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    hanihoney820

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    hanihoney820

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    円満和解壁崩壊後前提乱寂。
    宇宙に飛ばされそうになる先生と、なんとかしてそれを止めたい乱数のお話。
    エセSF(少し不思議)、暴力表現あり。その他なんでも許せる方向け。

    宇宙に行かなかった。99




     夢を見ていた。
     乱数はただの乱数で、寂雷もただの寂雷で。衢が昏睡状態になることもなくて、空寂ポッセが解散しなかった夢。
     そこでは空寂ポッセは関西はおろか関東まで制圧していて、世界征服まで成し遂げて、次はとうとう宇宙進出! なんて計画を楽しそうに立てていた。最初はすでに乱数達の物になったISSを足がかりに月を手に入れて、そこを活動拠点にする。空寂ポッセ宇宙支部だね! なんて大真面目に笑いながら、次は火星にする? 金星にする? と寂雷に訊けば、火星ですかね、気候的に、なんて彼も大真面目に返していた。気候って! 夢の中はご都合主義らしくて、宇宙服も着ずに乱数達は宇宙遊泳を楽しむ。




    「乱数……? 目が覚めたんですか!?」

     悪い夢が覚める時は唐突なのに、いい夢が覚める時はどうしてこうもゆるやかなのだろう。そのせいで余計に、現実と夢との境目がわからなくなる。ついさっきまで星を散りばめた果てない漆黒の空を見上げていたはずなのに、今乱数の目の前には真っ白な見慣れない天井がある。その片隅には幻太郎の顔もあって、乱数が目を覚ましたことに気づいた彼は、安堵を滲ませながら慌てたように帝統の名前を呼んだ。

    「げん、たろ……? あれ、ここ……」
    「お加減はいかがですか? 今お医者様をお呼びしましたからね」
    「医者……? なに、寂雷……?」
    「乱数……? 何があったか、覚えていませんか……?」

     困惑する乱数に負けじと困惑を浮かべる幻太郎に、名前を呼ばれてこれまた大慌てでこちらに駆け寄る帝統。大丈夫か!? 具合はどうだ!? と彼にまで体調を慮られ、いったい何のことかと思いながらここが病院であることに気づく。おかしい、乱数はつい先程まで寂雷と一緒にホテルにいたはずなのに、どうして幻太郎と帝統と病院に? それとも、もしかしてそこまで含めて夢だった? だとしたらどこから? 乱数がビデオレターを出したのは? 寂雷が最悪な暴露会見を行ったのは? そもそも、彼が宇宙へ行かなかったのは──?

    「ちがう……そうだ、火事、火事が、あったんだ……」

     記憶の海を彷徨えば、朧げながら現実の端を掴む。そう、寂雷とホテルでのんびり気ままに暮らしていて。でもそうしていたある時、火事が起こったのだ。乱数と寂雷があの部屋に宿泊していることを知っている従業員は極小数で、彼らも火事の対処や他の宿泊客の避難誘導で手一杯で。しかも最上階にいたふたりは、避難が遅れた。寂雷とふたりで非常階段で出口を目指したけれど、老朽化と今回の避難で人が殺到していたせいで途中で崩壊していて。屋内に戻るしかなくて、そこで煙に巻かれて──。

    「そうだ……寂雷、寂雷は!?」
    「落ち着いてください、彼は無事ですよ。むしろ意識を失った貴方を背負って避難した後は、周囲の制止も聞かず負傷者の治療に奔走していたそうです。その後お医者様に診て頂いたそうですが特に問題もなく、ピンピンしていらっしゃいますよ」
    「……………………あそ」
    「何を食べればあんなに元気になれるんでしょうねぇ」
    「それは僕が聞きたいよ」

     ただでさえ寝起きな上に下がった血の気が急速に巡ったせいで僅かに眩暈がした。ふらつく乱数を帝統が再びベッドに寝かせてくれて、聞けば事が収まってからすでに二日も経っているらしい。随分とのんびりしてしまったものだ。
     その二日の間に、今回の火事についても様々なことが判明した。騒動の中で幸運にも死者や重傷者は出なかったこと。火災の原因は放火であったこと。犯人はすぐに捕まり、その動機も詳になったこと。そして──。

    「……やっぱり、あの火事は僕らのせい?」
    「……小生は、そのような言い方は適切ではないと思います。たとえどのような理由があれど、火を点けたのは貴方方ではありません」
    「あは、い〜よい〜よ気使ってくれなくて。それで? 犯人はどこのどなただった? 寂雷に身内でも殺された奴の復讐? それとも中王区に踏み躙られた奴の僕への復讐? あ、もしかして『ラザロ・プロジェクト』の関係者とか?」
    「いえ──」
    「……? じゃあ、なに?」

     なんとなく、乱数も寂雷も、火事に遭遇した時から察していた。あの炎が、自分達を狙って放たれたものであることを。だからその犯人がどんな理由で乱数達を狙ったのだとしても驚かない。罪を、己が加害者だと暴露するということは、そういう負債を負うことでもある。けれど──。

    「ネットの掲示板に、このような書き込みがなされているのが見つかりました」

     スマホを操作していた幻太郎が、そのままそれを乱数に手渡す。画面を覗けば、それは確かに掲示板のようだった。不特定多数が書き込むことができるスレッド。そこに、無機質な悪意が踊っている。

    『easy Rとill-docが隠れてるホテル見つけたったw これから奴らに罰を与えたいと思いま〜す!』
    『マジ? どこ? 晒せ晒せ。手伝ってやる』
    『いいぞやれやれ! オレ達が正義だ!』
    『人殺しは死んで当然! 裏切り者は消えろ!』

     その後は、乱数と寂雷が身を寄せていたホテルのURL、そして『天罰』への参加者を募る書き込みと、本気か否かそれに参加表明をする書き込みが繰り返されている。どうやら元のページはすでに削除済みらしく、幻太郎が見せてくれたのはスクリーンショットだった。そこから先このスレッドがどうなったのか、ぶつ切りの画像からはもうわからない。

    「……なに、これ」
    「結局、ただの物見遊山含め現場には十数人の人間が集まったそうです。もちろん全員、貴方方と直接的な関係はない一般人。火を点けた者、ガソリンをまいた者、非常階段を破損させた者は皆別の人間だとか。逮捕された実行犯、事情聴取を受けた物達は皆、示し合わせたかのように一様に語ったそうです。『まさか、ここまでの大事になるとは思わなかった』と」

     ホテルに火を点けて、ガソリンまでまいて? 大事にならないとはなんだろう。人間の想像力は、そこまで乏しかった? 大砲で月に行けるかもなんて考えられるのに、建物に火を点けてどうなるかわからないほど?
     乱数がしたことを暴露することで、乱数達が踏み躙った人間から悪意を向けられることはある程度覚悟していた。謂われない誹謗中傷だって、石だって投げられるかもしれないと、そう思っていた。でも、火を点けられるのは、想像できていなかった。

    「あは、は……こんな、ことで……?」
    「……ちなみに、貴方方の居場所を特定した人間は途中で尻込みし、現場にすら行かなかったそうです。本当にただ、ノリだったと。騒ぎがこんなに大きくなるなんて、思ってもみなかったのだと」
    「なにそれ……くっだんない。くっだんないくっだんないくっだんない!!」

     思わず声を荒げれば、多少焼けたらしい喉が激しく引き攣り痛んだ。咳き込んだ乱数の背を幻太郎が優しく撫でてくれて、帝統が持って来てくれた水を飲み干しようやくひと心地つく。そうこうしている間に看護師が駆けつけて、乱数は一通り問診や検査を受けて無事に『問題なし』の診断を受けた。大事をとって明日までは入院を、とのことだ。
     病院の手配も、寂雷が行ってくれたらしい。信頼できる病院の、信頼できる人間に乱数を任せてくれたのだと、幻太郎が教えてくれた。だからだろう。乱数を担当してくれた者達が乱数に軽蔑や好奇の目を向けることはなくて、こんな目に遭ってすら無防備に、乱数達を取り巻く惨状を忘れそうになる。

    「……人の悪意とは。いえ、悪意にすら満たない無邪気とは。かくも恐ろしいものですね」

     病室に戻りすっかり疲れ果ててぼんやりしていた乱数の傍。右にはこれまた器用に椅子に座りながらベッドにうつ伏せて昼寝を楽しむ帝統、左には文庫本片手の幻太郎。どうやら面会終了時間ギリギリまでいてくれるつもりらしい。
     しばらくの沈黙を経た後、前触れなく口を開いた幻太郎が、パタン、と文庫本を閉じる。

    「神宮寺殿から乱数に、おひとつ伝言がございます」
    「……だいたい予想できるけど。なに?」
    「『私のせいでこんなことになり、誠に申し訳ありません』と」
    「あいつは、また……」

     乱数が目覚めても。乱数を担当してくれた医師に『君の目が覚めたこと、神宮寺先生にも連絡してもいいかな? 彼、とても心配していたみたいだから』と尋ねられ頷いても。寂雷から乱数への連絡はなかった。だからその時点で、またか、とは思っていたけれど、案の定らしい。結局その言葉に暗に含まれるのは『関係ないのに』だ。
     苛立ちながら自分のスマホを取り出した乱数の手に、しかしそれを阻むように幻太郎の手が重ねられる。苛立ちのままなに? 邪魔しないでくれる? なんて八つ当たりをしようとした乱数だったが、ふざけている訳ではない。恐ろしいほどに静かに乱数を見つめる幻太郎の瞳に、押し黙った。

    「乱数、聞いてください」
    「……うん、なに?」
    「本当は、黙っていようかと思いました。貴方が知らないでいてくれるのなら、その方がいいと思っていました。けれど、今回このようなことが起こって、私も帝統も本当に貴方のことを心配したんです。貴方が私達に何の相談もなくあのような暴挙に買って出たことだって、まだ私は怒っています。ですから乱数、私は貴方にも、知る責任があると思っています。どれほど耐え難く辛いことでも、知らなければならない責任が」
    「うん」
    「……Fling Posse inc.は、事実上の営業停止状態です」

     過剰なまでの前置きに守られた現実に、思わず息を呑んだ。
     Fling Posse inc.。乱数達が第二回ディビジョン・バトルで優勝した際、その優勝賞金を費やして買い取った製布工場。元々は帝統の知り合いが経営する会社だったけれど、その経営が傾いた際、利害の一致で実質乱数達が所有権を得ることとなった。とはいえ実際の運営は元の経営者に任せているので、乱数は時折新作の布を品定めしに遊びに行くくらいだったけれど。
     だからこそ、そこまで気が回っていなかった。Fling Posseの名を冠されたそこが、今どんな状況にあるかなんて。

    「取引の打ち切り、キャンセルはもちろんのこと。誹謗中傷などのイタズラ電話が朝から晩まで鳴り止まず、工場の壁には落書きやら誹謗中傷のポスターやら。酷い時には直に怒鳴り込んでくる輩までいるそうです。『飴村乱数を出せ』と」
    「……そっか。そうだよね、ごめん。こんなことなら、あんな名前つけなければよかったね……」

     あんな、Fling Posseが、飴村乱数が関わっています! と、露骨に喧伝するような名前。
     でも、あの時はそれがとても素敵なことだと思ってしまったのだ。今回の件がなかったとしても、乱数の存在に潜在的な爆弾があることに間違いはない。それでも、Fling Posseの、乱数の大好きなチームの名前がついた会社がこの世にあることは、何よりも素晴らしいことだと思った。それこそ、誰かを模した銅像が建ったり、何かを成した日が世界的な記念日になったり、辞書で名前を探した時に、そのページがあるくらい。
     飴村乱数は、宇宙には行かなかった。代わりに地球で、会社を造った。その証明みたいな大事な場所。

    「それだけでは、ありません」
    「……うん」
    「私の新作アニメ映画の公開も、延期が決定しました。今の騒動の最中封切りを行うのは問題があると。最悪の場合、公開中止も覚悟して欲しいと、そう言われました」
    「……」
    「事はもう、貴方や神宮寺寂雷だけで収まる話ではありません。伊弉冉殿や観音坂殿の仕事にも支障が出ているそうですし、私や貴方の仕事に関わる全ての人。山田一郎や蒼棺左馬刻の方にまで、影響が出ているそうです。それはまだ悪戯、程度のものだそうですが、今後どうなるかは誰にもわかりません。案外すんなり収まるかもしれませんし、もっともっと酷いことになるかもしれません」

     勘違いをしないで欲しいのですが、と幻太郎は続ける。

    「私は貴方を責めたい訳ではありません。私には貴方と神宮寺寂雷のことは詳しくはわかりませんが、貴方がかつて手放したものを再びその手に戻せるのなら、それは僥倖だと思います。神宮寺寂雷が宇宙に行かなかったことも、責められる謂れはありません。貴方がしたことは考えなしだとは思いますが、けれどきっと前もって貴方の考えを聞いたところで、貴方がどうしても実行に移すと言うのなら私達は止めなかったでしょう」

     けれどね、乱数、と。幻太郎は乱数の手をぎゅ、と握りしめる。その手が少し、震えていた。幻太郎は乱数が二日間目を覚さなかったと言っていた。医者によれば命に別状はないからすぐに目覚めるだろうという診断は出ていたそうだ。けれどその二日間、幻太郎は。そして今、目覚めて傍で狸寝入りを決め込みながら乱数達の話を聞いている帝統は。いったいどんな気持ちだったのだろう。

    「きっと、これから先も、似たようなことが山ほどあります。傷つくことも、失うものも、きっと貴方が思うよりずっとずっとたくさん。今回だって、下手をしたら貴方はあのまま命を落としていたかもしれない。そしてそんなことを繰り返した先で、貴方はこれから先ずっと、神宮寺寂雷を嫌いにならずにいられますか? あの御仁を、憎まずにいられますか?」

     かつて乱数は、寂雷を蛇蝎の如く嫌った。それは演技でもあったし、真実でもあった。乱数の味方をしてくれなかった寂雷を、衢を選んだ寂雷を、乱数を人外扱いした寂雷を、心底憎んだ。
     その後寂雷は真実を知り乱数を許し、乱数は随分そのことに救われた。少なくとももうただ嫌いなだけではない、と思う。
     でも、じゃあ、それはいつまで? 一度は理不尽に寂雷を嫌った乱数は、いつまで寂雷に真摯でいられる? 乱数に。乱数の大切な人たちに降り掛かる不幸を、乱数はいつまで「おまえのせいだ」と、寂雷を糾弾せずにいられる?
     幻太郎が問いかけているのは、そういうことだ。
     おまえのことを引き止めなければ良かったと。この先永遠にそう思わない保証が、どこにあるのかと。

    「乱数、これが本当の本当に最後です。今ならまだ間に合います。だいぶ証拠の上がってしまっている神宮寺殿の件と異なり、中王区が身辺整理を完璧に済ませて身を隠したせいもあり、貴方の件に関しては今現在貴方の発言のみで確固たる証拠がありません。あれは嘘でしたと、悪趣味なジョークでしたと、苦しくともそう言い訳をし、知らぬ存ぜぬを通せば。完全になかったことにはできずとも、風化を早めるくらいはできるでしょう」
    「……」
    「これは私からの最後の助言です。乱数、もう神宮寺寂雷と関わるのはお辞めなさい。これ以上、貴方の身に危険が及ぶ前に」

     それとも、それでも尚、貴方はまだこんなことを続けますか? 貴方は神宮寺寂雷の為に自分の人生を台無しにする覚悟が、本当にありますか? 神宮寺寂雷と、共に不幸になる覚悟が、本当にありますか? と。幻太郎は、畳み掛けるように問いかける。
     馬鹿にしたけれど、結局は乱数だって同じだ。『まさか、ここまでの大事になるとは思わなかった』。多くの人に迷惑をかけるだろうとは思った、その補償のために身銭を切ったり奔走する羽目になるだろうとも思った。けれどこんな、坂道を石が転げ落ちるみたいに酷くなるなんて。マッチ一本で付けた火がこんなにも大火事を引き起こすなんて、思っていなかった。
     でも、今ならまだ戻れる? すみませんごめんなさい嘘でした。あれはただのジョークです、お騒がせして申し訳ありませんでした。そんなふうに頭を下げれば、なかったことにできる?
     だったら、なら──。

    「ない。ないよ、そんなもの、ない」
    「──では」
    「僕は、幻太郎や帝統と、そんであいつもその周りもいっしょに、みんなで幸せになる覚悟しかない」

     だったら、なら──でも。
     それでも。

    「ごめん、ごめんね、幻太郎、帝統。どんなに謝っても足りないくらい迷惑かけて、心配もかけて。確かにそう、こんなことになるとは思ってなかったし、この先絶対にあいつのこと憎まない保証だって、そんなのどこにもない」
    「……」
    「でも……それでも、ごめん。やっぱり、やめたくない。僕だけ一抜けたなんて、そんなことできない。できないよ……」

     今度こそ、裏切りたくない、なんて。
     ただの自己満足だけれど。そのせいで踏み躙るもののことなんて、きっとまだ何にもわかっていなけれど。それでもようやく、同じ地平に立てたのだ。手を離せば簡単にどこかに行ってしまいそうなあの男を、地上に縫い止めたのだ。
     幻太郎は言っていた。同じ口で、乱数は寂雷を地上に引き留めた責任を取らなければいけないかもしれない、と。乱数のわがままで、栄光や祝福を手放し、侮蔑や嫌悪を担うことになった彼への責任。その責任を、取らなければ。
     幻太郎の手を解き、そして今度は逆に上からその両手を握り締める。そのまま挑むように見つめ返せば、その瞳は驚いたように丸くなった。

    「ごめんね、幻太郎。たくさんたくさん迷惑かけて。僕にできることならなんでもするし、謝罪でも損害賠償? でも、一生かかったって責任取るから。だからお願い、今だけは僕のことを許して」
    「……それが、貴方の覚悟ですか?」

     今なら、辞められるかもしれないのに。今なら、引き返せるかもしれないのに。
     最後通告のようにそう問いかける幻太郎に、乱数は頷く。すると返事は乱数の背後、狸寝入りを決め込んでいた帝統の方から聞こえてきた。「くく」と愉快そうに笑う声。何事かと振り返れば、うつ伏せのまま肩を揺らしていた帝統が、ガバッと勢いよく起き上がりそのまま乱数の肩に腕を回す。

    「ほ〜らな幻太郎。いいかげんいいじゃねえか。乱数もこう言ってんだ、これ以上義理立てする必要はねえだろ?」
    「義理立て、だけのつもりもありませんでしたが……まあそうですね。賭けは貴方の勝ち、ということで」
    「へっ、だから言ったろ? 医者もお前もわかってねえなあ、こいつはおまえらが思ってるより案外ずっと頑固なんだよ」
    「それもまあ、そうですねえ。最も残念ながら私も貴方と同じ方に賭けていたので、賭けは彼の一人負けですかね」
    「ありゃ、そうだっけか?」
    「ええ。勝ち分は折半と致しましょう」
    「ちぇ、丸儲けとはいかなかったか〜」
    「……えっ、なに? なんの話?」
    「乱数」

     沈鬱とした雰囲気を醸し出していたのが一転、打って変わって和気藹々と話し出した幻太郎と帝統に目を白黒させる乱数を尻目に、また真面目な顔をした幻太郎が手を下ろし、乱数の名前を呼ぶ。嘘偽りのない真剣さ。けれどその表情は、どこか優しい。

    「そうまで言うのなら、お教えしましょう」
    「なにを……?」
    「神宮寺寂雷が今後、何をしようとしているかを、です」

     幻太郎の語る話に、乱数は今度こそ寂雷へと電話をかける。
     その電話は不在着信へと繋がり、そして折り返されることもなかった。


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    hanihoney820

    DOODLE◇ ゲーム「8番出口」パロディ乱寂。盛大に本編のネタバレあり。大感謝参考様 Steam:8番出口 https://store.steampowered.com/app/2653790/
    ◆他も色々取り混ぜつつアニメ2期の乱寂のイメージ。北風と太陽を歌った先生に泥衣脱ぎ捨て、で応えるらむちゃんやばい
    ◇先生と空却くんの件は似たような、でもまったく同じではない何かが起きたかもしれないな〜みたいな世界観
    はち番出口で会いましょう。 乱数、『8番出口』というものを知っていますか。

     いえね、どうも最近流行りの都市伝説、といったもののようなのですが。所謂きさらぎ駅とか、異世界エレベーターとか、そんな類の。

     まあ、怖い話では、あるのですかね。いえいえ、そう怯えずとも、そこまで恐ろしいものでもないのですよ。
     ただある日、突然『8番出口』という場所に迷い込んでしまうことがあるのだそうです。それは駅の地下通路によく似ているのですが、同じ光景が無限に続いており、特別な手順を踏まないと外に出ることができないそうです。

     特別な手順が何かって? それはですね──。




    * * *




     気がつくと、異様に白い空間にいた。
     駅の地下通路、のような場所だろうか。全面がタイル張りの白い壁で覆われていて、右側には関係者用の出入口らしきものが三つに、通気口がふたつ、奥の方には消火栓。左側にはなんの変哲もないポスターが、一、二、三──全部で六枚。天井には白々煌々とした蛍光灯が一定間隔で並び、通路の中央あたりには黄色い「↑出口8」と描かれた横看板が吊られている。隅の方にぽつんとある出っ張りは、監視カメラか何かだろうか。足元から通路の奥まで続く黄色い太線は点字ブロックらしく、微妙に立ち心地の悪さを感じて乱数は足をのける。
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