存し、地球という星に万が一のことがあっても無事で済むよう、宇宙空間で保護しよう。
    昨日の生中継でも繰り返し繰り返し使用されていた言葉があった。『千年後の未来の為に』。『千年後の未来の為に』。

    「──と、そんなプロジェクトの参加メンバーとして、恐れ多くも私に呼び声がかかったのです。私も始めて話を聞いた時はまさか、と思いましたが、ええ、非常に素晴らしいことです」
    「……ふぅん」
    「と言っても、私は私自身の才の保存、というよりは万が一の際の他メンバーの健康管理が最重要任務ですがね。宇宙船における不測の事態、もしくは地球に万が一のことがあった時。例えば我々が最後の人類になるような事態が起こり得た時、その生存に貢献する──もちろん、そんなことがないことを祈っていますが。しかし備えはいつ如何なる時も重要です。このプロジェクトの立案者は、本当によく考えている」
    「へぇ、そうなんだ。すごいじゃん。とってもご立派だ」
    「ええ、本当に。とても、人類の為になる」

    チクリと、何か違和感が胸を刺した気がした。しかし乱数の眼前で、寂雷はやはりにこにこと、穏やかに完璧に微笑んでいる。まだるっこしい遠回りをしたくせに、かと思えば小難しい話を長々と、それはもう長々と繰り広げる始末。なんだろう。本当は誰かに聞いて欲しくて聞いて欲しくて堪らなかったのだろうか? そんな、宝物を自慢するみたいに。とても、いいことを話すみたいに。
    だから、とても、言い出せそうにない。『千年後の未来の為に』、『千年後の未来の為に』。
    じゃあ、だったら、今目の前の僕は? なんて。

    「このような素晴らしい計画に選ばれた私を、君も祝福してくれるでしょう?」

    乱数を地球に引き止めた寂雷は、どうやらこの夏、宇宙に行くらしい。乱数を置き去りに。

    「……そ。なんかよくわかんないけど、おめでと、寂雷」
    「ありがとう、飴村くん」

    出発はおよそ一ヶ月後の八月、ペルセウス座流星群が通り過ぎ宙が安定した頃に。帰還はいつか、人類が儚い命の刻限を克服した頃に。それはいつ? 十年後? 百年後? それとも本当に、千年後?
    何にしろ、きっともう、再会できる可能性なんて考えない方がいいくらいの、遠い未来の物語。
    それをわかっていない訳ではないだろうに、どうしてそんな顔ができるのだろう。

    「あはは、本当にめでたいね。そうだ、それじゃあ出発までにボクがパーティ開いてあげるよ。そりゃあもう、超盛大なやつ! 寂雷とのお別れパーティ! ごちそう用意して、お部屋もとびっきりかわいく飾り付けて、ボクらの知り合い片っ端から呼んでさあ」
    「おや、それは楽しみだ」
    「そりゃあね。だってそれって、今後寂雷のくら〜い顔見なくて済むってことでしょ? うざったいお小言だって聞かなくて済む! こんなにめでたいことないもんね。パーティくらい、いくらでも開いてあげるよ」
    「ふふ、ではまた日取りが決まったら教えてくれると嬉しいな」

    笑うな。喜ぶな。嫌味だよ。皮肉だよ。せめて怒れよ。
    それなのに、おまえの顔見なくていいとか、清々するなんて吐き捨てても、寂雷は少しも堪えた様子がない。なんだかとても虚しくなって、冷めたコーヒーを一息に飲み干すと伝票を取る。「お祝いに、コーヒーくらい奢ってあげる」なんて言葉もちゃんと笑顔で言えて、本当に嘘ばかりうまくなってしまった自分が嫌になった。
    ああもう、どうして乱数は、わざわざ寂雷を呼び出してこんな話をしてしまったのだろう。早く帰りたい。早く帰って、かわいい服とか、甘いお菓子とか、いい匂いのコロンとか、幻太郎のラジオとか、帝統の馬鹿話とか、そんなものに囲まれて眠りたい。間違ってもこんな、大嫌いな男の顔を見ているのではなく。

    「あ、飴村くん。この後、少しお時間ありませんか?」

    ──なのに、こんな時ばかり寂雷は、乱数を引き止める。

    「……なに? なんか用でもあるの?」
    「用、という訳ではありませんが……もし良ければ、少し遊びにでも行きませんか?」

    遊びにでも行きませんか! 遊びにでも行きませんか? と来た。これまで散々、乱数を誘うといったらちゃんと定期検診には来いとか、栄養のあるものは食べているかとか、締め切り前だからといって根を詰めるのはよくないとか、そんなつまらない誘い文句しか扱えなかったくせに。この期に及んで。
    遊びにでも行きませんか。問診まがいの誘い文句より、よほど上等。乱数だってそんなシンプルで楽しい誘いなら、もう少しくらい喜んで了承してやっていた。それこそ、こんな時じゃなければ。

    「……行かないよ。悪いけど、そんなヒマない」
    「そうですか……それは、残念」

    それなのに、なんでそこで、そんな顔をするのだろう。
    泣きたいのはこっちだ、なんて。絶対に言えるわけもないのに。

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    hanihoney820

    DOODLE◇ ゲーム「8番出口」パロディ乱寂。盛大に本編のネタバレあり。大感謝参考様 Steam:8番出口 https://store.steampowered.com/app/2653790/
    ◆他も色々取り混ぜつつアニメ2期の乱寂のイメージ。北風と太陽を歌った先生に泥衣脱ぎ捨て、で応えるらむちゃんやばい
    ◇先生と空却くんの件は似たような、でもまったく同じではない何かが起きたかもしれないな〜みたいな世界観
    はち番出口で会いましょう。 乱数、『8番出口』というものを知っていますか。

     いえね、どうも最近流行りの都市伝説、といったもののようなのですが。所謂きさらぎ駅とか、異世界エレベーターとか、そんな類の。

     まあ、怖い話では、あるのですかね。いえいえ、そう怯えずとも、そこまで恐ろしいものでもないのですよ。
     ただある日、突然『8番出口』という場所に迷い込んでしまうことがあるのだそうです。それは駅の地下通路によく似ているのですが、同じ光景が無限に続いており、特別な手順を踏まないと外に出ることができないそうです。

     特別な手順が何かって? それはですね──。




    * * *




     気がつくと、異様に白い空間にいた。
     駅の地下通路、のような場所だろうか。全面がタイル張りの白い壁で覆われていて、右側には関係者用の出入口らしきものが三つに、通気口がふたつ、奥の方には消火栓。左側にはなんの変哲もないポスターが、一、二、三──全部で六枚。天井には白々煌々とした蛍光灯が一定間隔で並び、通路の中央あたりには黄色い「↑出口8」と描かれた横看板が吊られている。隅の方にぽつんとある出っ張りは、監視カメラか何かだろうか。足元から通路の奥まで続く黄色い太線は点字ブロックらしく、微妙に立ち心地の悪さを感じて乱数は足をのける。
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