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    hanihoney820

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    hanihoney820

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    円満和解壁崩壊後前提乱寂。
    宇宙に飛ばされそうになる先生と、なんとかしてそれを止めたい乱数のお話。
    エセSF(少し不思議)、暴力表現あり。その他なんでも許せる方向け。

    宇宙に行かなかった。88




    「それでは神宮寺寂雷殿、乱数のこと、くれぐれもよろしく頼みましたよ」
    「ええ、謹んで承りましょう」
    「ちょっとぉ〜? 僕のことペットかなにかみたいに扱うのやめてくんな〜い?」

     乱数の不満は「乱数(君)は黙っていてください!」という迫力のある二重奏に恙無く却下された。
     幻太郎に首根っこを掴まれ、そのまま寂雷に引き渡される姿は、まさに旅行前に預けられるペットそのもの。あまりに人権を無視された扱いに後ろにいる帝統に「ダイス〜! ヘルプ〜!」と助けを求めるが、彼は彼で「頼むからおとなしくしててくれ……」と頭を抱えていた。

     あの後──全国放送のニュースで乱数の過去が赤裸々に放送された後。笑ってばかりで埒があかない乱数を置き去りに、乱数のスマホを取り上げた幻太郎と寂雷との間で一通りの話がまとまったらしい。あんなことが報道された後だ。乱数の事務所なんて、数分と待たず数多の好奇心と悪意の格好の標的となる。だから急遽乱数は寂雷が身を隠すホテルで一時急場を凌ぐということで話がまとまったようだった。もちろん現在世間の注目を一身に集めるふたりを一纏めにするのに幻太郎も寂雷も躊躇いはあったようだが──曰く、「ひとりにすると何をやらかすかわからないから」。

    「ほいよっ、と!」

     受け渡しの寸前、僅かに拘束が緩んだ隙を見逃さずに乱数は地面に降り立つと、そのままテテテ、と寂雷の傍をすり抜けホテルの一室に侵入する。

    「え〜? フツーのビジホ? つまんな〜い! どうせなら高級スイートで最上階貸切とかにしようよ〜!」
    「遊びに来ているわけじゃないんですよ」

     お小言も聞き流し早速室内の物色を始める乱数を見て、幻太郎と寂雷が同時に溜息を吐く。しかしいつまでもここでこうしているわけにもいかないのだろう。幻太郎は「それでは、我々は一度ここを離れますね」と速やかな別れを切り出し、寂雷も「ええ、飴村くんのことは任せてください」と了承した。

    「……君達にも多大な迷惑をかけてしまったこと、本当に申し訳なく思います。なんと詫びればいいか……」
    「迷惑だなんて、そのようなことをおっしゃらないでください。それに久しぶりに見ましたよ、あんなに気味の悪いほど元気な乱数の姿は、ね」

     サービス満点にウインクまでつけた幻太郎の茶目っ気に、寂雷も僅かに表情を緩めたのが背中からでもわかる。乱数からすれば幻太郎こそ余計なことを言わないで欲しい、と思うところだが、今の寂雷からしてみれば幻太郎や帝統にどう思われているかは重要な懸案事項だろう。本気で怒って、でも笑ってくれるふたりに、いくら感謝してもし足りない。
     互いに後ろ髪を引かれながらも潔く別れを済ませた寂雷は、今度は真っ直ぐに乱数の元に向かってくる。元々寂雷は当たり前だがシングルの部屋を取っていた。それを乱数を匿うことに決めてからツインに移動することにしたのだから、寂雷自身もこの部屋に来たのはさっきの今。だからだろう、室内には少しも生活感がない。
     ポーンと、たいしたバネもないまあまあのベッドに一足先に飛び込んでくつろいでいた乱数は、ベッドメイクをされたきりのシワの様子を見ながらそのことをほんの少し残念に思う。

    「……飴村くん、君は何故、あのようなことをしたのですか」

     枕を抱えてうつ伏せで寝転がる乱数の背中に、そんな声が降ってくる。電話越しにも、久々に顔を合わせたドアの前でも、寂雷の声は怒りに満ちていた。けれど今は違う。打って変わって覇気のない、疲れ切ったような憂いに満ちた声。
     どうしてか。もしくは誰のせいか、なんて簡単な話だ。全て、乱数があんなことをしたから。

    「君は、己をクローンだと、真っ当な人間ではないと扱われることを、ずっと疎んでいたはずではなかったのですか。ましてや、中王区の関係者だったなどと……。彼女達が雲隠れをしてしまった今、あのようなことを暴露すれば非常に厄介なことになるのは分かりきっていた筈なのに、いったい何故──」

     そこまで言葉を連ねて、そしてかぶりを振った気配がした。いえ、いいえ。こんなことを言いたい訳ではなくて、と。

    「──私の為、ですか」

     ギシ、と。僅かに乱数が横たわるベッドが軋み、沈む。おそらく乱数の傍に寂雷が腰をかけたのだろう。あんなにもどこにいるのかと問いかけたのに。会いたいなんて、恥知らずな懇願までしたのに。呆気なく拒絶され続けてきたものが、今度は両手を挙げて乱数を大歓迎したのだから、おかしな話だ。

     乱数がしたのは、とても簡単なこと。ただとある一本の動画を、全国のテレビ局に送り付けただけ。乱数がどのように生まれ、どのような目的に活用され、そしてどのような経緯を辿ってここにいるのか。そんなことをおもしろおかしく語った動画。そこでは確かに乱数がクローンであることも、かつて同じ顔同じ名前の『飴村乱数』が大量に存在したことも、TDDが解散した理由も、乱数の悪逆も、全て赤裸々にぶちまけていた。
     今頃、世間はそれはもう大変なことになっているだろう。あの元空寂ポッセの飴村乱数が。元TDDの飴村乱数が。Fling Posseの飴村乱数が。Empty Candyの飴村乱数が! クローンであり邪智暴君の中王区の配下であり最低最悪の裏切り者だったなんて! こんなにセンセーショナルな事件なかなかない。

    「……確かに今、世間は君の話題で持ちきりですね──私の話など、霞んでしまうほどに」

     そういうこと、なんですか、と。空気を噛むような掠れた声が聞こえてきた。上半身を持ち上げれば、乱数の腰に触れそうなほど近くに寂雷が腰掛けている。大きな背中は丸まっていて、項垂れている、と言っても過言ではない体勢。乱数はそのまま身体を捻り手を伸ばし、寂雷の両頬に触れぐいとその顔を乱数側に引き寄せる。案の定、随分としょぼくれた景気の悪い顔をしていた。またこの世の悪いことは全部自分のせい、みたいな顔して! と乱数は思わず笑い出したくなる。

    「そうだよ。おまえのせいだよ。おまえのせいで、僕はこんなバカげたことしちゃった」
    「……飴村、くん」
    「でも、僕のためにやったことだよ。全部全部、僕のためのこと」
    「……そこに、何か違いが?」
    「違うよ。ぜ〜んぜん違う。だってさ、おまえなんかより僕の方がよっぽど刺激的でハードな人生送ってるもん。ちょっととち狂って人の一人や二人や十人や百人殺すなんてやろうと思えば誰でもできるけど、クローンになったり総理の傀儡になって暗躍なんてそうそうできることじゃなくない? 僕の方がすごいのに、それなのに世間はおまえのことばっかり持て囃す。そんなの、おもしろくないと思わない?」
    「まさかそんな、馬鹿げた承認欲求が動機ではないでしょう……」

     馬鹿げた承認欲求、あんまりな物言いだ。まあ確かに、馬鹿げているとは思うけれど。
     でも当たらずしも遠からず、知らしめてやりたかったのは本当だ。だからこれはそういう類の覚悟で、決意表明。

    「だっておまえ、こんなことでもしなきゃ僕の話聞いてくんないじゃん」
    「……そんな、ことのために?」
    「おんなじ場所まで堕ちてきてやったんだからさぁ、感謝してよね」
    「やはり、私のせいではないですか……」
    「あはは、だから初めからそう言ってんじゃん。そうだよ、おまえのせいだよ」
    「……」
    「だから、もう関係ないとか、そんなこと言わないでね」

     あは、あはは! と笑って。寂雷の頬から手を離し、もう一度枕に倒れ込む。ぎゅ、と、千切れんばかりに抱きしめた。

    「……なんかさ、よくわかんないけどさぁ……おまえに起こる悪いこととか、いいこととか。怒ったり困ったりすることとか、喜んだり楽しんだりすることとか、まあ、それなりに僕のせいだったらいいなって、そう思うから……」
    「……短絡的に過ぎます」
    「あはは、そうだね、僕も心底そう思う……」
    「……関係ない、などと言って、申し訳ありませんでした。いつだって君は、私の人生の大きな転機に関わっている」
    「ん……」
    「本当に……心臓が止まるかと思ったんですよ……」

     今、不慣れなことを言っておそらく赤く染まっているだろう乱数の耳とか。今更緊張が解けたみたいに震え始めた手のこととか。なんだか訳もなく無性に叫んで泣き出したいこととか。全部全部、寂雷には気づかれないでいたらいいと、そう思う。乱数も、魂が全部なくなってしまうんじゃないかと思うくらい深く深く息を吐いて、情けない声を出す寂雷のことを、知らないふりをしてあげるから。
     乱数の声明は、録画した動画で各所に送りつけた。始めは寂雷のようにLIVEで全国に生放送をすることも考えたけど、でもそれはできなかった。やらなかったわけじゃない、シンプルにできなかったのだ。そんな、怖いこと。自分で自分の首を掻き切るようなこと、怖くて怖くて、とてもできない。録画されているだけだとわかっている時だって、あの動画を作っている時、どうしようもなく足が震えたのに。
     腹立つけれど、その点やっぱり寂雷はすごい。あんな恐ろしいことを、あんなに堂々とやって退けたのだから。悔しい。敵わない。

     その時、ドン、という衝撃と共に乱数の身体が跳ねた。驚いて背後を見ると、乱数の足とベッドの端までの僅かなスペースに、寂雷の巨体が転がっている。乱数がほんの少し足を伸ばせばその顔面を簡単に蹴り飛ばせるような位置で、寂雷が寝転がっている。

    「はあ……なんだか、ドッと疲れました……」
    「ず〜っと引きこもってのんびりしてたんじゃないの? 近年稀に見る暇な時間だったんじゃない?」
    「心労はありますよ。わかるでしょう」
    「そっかそっか〜」
    「……何故そこで嬉しそうなんですか」
    「べっつに〜?」
    「それにこのようなことになっても、それでも私の診療を、という方も少なからずいらっしゃいました。突然仕事を放棄する形になってしまいましたが、そう言ってくださる方の想いにはせめて応えたいと。オンライン診療のようなものを少々」
    「えっ、そんなことまでやってんの?」
    「とはいえ、常連の方限定ですしたいしたことができる訳でもありませんが。けれど一人一人のお話をゆっくり伺えるのはいいですね。遠方の方のお話も気軽に伺うことができますし、今後も導入を検討していきたいです……」

     なんだ、案外満喫してるんじゃないか。心配して損した──と。そう思いかけて、いや別に、心配なんて特にしてないし! と思って。それからいや別に、心配くらい気軽にしてもよくない? と思い直す。
     乱数が今回してしまったことは、誰に怒られるまでもなく愚行だと理解している。ふたつ返事で協力を了承してくれた一郎だって、実際計画の詳細を話せば前言撤回して乱数を全力で引き留めた。でも乱数がもう決めたのだと、どうしてもやりたいのだと、必死に懇願すれば彼はそれ以上は言わず、渋々ながらも依頼を受けてくれた。
     誰に言っても止められるような、詰られるようなことをした理由は、そういうことを普通に、当たり前にしたいからだったはずだ。さみしいと思ったらさみしいと言って、心配に思ったら心配だと言って。もちろん怒ったら怒ったと伝えて、嫌いなら嫌いと言ってやる。そういうことを当たり前に、おんなじ場所でしたかった。それと今回の件がイコールなのか? と問われれば万全の理屈が説明できるわけではないけれど──でも乱数の中ではそうだった。だって乱数だけが安全圏にいたんじゃ、宇宙だろうがなかろうが乱数の声は寂雷にまともに届きはしないんだし。

     そんなことを考えながらつらつらと語る寂雷の声を聞いていると、不意にその言葉が途切れた。面倒な話になって来たから途中からは聞き流していたけれど、でも話の節目、というわけではなかったはずだ。不思議に思って寂雷の顔を覗き込むと、そこで彼は寝息をたてていた。案外無防備な寝顔付きで、すやすやと、安らかに。
     よく見るとその顔には確かに色濃いくまが浮かんでいた。疲労の色も濃くて、頬なんか少しこけたように感じる。電話越しに聞いていた声はいつだってわざとらしいくらいに溌剌としていて疲労なんて感じさせはしなかったけど、なんてことはない、本当にわざとだったのだ。空元気だった、虚勢だった。やっぱりちゃんと、怖かった。

    「……僕の前でこ〜んなのんきに寝ちゃってさぁ……」

     バカみたい、と呟きながら鼻を摘んでやる。んん、と不快そうに呻いた彼は、けれど起きることなく寝返りを打った。



    * * *



    「いろいろほとぼりが冷めたらさ、遊びに行こうよ」
    「……そんなことでいいんですか?」

     今回の件のお詫びに、乱数が望んで寂雷ができることならなんでもする。相変わらず乱数の意図をわかっているんだかいないんだか、そんなことを言った寂雷にそう返せば、コーヒーを淹れていた彼はとても驚いたような顔をした。

    「もちろん、ぜ〜んぶ寂雷の奢りだし、車出すのも寂雷だよ? とびっきりおいしいもの食べて、おみやげもい〜っぱい買って、すんごくいいホテルとってもらうんだから!」
    「しかも宿泊前提……?」

     そんなことでいいなら喜んで、と。完成したコーヒーにスティックシュガーをふたつとミルクを当たり前のように溶かして、寂雷は乱数にマグカップを手渡した。

     乱数が寂雷と共にホテルに籠城を決め込んでから数日が経ったが、この閉鎖空間の中は退屈なまでに平和なままだった。ここに来る際に幻太郎は細心の注意を払っていたし、そもそも寂雷がここにいることもこのホテル関係者の極々一部しか知らないらしい。あとは自発的にインターネットの類を見たりテレビをつけたりしなければ、まるで世界で何事も起きなかったかのよう。乱数がしたことだって寂雷がしたことだって、そんなの何もなかったんじゃないかと錯覚する。
     そしてその間。寂雷とふたりきりの間、沈黙や退屈を持て余すかと思っていた時間は、案外恙無く潰された。なんてことのない雑談をしたり、動画配信サービスで映画を見たり、ちょっとしたカードゲームを借りたりスマホのアプリゲームで対戦したり、本当に大したことをしていないのに、思いの外時間は順調に流れる。
     仕事をしている時間が案外多かったのもある。なんだかんだ寂雷は一日の半分くらいは例のオンライン診療をやらに勤しんでいるし、乱数はそんな寂雷を横目に、いつかの為のデザイン画を書き綴る。これが案外悪くなくて、それこそ幻太郎のラジオを流している時のような聞き心地がした。決まって「お大事に」で締められる労わりが、他人の為のものであってもそれなりに心地いい。

    「ちなみに寂雷は? ぜ〜んぶ終わったらどっか行きたいとことかある?」
    「そうですね……全国の有名な心霊スポットとかでしょうか。富士の樹海とか」
    「や〜め〜て〜!」
    「冗談です」

     自分用のコーヒーも作り終えて、寂雷は徐に近くの椅子に腰掛ける。時計を気にしているから、次の診療までもあまり間がないのだろう。インスタントのコーヒーは特別おいしいわけではないけれど、少し甘く作られたそれが乱数の脳の活力になる。今日はなんだか、傑作が生み出せそうな予感がした。

    「では君は? どこか行きたいところがあるのですか?」
    「ん〜、始めは遊園地のつもりだったけど、せっかくの奢りだしな〜もっと高いとこがいいな〜」
    「遠慮も容赦もないですね。別にいいですけど」
    「あっ、いっそ世界一周旅行とかしちゃう? ほとぼり冷めるまで国外逃亡!」
    「それは……私と?」
    「今の流れで他に誰がいんのさ」
    「私とで、いいんですか?」

     素で驚いたように目を見張る寂雷に、乱数は素直にムッとする。この後に及んでそういうこと言う? これでも乱数はかな〜り頑張ったと思うのだけど。その辺りいいかげん汲んで欲しい──まあ元々、乱数が悪いといえばそうなのだけど。

    「たとえばさぁ、僕が百歳まで生きるとするじゃん?」
    「なかなか大きく出ましたね」
    「うるさいな。そんで百歳まで生きるとして、あとだいたい七十年くらいあるとしよう。世界一周旅行を一年間するとしても、その期間は僕の人生の残りの七十分の一なわけだ」
    「まあ……それは、そうですね?」
    「一年も姿消してれば終わる頃には飽きっぽくて忘れっぽい皆々様はだいたい今回のことなんて忘れてるだろうし、うん、突発で思いついた割にはいいアイデアだと思わない?」

     乱数の持論に寂雷は腑に落ちなそうな顔で首を捻っている。これでも駄目か。ならば仕方ない、駄目押しだ。

    「僕の中のそれくらいならあげられるくらいには、おまえのこと嫌いじゃないってこと」
    「……ありがとう、飴村くん」

     今度こそ寂雷は腑に落ちたように、少し照れ臭そうに頬を掻いている。だが口にした言葉にもんどりを打ちたいのもこそばゆさに耐え切れないのも乱数なので、えっとこれは結局勝ってる? 負けてる? 共倒れになっている気がするのは気のせいだろうか。責任持って一郎にジャッジをしてもらいたい。
     生温い空気に耐えられなくなって、つい何気ないふりを装って声を上げる。

    「あ、あとどうせならいつか宇宙にも行ってみたいなぁ」
    「宇宙、ですか? それは、旅行で?」
    「そ、宇宙旅行。なんかその内民間企業で一般人でも行けるようになる、みたいな話があるんでしょう? 結局僕もおまえも行かなかった場所だけどさぁ……だからこそ行ってみたいと思わない? 宇宙」
    「それは、まあ、そうかもしれませんが……しかし……」
    「なに? まだ怖がってんの? だって食わず嫌いはよくない〜って、おまえもよく言うじゃん」

     だってこのせんまい地球上の世界だって、もっともっとおもしろいはずなんだよ? だったらその何百万倍も広い宇宙なんて、絶対絶対すんごくおもしろいよ! と。怖がるのなんかもったいなすぎると思わない? と。そう謳い上げた乱数をぽかんと、間の抜けた表情で眺めていた寂雷は、次の瞬間ぶふ、と。口を抑えた腕の隙間からおかしな音が漏れるほど盛大に噴き出した。

    「は、え、ちょ、なんで笑うの!?」
    「っふ、はは、あはは、すみませ」
    「僕そんな笑われるようなこと言ったかなあ!?」
    「いえ、その、ふふ、はは」
    「えっ、なに、ムカつくんだけど、バカげてるって言いたいの!?」
    「そ、ではなくて、君は、本当に、すごい人だと思いまして」
    「え」
    「私が、こんなに情けなく尻込みしているというのに……君はそんなものすらも楽しもうとしている」

     本当に、君には敵わない、なんて。笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、寂雷はまるで心底そう思っているみたいに呟く。

    「そうですね、行ってみたいですね、宇宙」
    「え、ああ、うん……」
    「天の川を渡って、はくちょう座に行って、わし座に行って、さそり座に行って……そして南十字星に行きましょう」
    「なにそれ、怖がってたくせに、もう行きたい場所まで決まってるの?」
    「はい」
    「それ、おもしろいとこ?」
    「だったらいいなと、思います」
    「なにそれぇ……」

     敵わないなんてこっちのセリフだと、そう思いながら乱数はスマホで宇宙について検索する。
     この真面目におもしろいことを言い出す男に負けないくらい楽しそうな宇宙旅行プランをたてなければ、乱数のメンツが立たないじゃないか。

     

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    hanihoney820

    DOODLE◇ ゲーム「8番出口」パロディ乱寂。盛大に本編のネタバレあり。大感謝参考様 Steam:8番出口 https://store.steampowered.com/app/2653790/
    ◆他も色々取り混ぜつつアニメ2期の乱寂のイメージ。北風と太陽を歌った先生に泥衣脱ぎ捨て、で応えるらむちゃんやばい
    ◇先生と空却くんの件は似たような、でもまったく同じではない何かが起きたかもしれないな〜みたいな世界観
    はち番出口で会いましょう。 乱数、『8番出口』というものを知っていますか。

     いえね、どうも最近流行りの都市伝説、といったもののようなのですが。所謂きさらぎ駅とか、異世界エレベーターとか、そんな類の。

     まあ、怖い話では、あるのですかね。いえいえ、そう怯えずとも、そこまで恐ろしいものでもないのですよ。
     ただある日、突然『8番出口』という場所に迷い込んでしまうことがあるのだそうです。それは駅の地下通路によく似ているのですが、同じ光景が無限に続いており、特別な手順を踏まないと外に出ることができないそうです。

     特別な手順が何かって? それはですね──。




    * * *




     気がつくと、異様に白い空間にいた。
     駅の地下通路、のような場所だろうか。全面がタイル張りの白い壁で覆われていて、右側には関係者用の出入口らしきものが三つに、通気口がふたつ、奥の方には消火栓。左側にはなんの変哲もないポスターが、一、二、三──全部で六枚。天井には白々煌々とした蛍光灯が一定間隔で並び、通路の中央あたりには黄色い「↑出口8」と描かれた横看板が吊られている。隅の方にぽつんとある出っ張りは、監視カメラか何かだろうか。足元から通路の奥まで続く黄色い太線は点字ブロックらしく、微妙に立ち心地の悪さを感じて乱数は足をのける。
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